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実家にいるのが2週間で飽きたって話


更新がかなり空いてしまった。文章を書くぞ!と意気込んでいたのに、、、

NOTEを書いていなかった期間、妊娠が発覚して体調に大きな変化があったり、里帰り前に予定を詰め込みすぎて、定期的にNOTEを更新することなどすっかり忘れ去っていた。

再開しようと思ったのは、産休に入ったことがきっかけ。
現在里帰りしており、出産予定日まで1ヶ月程あるため、(贅沢なことではあるが)正直言って暇なのである。

一人でいる時間が長いと、あれこれ考えることは増えるのに、それを吐き出す場面が少なく、もやもやが溜まって来た今、NOTEの重要性を感じたのである。



最近抱えているちょっとしたもやもやは、両親との生活習慣、価値観が合わないことである。

これまで数日間の帰省ではあまり思わなかったのだが、2週間以上実家に滞在している今、新潟の家に帰りたくて仕方ないといった状況だ。

この家で生まれ育ったはずなのに、どうして居心地悪く感じるようになったのだろうか。



まず、根本的に親と生活習慣が違いすぎる。両親は早朝5時に起きて行動し始め、夜は22時には消灯し就寝する生活。
わたしのこれまでの生活と比べて、全ての行動が3時間ほど早く、食事、入浴、睡眠等それに合わせて行動することが単純にしんどい。

あとは、家で母が全ての家事をこなし、何もしない父の姿を見るのに嫌気がさしているのも要因の一つだ。
幼い頃から、父が一家の大黒柱で母親は専業主婦というスタイルで何十年間やってきているのだが、わたし自身、結婚しても働いてかつ家事もやっているからか、赤子のように何でも母にやってもらう父の姿は見るに耐えるのだ。

もちろん父も外ではちゃんと働いてるのだろうし、その稼いだお金でこれまで家族を養ってきたのだから、感謝の気持ちはある。

ただ、わたしは家でしか父の姿しか見ることが出来ないため、「ちょっとは家でも動けよ」と思うし、母に対しても「そんなに無理して家のことを頑張るくらいなら働きに出たらいいのに」と口を出したくなる。余計なお世話なのだろうけど、、、

こうも両親と生活習慣や価値観にギャップを感じるのは生きてる時代が違うからだろうか。


生活習慣に関しては、大学から家を出て一人暮らしを始めてから、自分の生活スタイルを確立したのが大きいのかもしれない。
とはいえ基本ルーズなのだが、自分なりのテンポ、ルーティンがあるからこそ、干渉されるとストレスに感じる。

また、仕事と家事の分業についても、社会人になって働きながら生活してきたからこそ、結婚しても仕事を辞めて家に入るという概念が全くなかったし、働けるうちは働いて稼ぎたい意向だ。
だから、家事についてもパートナーと話し合って、どちらか出来る方が出来る時に率先してやるのが理想だと思っている。

働く大変さが分かる分、父のことも尊敬しているが、家のことについては反面教師にしてきたのかもしれない。
もしわたしが男に産まれたら、当たり前に家事をしない価値観でいたんだろうかと思うと、ぞっとする。

血の繋がっていない、育って来た環境も違う夫とは、生活スタイルや価値観が違う面も当然あると思っていたが、
血の繋がりのある親子でも全ての価値観が同じとは限らないということを今回の里帰りで再認識した。
父は父、母は母、私は私なのである。

しかし、一緒に生活する以上、協力するのは不可欠だし、互いに全く干渉しないのも難しい。家族という存在の大切さを頭では分かっていながらも、近くにいるとどうしても苛立ってしまう。
それは家族だから。遠慮しないから。


でもお互い心地よく過ごすには”意識的な”心遣い、相手に合わせる少しの”努力”も必要なのかもしれない。
今この感情は産後変わるかもしれないけれど、とりあえず今感じた事を書き留めておこうと思った。

残りわずかのマタニティライフを心穏やかに過ごしていきたい。

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