【読書録】ひろゆき『1%の努力』(ダイヤモンド社 2020年)

著者は「2ちゃんねる」や「ニコニコ動画」などのサービスを手掛けてきたひろゆき氏(西村博之氏)。

私は普段、ビジネス書や自己啓発本はほとんど手に取ることはないが、たまには関心がない分野の本にも手を伸ばそうと、読んでみた。

まず、私自身の著者(あるいは「IT系」の人)の印象や、本のタイトルと帯から勝手に想像した本書の内容はこんな感じだった。(大変失礼な話だが)

「俺は自分の思考法でめちゃくちゃ稼いだんだけど、凡人の君たちにも教えてやるよ。これで君らも、「成功」して、稼げるようになるよ。ちなみに、閃きが99%だけど、そのあと1%の努力をできるかどうかが大事だから」

しかし、結論から言うと、実際の本の内容は、想像とは全く違った。著者には平身低頭するしかない。
本書における著者のスタンスのうち重要なものは「努力信仰への批判」である。著者は「自分の成功は偶然である。」としつつ、そもそも遺伝や環境という要素がある以上、努力だけで「成功」するはずはなく、個人が幸福に生きるためには、巷に跋扈している「努力信仰」は有害であるとしている。「死ぬ気でやればやれないことはない」と発言した孫正義氏に対する批判もしている。

努力を押し付けるのはやめよう。それだけで、世の中はもっと幸せになるだろう。(p.190)

また、著者は、「手を抜いて」仕事をするために、従業員同士で連帯して雇用主と交渉をすることにも言及している。

働くのがだるいから、手を抜いて働きたい。でも、クビにはなりたくない。
その場合の戦略は、他の店員たちと仲良くなって、「この人を首にしたら私も別のとこに行きます」という派閥を作ることだ。(p.258)

著者は、幼少期に大規模団地(公営住宅)の傍で暮らし、生活保護をはじめ、多様な人々と接してきた経験があるのだという。そのことが、多様な生き方を肯定的にとらえる価値観を得るに至った要因の一つであるとしている。

ダメな人にはダメになった理由がある。彼らを受け入れる仕組みが必要だし、精神論で鼓舞したって意味はない、ダメな人にだって人権はある。あなただって、いつダメな人になるかはわからない。(最後の「まとめ」部分より)

「ダメな人」という言葉遣いへの評価は別途必要であるだろうが、「ビジネス書」「自己啓発本」の内容としては、意外ではないだろうか。(もっとも私は、その類の本をほとんど読んだことがないので、「印象」でしかないが)

ビジネス書を多く刊行するダイヤモンド社から出版し、タイトルも装丁も自己啓発本っぽさを醸し出している書籍であるにもかかわらず、努力信仰を批判しつつ、個人が幸福になるための「考え方」を提供する本書は、実は、著者による、(個人ではなく)社会を変えようとするアクションなのかもしれない。

まるで、あたかも保守系の人に向けて書いているように装いつつ(しかも出版社は青林堂)、「左翼」の歴史を保守系の人向けに解説する、外山恒一『良いテロリストのための教科書』と同じ戦略である。

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読む前に勝手に抱いていた「どうせ選民思想的だったり、経済至上主義的で、自慢話ばっかりの、いけ好かねぇ内容の本なんだろう。チクショウめ。」という私の予想は、見事にひっくり返された。
印象だけで個人の思想や本の内容について偏見を持つべきではないということを突き付けられ、大いに反省する一冊だった。

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