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両国慰霊碑巡り☆東京都慰霊堂と回向院へ。

今年は関東大震災100年、東京都慰霊堂と、東京都復興記念館、そして回向院に先日行ってきました。



まずは、東京都慰霊堂のある横網町公園へ。

https://tokyoireikyoukai.or.jp/index.html

東京都慰霊堂


建物内は写真で見るとまた印象が違いますが、教会のような雰囲気でした。



慰霊堂の歴史を読んでみると、

外観は神社仏閣様式であるものの、納骨室のある三重塔は中国、インド風の様式を取り入れ、平面的には教会で見られるバシリカ様式(内部に列柱を設け空間を分ける)とし、内部の壁や天井にはアラベスク的紋様も採用されています。つぶさにみると多くの宗教的要素を取り入れた折衷的構成となっています。

とのこと。なるほど。



建物内の壁の周りには大きな写真や絵が展示されている。


関東大震災と、太平洋戦争中の東京空襲で亡くなった方のご遺骨も慰霊塔に納められ、震災、戦災合わせて約163,000体の御遺骨が安置されているそうです。



慰霊堂内に「ゆめ供養、はな供養」というものがあった。

震災戦災という突然の惨禍に見舞われ命を落とされた方々は、一人ひとりが生きていれば実現できたかもしれない「夢」を、こころの中に持っていたことでしょう。震災戦災の惨禍は、人々の夢を一瞬のうちに打ち砕いてしまいました。  
今に生きる私たちは、努力すれば一人ひとりが持っている自分の夢や希望を実現することができます。そして、みなさん一人ひとりの夢を実現することが、夢を実現できずに亡くなられた多くの人々に対する供養につながると考えます。  
ぜひ、あなたの夢や希望をこの小さなお塔婆に書き記して、あなた自身の夢や希望が実現するようご努力ください。そのことが震災戦災遭難者に向けての最高の慰霊供養となることでしょう。

https://tokyoireikyoukai.or.jp/kuyou/kuyou.html



そうだ、あんなこと、こんなこと、明日やろう!と思っていた人、たくさんいたはずだ。



さて、なにを書こうか散々悩んだ。

自分の個人的な夢など、どうでも良くなってくる。


やはり「世界平和」でしょうかね。

恥ずかしながら、でっかく「世界平和」と書いて納めました。



朝鮮人犠牲者 追悼碑

ここはいつかお参りせねばと思っていた。
全く罪のない六千余命の朝鮮人、そして中国人、地方出身者などが日本人によって殺された。
こんな非道な話があるものか。

人間とは、いかに恐ろしい生き物か、

自然災害も怖いけど、人間の方が恐ろしいと改めて思うのでした。



と、


つい昨日のニュースでは、


松野博一官房長官は30日の記者会見で、関東大震災当時の朝鮮人虐殺について「政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない」と述べ、コメントを避けた。反省や教訓の言葉もなかった。


これは、関東大震災における朝鮮人虐殺について政府としてどう受け止めているか、何を反省点としているかなどの質問に対する答え。

全く啞然としてしまった。

慰安婦問題もしかり。被害者が大勢いて沢山の証言があり、記録もあるのに認めようとしない。ましてや反省もない。
政府という立場にいる人の差別にたいする認識の低さには愕然とする。
なぜ、わざわざこういうことを言うのかが理解できない。内閣府に記録が無くとも(あるそうだが)真実は真実なのだ。
一体、こういう人達はどこで洗脳されるのだろう。「良心」はどこに置いてきてしまったのだろう。



震災避難 児童弔魂像

当時の東京市の児童5000人が亡くなったとのこと。この像は、戦争中に金属回収で撤去され、1961年に再建されたそうです。



東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑

真ん中の扉の奥には犠牲者の名簿が保管してあるそうです。



それにしても、日本の風景の一部になっているんだけど、三角コーンは何とかならんものか…。



復興記念館

https://tokyoireikyoukai.or.jp/museum/history.html


写真、展示物などとても詳しく展示されています。


2階は、戦災コーナー。
おもに東京空襲の歴史と関連資料の展示。


本土空襲は1942年から始まり、1944年以降本格化。日本全国の人口密集地への無差別な絨毯爆撃。
空襲や、艦砲射撃で民間人50万人以上の犠牲者。


酷い…。

私の祖父も戦闘機の機銃掃射によって亡くなっている。





ところで、

最近見た映画監督、山田洋次氏のインタビュー動画。

印象に残ったのでこちらに共有します。1〜3までありますがこちらは③。


1945年のあの戦争で、世界中の国々、人々がもうこりごりだってなった。
人を殺す事、そんなことが正当化される戦争はいけない。トラブルは話し合いで解決する、そんなことがどうして守れないのか。

それが守れていない事が絶望。

深い絶望、あきらめてぼーっとしているのが今のボクたち。
大変な時代になってきている

断片的ですが、印象に残った監督のことば。



問題は、そんなに利口じゃない人がこの国を動かしている。

「頭のいいインテリと頭の悪いインテリ」の話の中で。先程の官房長官のことでしょうか。


この頭の悪いインテリ達が権力者として蔓延る前に、頭のいいインテリが「お前たちは頭が悪いんだから引っ込んでろ」とちゃんと出来なかったのだろうか…。



寅さんという、「役立たず」の人の価値観についても語っていた。

身につまされる。

虚無僧をしている私は、いかに役立たずか、とても身に沁みていて、やはり居場所は無いのだ。

コスパ重視の世の中、一体どうなっていくんでしょうね。




関東大震災の被害の屋外展示


もう100年も経つと遠い過去のようになってくるし、次から次へと自然災害はやってくる。



自然災害であれば、諦めもつくし、時間はかかるけど復興に希望は持てる。しかし、それによって発生した人災である現在強行中の汚染水海洋投棄など、先の見通せない原発事故の処理などには、未来永劫的に被害が及ぶ。まずは原子力そのものを廃止廃絶しなければ、絶対安全なんて無い。これだけの原発事故による災害があったにも関わらず、再稼働はじめ、耐用年数まで引き伸ばしている。
日本政府の無責任さには、まさしく「深い絶望」しかない。




さて、

この足で、駅を挟んで反対側にある回向院に行く。


回向院

回向院正門




竹の植えられた参道が青々としていて清々しい。




境内には色んな塚がある。


力塚

お相撲さんに関連した塚。
両国ならではですな。


木遣塚と大銀杏と慈母観音

木遣きやり」の意味は広辞苑によると、重い材木などを、音頭をとり掛け声を掛けて送り運ぶこと。また、その人。とありますが、慈眼院「澤蔵司稲荷」住職・別当のblogによると、「木遣塚」とは江戸時代から火災現場での殉職の先達への追悼慰霊、その精神を顕章し今後の伝承を誓う大変重要な塚。とのこと。




動物の供養塔や慰霊碑もたくさん。


犬猫供養塔と糸塚

三味線の皮は犬や猫のものを使用しているということで、犬猫供養塔のところにこの「糸塚」があるのではと思います。


犬猫供養碑


動物慰霊之碑


小鳥供養塔

小鳥供養塔があるとは!友人が飼っていた文鳥ちよのすけちゃんがつい最近亡くなってしまったのでお参りできました。


魚供塔

新しい供養塔です。なに観音さまかな。
海の恵に感謝しないとね。



まだまだ供養塔続きます。




右から、
一つ目、二つ目が安政の大震災の供養塔。
三つ目が浅間山大噴火の供養塔。
四つ目が信州上州地震、奥羽飢饉の供養塔。
五つ目が関東大震災の供養塔。



おお、色々あったんですね💦




裏側にも。

溺死人之墓など。



こちらは、鼠小僧の墓。

手前にあるのは「欠き石」と呼ばれるもので、この石を欠いて財布や袂に入れておけば、金回りが良くなったり、持病が治るそう。すごいご利益!

願いが成就した人々が奉納した欠き石は数年毎に建て替え続けられ、現在までに数百基に及ぶそうな。



猫塚

可愛がってくれた貧しい魚屋の為にお金を盗んできて、魚屋を助けていた猫が、ある日商家の奉公人に殺されてしまったそうで、その猫の塚だそうです。



亀のいるお墓。

亀学というのは井田長秀(1756~1802)という人の号だそうです。亀のお墓ではない。
それにしても凝ったお墓。



塩地蔵



水子塚

松平定信が建立したそうな。

風車に癒やされる。




そして、

鳥居清長の碑

鳥居清長は、1815年に回向院に葬られたが、度重なる震災や戦災によって墓碑が無くなってしまったので、こうして記念碑を建てたのだそうだ。



鳥居清長の画集が寺内にて販売されていました。

この画集、なんと200円。


三虚無僧の絵も掲載されています。

これは買うべし。



本堂のお参りしても良いですかと、社務所で聞くと、どうぞどうぞとのこと。



とても大きな阿弥陀如来座像。


めっちゃ感動的。


まさか、こんなに立派な阿弥陀さまがおられるとは露知らず。

1657年の江戸の大火で亡くなった多数の無縁の霊を弔う為に建立された。
1675年に供養塔とともに阿弥陀如来像が造立されたが、1703年に焼失。
1705年に再鋳され今に至る。

よくぞ、廃仏毀釈や震災戦災から生き延びてくれました。

1970年に本堂が再興されるまで露仏だったそうですよ。


そして、本堂の壁には、平等院鳳凰堂にある雲中供養菩薩像と思われる、像が並んでおります。

その中に、洞簫を吹く菩薩さんがいるので要チェックです。


こちらは本物のある平等院↓



さてさて、

震災慰霊で両国にやってきたのですが、お寺って何だか楽しいんですよね。

悲しみを刻んだ慰霊碑がこんなに並んでいるというのに。



やはり、仏さんがたくさんいるからでしょうか。仏教パワーかな。


鼠小僧の墓みたいに、変な迷信もあるし。で、やっぱり削っちゃうし。


あ、でも数日後持病(アレルギー)がでて寝込みました。あれ?

金回りが良くなるのか?!笑



人間とは勝手なものよ。




ともかく、

供養や慰霊の気持ちを忘れずに。
平和を願って祈りましょう🙏




そして忘れないように、

「緩む心のねぢをまけ」


(大正13年の大震災記念日標語)



こちらも関東大震災の慰霊碑あります↓
吉原観音像など。


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