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お正月の夫婦虚無僧

お正月らしい虚無僧の絵をご紹介。


見出し画像は、


宮川長春 画 
江戸風俗図巻 第一巻(部分)
1698年頃

お正月にこの絵のような夫婦虚無僧が、綺麗な衣裳をつけて尺八を吹き、大道芸としての稼ぎをしたものらしいです。

西山松之助氏の解説によると本人蔵の英一蝶が描いた翠蓑翁朝湖書と落款のある虚無僧図とその姿態が酷似しており、どちらかがどちらかに倣ったとしか考えられないとのこと。英一蝶の描いた虚無僧の諸生の着物は見事に松竹梅の図柄であることから、おそらくこのような夫婦虚無僧が正月には、めでたい松竹梅のような衣裳をつけて尺八を吹き、大道芸としての稼ぎをしたものらしい。



ところでこの二人、

エプロンのような白い前掛け(実際には前で結んでいるので後ろ掛け)をつけていますね。

小僧が布施物を差し出しています。


これは「裙子(くんす)」と言いまして、保坂裕興著『十七世紀における虚無僧の生成』によりますと、


これらは一見したところ、腰から下に垂らした前掛け(前垂れ)のように見えるが、後に垂らして前で結んでいる為、前掛けのように使用下とは考え難い。法衣の一種には、長方形の裳を腰に周して前で袷(あわせ)て着用する裙子がある。本来は袈裟の一種で五条や七条のひだがあり、紐を用いずに着用したが、後には適宜ひだをとり、紐を付けて用いた。以上のような衣の形状や着用の仕様からして、コモゾウが用いたものは裙子であると判断できる。この裙子は別に涅槃僧とも呼ばれた。この法衣を着することは、出家していることを意味しているのである。



この前掛けのような(実際は後ろ掛け)「裙子」は岩佐又兵衛 画「傘張りと虚無僧図」(『職人尽図巻』1630年前後)などの虚無僧にも描かれているように1600年代の虚無僧によく見られます。

岩佐又兵衛 画『職人尽図巻』より
『職人尽図巻』菱川師宣 画 模写本(国立国会図書館蔵)安政3年(1856年)

菱川師宣画の虚無僧女子たちも裙子をしています。上の画像は模写ですが、原本は大英博物館にあり1682年以前の作です。

今現在、一般的に虚無僧と言えば、江戸時代後半の、天蓋(深編み笠)に絡子(小さな袈裟)に白の着流しというイメージですが、江戸時代前半の虚無僧はこのような格好だったんですね〜。


裙子に絡子に、虚無僧女子♥


私もこの裙子スタイル、憧れるんですが、今この格好してたら、親切な人にきっと、「あなたエプロンしてるの?しかも逆よ!」なんておせっかい言われそうですね😅


あ〜、江戸時代前半の虚無僧スタイル、流行らないかな〜〜〜。

切に願うコムジョでした🙏

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