4-4 友情の炎護カスガ
「む、無理だよ! 無属性にはなんの属性補正もない! 爆発の衝撃をまともに食らう! そんなことをしたら、本当に死んじゃう!」
「ほかに方法がねえ! 俺の判断ミスでこうなった! 最初から全員を避難させるべきだったんだ! だから、俺が……」
遠目に、音花火の筒が点火されようとしているのが見えた。音は聞こえない。変に静かだった。無音の世界で、ナミの声だけが聞こえていた。
「逃げろ、ナミ!」
「だめええええええええええ!!!!!」
ナミが絶叫した、そのとき。
突然現れた人影が、爆弾を腹に抱え込んだ俺に覆いかぶさってきた。
「か、カスガ!?」
「ハヤトー!」
「なにやってんだお前! 死ぬ気か!? 離れろ!」
「お前だけに危ない目には遭わせないよー!!」
「俺にはアリバがある! けどお前には……」
「親友を放っておけないー!」
「……タイムリミットだ」
ササハラの静かな宣告。
無意識だった。俺は目の前のカスガに向けて怒鳴っていた。
「カスガ! アリバだ! 目覚めろ! 心の力を燃やせ! お前にもチカラがある! 絶対あるはずなんだああああああ!」
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
ドンッ! ドドンッ!
まぶしい夏空に号砲が轟く。
カッと俺とカスガの間で爆弾が光り……ズンッとくる衝撃があった。
思わず目を閉じる。
……しかし、痛みはない。
まぶたを引きはがすように、ゆっくりと目を開いた。
カスガが、大きな透明のボールでも抱えるようなポーズで立っていた。
まわりを見渡す。そこは、まだまだギラつく太陽に照らされた、賑やかで平和な、夏の夕方の広場だった。
「ぶ、無事……だったのか……?」
全身から力が抜け、俺はその場にヘタりこんだ。
「ひ、火のアリバ……まさか本当に目覚めちゃうなんて」
そうか。カスガがアリバに目覚めて、火属性を使って爆破の衝撃を抑えたのか。
「にしても、なんつードラマチックな目覚めだよ……」
尻もちをついたまま、さっきから同じポーズのまま固まって動かないカスガを見上げた。
「カスガ?」
「……………………」
「どうやら気絶してるみたいだぞお」
やれやれ、と言いながらヤノが歩いてきた。
「やっぱりカスガが火属性のアリバだったんだな」
「……………………」
「お前、聞いてんのか? タブレットの表示はどうだ? カスガのステータス、『あっぷでーと』とかいうの、されたんだろ?」
「信じられない」
ナミはまたまた恒例のアレ。
「またかよ」
と、俺は苦笑。緊張と恐怖の反動で、顔がへんな風に歪んでニヤけてしまっていた。
「カスガさんが無意識に使ったのは……【守護】……本来はあり得ない、『レベル3必殺技』だった」
「つまりどういうことだ?」
「覚醒直後にレベル3なんて普通は使えないってこと。そんなのマユくらいだよ」
マユ……覚醒直後にレベル3【ジンストーム】を使ってナミが驚いていたっけ。
……なんだかアピロスの戦いがもうずっと前みたいに思えるぜ。
マユは『最強の悪意の幼生体』だったって言ってたな。てことは、カスガも同じくらいすげえアリバの持ち主ってことか?
「カスガさんのレベル3【守護】は、その名の通り、強力な防御バリアを張って仲間を護るんだ」
「なんかほんとにドラマチックだったんだな。そんな都合のいい必殺技をカスガがたまたま発動させたから、無事に済んだってわけだろ?」
「そうだね。出来すぎてる……」
「あれー? ハヤトー?」
「カスガ。起きたか?」
「あれれー? おれどうなったー? なんか爆弾みたいなのはー?」
「みたいじゃなくて、爆弾そのものだったんだよ。お前がアリバに目覚めて、【守護】とかって、すごい必殺技使ったおかげで、大事にはならなかった」
「しゅごー? もうなにがなんだかー」
「はは。さて、何から話したらいいものか……」
『……以上をもちまして、本日のプログラムはすべて終了となります……』
そのとき、校内放送がプログラムの終了を告げた。
そして、俺はようやく、今この瞬間、目の前に居ちゃいけない男が居ることに気づいた。
「カスガっ!? お前、決勝戦はどうした……?」
「……………………」
「おまえ……」
「……また来年頑張るよー。親友のピンチのほうがおれにとっては大事だったしねー」
「……………………」
……すまねえ。
素直にそう言いたいのに、口に出すのはなんとなく気恥ずかしかった。カスガも俺のそんな殊勝なセリフは聞きたくないだろう。そう思った。
カスガは俺のことを親友だとはっきり口に出す。俺は恥ずかしくていつもそれを否定する。けれど、やっぱり俺にとってのコイツって、特別な存在なのかもしれない。
「……なあ。カスガ」
「んー」
「……その、な。あー……」
ちくしょう……言いにくいぜ……。
そのとき、ヤノがわけ知り顔で声を上げた。
「……さてと。シンジローやコミネたちのチームはまだ捜索を続けてるかもだな。おれは、もう終わったって告げてくるぞお」
「……私は警察や大学職員が動き出す前に、我々の痕跡を消しておこう。ふたりで話したいことがあるなら、今のうちに、な」
「フンッ。ボクも……向こうに行ってる」
ナミは俺たちから少しだけ離れ、広場の街路樹にクールにもたれかかった。俺は苦笑してカスガを見た。
「……カスガ。俺たちはいま、アリバってチカラに目覚めて、福岡市の事件を解決し、敵と戦っているんだ」
「んー」
「でな、どうしてもって言うなら、特別にこの俺を手伝わせてやってもいいぜ?」
「あははー。なんだよそれー」
「お前も参加させてやるって言ってんだよ」
俺はわざとらしくエラそうに言った。
「んー。そうだねー。全国大会へも行けなくなって、夏の予定がポッカリ空いちゃったもんなー。手伝わせてもらおうかなー」
「決まりだな。……まあ、卓球もいいけど、俺たちと過ごす夏だって、それなりに楽しくなるさ」
こうして三人目の火属性。そして11人目の仲間『カスガ』がメンバーに加わった。
ちょうどそこへ、ヤノが他のメンバーを引き連れて戻ってきた。ずいぶん走り回ったんだろう。みんなクタクタの顔だ。
「ササハラ。お前はどうする?」
「私には残念ながらアリバはないらしいが」
ササハラは意味深な顔でナミを見る。
ナミはぷいっと顔をそむけた。
俺はササハラに言った。はじめから決めていたことだ。
「お前さえよければ、俺たちのメンバーに入らねえか?」
「……いいのか?」
「ああ。『参謀』って立場はどうだ? 見ての通り俺たちは、知的とはとても言えねえゲンコツ集団でな」
「……知的じゃなくて悪かったぞお」
「ムウ……正義では負けぬのだが……」
「おれは賛成! ササハラくんが居てくれたら、諸葛孔明が味方についたようなもんだよ!」
シンジローがはしゃぐ。こいつ、ササハラのこと慕ってんだよな。
他のメンバーもみんな賛成だった。三人ほど、
「だっ、だったら俺らはお役御免ってことで……」
「なに? このひと誰? ハヤトさんの友達?」
「に、にぎゃあー。順調に泥沼じゃよおおお」
……と騒いでいたが黙殺。
「…………………………」
「ナミ。お前はどう思う? ササハラをメンバーに入れてもいいか?」
「……………………ハヤトがそれを望むなら」
「フッ。私はどうも嫌われているのかな?」
「アリバじゃないからね」
そのとき、もはや定番コントのようになった『ウーーーーーー』というサイレンが大学の外から聞こえてきた。
さてと、と俺は仲間に笑いかけた。
「んじゃあ、いつものアレ行きますかっ」
そして、総勢13人でワラワラ走り、福海大学から逃走した。
「フッ。フフフ。ファハハハハッッッ!!」
走りながら、突然ササハラが高笑いした。
クールなコイツがこんな風にバカ笑いするなんて珍しい。いや、中学からの付き合いだが、初めて見たぞ?
「ハッハハハハハハハハ!!!」
「お、おいどうしたササハラ!? いきなりなに壊れてんだ?」
「いや。こうやって、悪さするお前に無理やり引っ張りまわされ、普段の私が絶対にしないようなことをさせられる。それが、懐かしくて、面白くて、痛快でな……フフフッ……ハーハッハッ!!」
俺もなんだかおかしくなって笑った。
笑いはいつしか仲間たちみんなに伝染した。
俺たちは、黄金色の夏の夕暮れの中、みんなで大笑いしながら、汗まみれになって走った。懐かしい何かを思い出すように。
◆
色々あったが、こうして、ついに俺たちはそろった。
無属性の俺。
火属性のシンジロー。
シモカワ。
カスガ。
氷属性のヤノ。
カムラ。
カワハラ。
風属性のコミネ。
クリハラ。
ヤギハラ。
電波属性のヨシオ。
参謀のササハラ。
そして……ナミ。
それは、俺たちの住む町・福岡市を舞台にした、俺たち自身を登場人物としたアドベンチャーゲーム。
幼いころから思い描いていた夢。
夏休みの大冒険。
だが、時は動いていた。
のちに俺が知ることになる『11の絶望の因子』
深い場所に眠る『狂気の種子』
ナミがひた隠しにする真実。
水面下でうごめくグロテスクな計画。
仕組まれた物語。悪意とアリバの正体。突きつけられる現実。
そして迫る『審判の日』……
……時は、確実に、動いていた。
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