8-3 厳冬 VS 酷夏
ブスブス煙を引きながら砂浜に転がったおれを見下ろし、誰かが立っていた。
「……ヤギハラ? こんなとこでなにやってんだよ」
海パンにシャツをはおったハヤトさんだった。フルーツの刺さったトロピカルジュースを両手に持っている。
「…………は、ハヤトぉ。コレ、おかしくなーい? なんか、恥ずかしいんだけど……スースーして落ち着かないし……水着なんてボクはじめてで……ねえ、おかしくなーい?」
その後ろには、すらっとした白い水着姿のナミさんが、恥ずかしそうに顔を染めている。
「んだあ? オメェもソイツの仲間か? 見たところ、オメェらもフツーじゃねえな! さては『おかしくなったヤツら』だなっ!」
「……おいおい。俺から見りゃ、いきなりわけわかんねーこと言ってくるお前のほうが、おかしなヤツだっての。……それにな、ここに転がってるヤギハラは、いちおう俺の仲間でね。お前がやったってんなら、見過ごすわけにゃいかねえな」
言いながら、トロピカルドリンクをナミさんに渡し、すっと構えるハヤトさん。
その構えを見たササオミの顔色が、にわかに変わった。
「……その、ネクラで姑息な守り重視の構え……オメェ、まさか厳冬流のモンかッ……!?」
言いながら、襲いかかる前の野獣のようにグッと重心を落とす。
それを見て、ハヤトさんも驚いた。
「……そーいうお前の、無節操で粗暴な攻め重視の構え。酷夏流《こっかりゅう》かよ?」
「まあな。理座大学 (りざだいがく)三年生、竹取ササオミ。酷夏流の『最強の素人』たぁ、俺様のことよッ!」
「へっ。なにが最強の素人だ。自分で言ってるだけじゃねえのか? 俺は片桐ハヤト。福海大学三年。ご覧の通り、厳冬流をたしなんでる。まあ『無敗の白帯』って呼ぶやつも居るな」
「はあああ? なんだそのこっ恥ずかしい二つ名。無敗ってわりには、結構黒星もついてますって、顔に書いてあるぜっ」
「なにい!」
「けっ。『おかしくなったヤツら』を退治すんのが、俺様たちの務めだが、それが厳冬のモンなら、ためらう理由はねえっ! ブッ倒してやらあ!」
「……ちょっ……ハヤト! さっきからなに言ってんの! なんで、いきなりケンカ腰!? 『ゲントー』とか『コッカ』ってなに?」
「ナミ。俺の習っている格闘技『厳冬流』には、ひとつだけ不文律があるのさ……。ライバル流派『酷夏流』とカチあったら、とにかく戦うべし!』」
「さ、ササオミ! ちゃんと聞いてよ! このヤギハラくんは、ピンチになったわたしのために……」
「うるせーーーー! イオリ! 止めんじゃねええええ! 『厳冬見たら即撃滅!』が酷夏の掟だろうがよッ!」
対峙するハヤトさんとササオミは、いきなり戦い始めた。
「行くぜエエエ! 厳冬のスカし野郎ッ!」
「へっ。来いよっ。酷夏の筋肉バカ!」
あ然とするナミさん、困り顔のイオリさん。
地面に転がるおれのことなんて、まったく気にせず戦いをおっぱじめるハヤトさんとササオミ……。
ほうら。これじゃよ……。
こういう「生まれついての主人公!」みたいな連中に、おれみたいなのは、全部持っていかれるんじゃよ…………。
「…………チッ。攻めしか頭にねえ酷夏流の単純バカかと思いきや、意外にていねいな動きするじゃねえかっ! やるな!」
「ケッ……テメエこそ、厳冬といや、待ち重視のセコい野郎ばっかのイメージだったが、なかなか鋭い攻めしてきやがるっ!」
怒涛のラッシュを仕掛けるササオミと、それを的確にカウンターで返すハヤトさん。ふたりの戦いは拮抗。
と思った瞬間……
「いいかげんに…………」
「話を聞けーーーーー」
ナミさんのパンチとイオリさんの竹刀の一撃が、ハヤトさんササオミを後ろからぶっ叩いた。
「もうハヤト! 今日は戦わない、ナミとデートだ! って言ったの、自分でしょ! だからボクだって水着なんか着たのに!」
「ササオミ! ヤギハラくんは『おかしくなったひとたち』相手に助っ人してくれた恩人だよ! それをササオミが問答無用に倒しちゃったんだから、悪いのはこっち!」
「……………………………………」
「……………………………………」
熱い太陽。
ざざーと寄せては返す波の音。
ビーチで楽しそうにはしゃぐ海水浴客たちのざわめき。
「……………………………………」
「……………………………………」
ファイティングポーズを取ったまま固まってしまったハヤトさんとササオミの顔を、つつつと汗が流れた。
「……………………よう」
「……………………あん?」
「…………やめるか。暑いし」
「…………そうだな。熱いし」
ハヤトさんとササオミは、構えを解いた。
「…………酷夏流。烈火のごとき、激しく潔い攻め。さすがだ。気を抜いたら、その猛火に焼き尽くされそうだったぜ……」
「…………厳冬流。冬の雪景色のように静かな守りの中から、背筋が凍りそうな鋭い必殺の一撃。長引いたら、やられてたのはこっちだったかもな」
「……『最強の素人』か。お前にふさわしいよ。ササオミ」
「……『無敗の白帯』はダテじゃないようだな。ハヤト」
いきなりお互いを認めあったハヤトさんとササオミは、「海の家でラーメンでも食おうぜ」とか意気投合しつつ、和気あいあいと向こうへ行ってしまった。
砂浜でくたばる、おれを放置して……。
ナミさんはともかく、気づけばイオリさんの姿もない。
どうせおれのことなんて、どうでもいいんじゃよ……。
せっかく運命の女神に出会えたと思ったのに、アッサリおれを見捨てて、どこかに行ってしまった……。
涙も蒸発しそうな日差しの中、ムレムレの剣道着は汗びっしょりで、おれは脱水症状を起こしかけていた。
フッと視界が暗くなる。
「………………!!!」
目を開けると、優しく微笑んだ女神が、大きなパラソルをおれの上にさしてくれていた。
「…………はい。お水」
ニッコリ笑ったイオリさんの手には、よく冷えたペットボトルのホーリー・ミネラル・ウォーターがっ!!
おれは飛び起きて、イオリさんの水を一気に飲んだ!
受け取るときに、イオリさんの指とおれの手が触れたっ。
それだけで、おれが気絶しそうになったのは、言うまでもない。
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