7ー4 シモカワ一点突破!
コノミを後ろに乗せ、僕らは海を目指す。
高宮駅の近くにさしかかったとき。
「シモカワ!」
荒い息をつきながら、夜の駅前を走ってきたのはシンジローだった。
「シンジロー?」
「ここに居たのかっ。たいへんなんだ! 兄貴とナミさんがおまえを探してる!」
自転車の後ろに乗るコノミに気づき、シンジローの顔色が変わった。
シンジロ「こ、コノミ? ……コノミと一緒だった、のか……」
「どういうことだ?」
「……ナミさんが、ものすごい悪意の反応を感知したって……そして、シモカワ、おまえのアリバがすぐ近くにあったから、きっとなにかあったんだろうって……」
「……シンジロー先輩……」
「……まさか、コノミが……その悪意なのか?」
僕は自転車を降り、シンジローと対峙する。
「…………だったら、どうするとや?」
ボッ! 僕の右手に炎が吹き出した。
「……どうもこうも、ないだろうがよお……」
後ろから声がかかり、のっそり現れた大きな人影は……
シモカワ「……ヤノさん……」
「シモカワよう。その子、悪意なんだろお? ハヤトとナミがおまえと悪意を探してたぞお」
「それでオレを捕まえにきたとですか?」
炎をまとった右手をゆっくりと構える。
ヤノさんは、ため息をついて腕を組んだ。
ヤノ「……ったく。とりあえず、ハヤトには連絡するぞお。しなかったら、アイツ怒るからなあ」
「うおおおおおおおお!!!」
真っ赤な炎を全身にたぎらせたシンジローが、ヤノさんに向かって突っ込んでいった!
シンジロ「燃えろおおおおおおおお!!! シンジロおおおおおおお!!」
「おおうっ!?」
突進しながら、シンジローが叫ぶ!
「いけええええええ!! シモカワ! コノミ! おれが道を作る!!!」
「シンジロー!?」
シンジロ「どうしていいかわからないっ! でも、おまえとコノミは、おれの親友とその恋人なんだああああああ!!!」
僕はヒラリと自転車にまたがった!
「コノミ! 行くぞ!」
「ハイ! シンジロー先輩! ありがとうございます!」
「ったくよお……氷属性の俺に、火属性のシンジローが向かってきたって、話にならないだろうによお」
ひょいっとヤノさんはシンジローの身体を持ち上げ放り投げた。
シンジロ「のわあああああ」
シンジローはあっさりダウン。
「あっるぇーーー。でも、シンジローの体当たりで、俺の電話がどこかに行ってしまったぞお…………これは探すのに、五分くらいはかかるなあ」
五分……この五分をムダにはできないっ。
僕はペコリとヤノさんに一礼し、グッとペダルを踏み込んだ。
「気をつけろ! 兄貴とナミさんは甘くないぞ! それにササハラくんが指示して捜索網を展開してるっ! みんながおまえらを探してるっ!」
「せんぱいっ……ナミさんって?」
「ハヤトさんのパートナーで、アリバのブレーンさっ。コノミに会わせたいと思ってたふたりだよ。でも、こんなカタチになるなんてなっ」
そう。まさかふたりが敵になるなんて……。
でも、ヤノさんにチャンスをもらったのは大きい。こっちは炎属性。氷の巨人は厄介な壁だったけんな!
「このまま一気に志賀島へ向かうぞ!」
「ハイ!」
高宮駅から日赤通りへ出て、そのまま渡辺通りに入った。
夜のネオンが輝く広い歩道を、自転車で突っ走る。
そこに立っていたのは……
「シモカワ……おまえの連れているのは悪意ではないのか?」
「コミネさん……! ……悪意でも、オレの恋人とです!」
コミネ「…………だがそこに、正義はあるのか?」
「正義よりもっと大切なモンがあるとですよっ!」
「いいだろう! ならば、その正義よりも大切なものとやらを、このコミネに示してみろ!」
僕は自転車から飛び降り、コノミを下がらせた。
コミネさん……僕たちアリバの戦闘の要。何度も苦境を跳ね返してきた、頼もしいバトルマシーン。強敵だ。
だが、コミネさんは風属性! 僕は有利な炎属性! 強気で行くっ!
ゆらり、とものすごい威圧感だったが、僕は一気に間合いをつめた。
「ゆびさき……」
「おそいっ!」ズバッ!
炎をまとったピックを振り抜く!
コミネ「ヌウッ」
そのまま畳み込むように一気に斬りまくった!
コミネさんはガクリとヒザをついた。
コミネ「フハハハハ! 見事だシモカワ。俺の完敗だっ。先に進むがいい! 見せてもらったぞ、正義より尊いものを!」
僕はコミネさんに深々と礼をして、自転車を漕ぎ出した。
「……いいなあ、愛って」
そんなコミネさんの声を背に受けながら、天神を抜け、石堂大橋から国道三号線に入る。
貝塚駅のあたりまで来た。そしてそこに立っていた鼻眼鏡は……
「よお、シモカワ。とうとうやっちまったな。こちら側へようこそ。どうだ? 裏切りの味は?」
「ぬかせっ!」ズバアッ!
「ウギャアアアアッ!!」
思わずフレイムピックを叩きつけた。
氷属性で異常な防御力のカムラは、まったくダメージを受けてないだろうに、なんとなくのノリで悲鳴を上げながらパタリと倒れた。
その横をさっさと通り過ぎる。
……しかし、コイツが不真面目でよかった。
不利な氷属性のうえ、ムダに固いけんな。マジメに戦ってたら、いたずらに時間を消費していたところだ。
国道三号線をひたすら走って北上。
東和の僕たちは南区が活動エリアだから、東区のこのあたりまで来ることはほとんどない。
名島橋のたもとにあるカレー屋から出てきたのは……
「おや。シモカワですな? デート中ですな?」
「……ヨシオ」
「なにやらマジな顔。ホラホラそんなコワイ顔しないで、我ら男子高校生、いっしょにフザけましょうな。オジャパメーン」
「悪いな、ヨシオ。おまえらとジャレてるヒマはないんだ。僕は、一足先にオトナになる!」
ヨシオ「なっ。シモカワ!? その子と今からどこに行く気ですな? もしや、あのビラビラの向こうですな?」
シモカワ「だまれっ!」
ゴッ! と僕はヨシオの顔を殴りつける。
「あだると!」と叫んでヨシオは倒れた。
ドサクサの勢いで、物理攻撃に弱いヨシオを殴り倒せた……。
三属性の電波使いであるヨシオは間違いなく強敵やった。でも、コイツらとの少年ノリは、今は必要ない!
千早駅まで来た。
だだっ広い駅前広場では、僕の嫌いな男がシャドーボクシングしていた……。
「シュッ……シュッ……シュッ……シュッ……」
「クリハラ……」
「いけませんねえ……実にいけませんねえ。おまえの恋人は悪意だろう? ちょっとカワイイからって、悪意をカノジョにしていいわけがないだろうが」
「悪意悪意、言うな! この子の名前はコノミだ!」
クリハラ「だからどうした! モテキャラだからって調子のんなっ。おれは前からおまえが気に食わなかったんだよっ!」
シモカワ「こっちもたい! ムホホとか気色悪い笑いしやがって!」
クリハラ「ぶっ倒してやるぜえ!!」
クリハラが襲いかかってきた!
ハヤトさんと同じ格闘技経験者で、しかも肉体的にはかなりの強さを誇る相手。
でも、コイツも風属性! コミネさんにも勝てたんだ。絶対行けるッ!
先手必勝。一気に炎の攻撃をぶちこむ!
「ムホホ……おまえの炎なんてヌルいぜええええ」
しかしあまり効いていない! くそっ。ムダに丈夫な身体しやがって……。
シモカワ「シュッ! シュッ!」
でもクリハラのジャブも攻撃としてはショぼい。属性もあって、僕にはほとんど効果がなかった。
「せんぱいっ! 大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫! コノミ。心配ない!」
「……くそっ。くそっ。甘々の青春しやがって! ゔら゛や゛ま゛ぢいいいいい」
僕とコノミのさりげないやりとりを見たクリハラは、なぜかダメージを受けている。
さらに追い打ち!
コノミに捧げる、僕作曲の愛の歌を、イノセントに歌い上げる!
「ひいいいいい。なんだよその歌……。と、トリハダが…………」
クリハラはダウン。
コノミと手を取りあい、僕らは進む。
「先輩……かっこよかったですよう」
「コノミのためなら、僕はどんな相手にだって、負けやしないさ」
香椎を抜け、国道495号のほうに左折。
志賀島は、ここから和白に行き、奈多、雁の巣と経由して向かう。
自転車には遠い道のりだけど、アリバのおかげか、疲れはなかった。
和白駅まで来たとき、挙動不審の剣道着が、不安そうにキョロキョロしていた……
「にぎゃっ。ホントに来たっ。ササハラさんの言う通りにっ」
シモカワ「ササハラさん?」
動きを読まれているかのように邪魔が立ちはだかるのは、あのひとの差し金か?
「し、シモカワー。まずは落ち着くんじゃよ? ね? ね?」
「通してもらう」
ヤギハラ「へ?」
「燃えろッ!」
「にぎゃーーーーっ!」
ヤギハラはたった一発で沈黙した。弱すぎる。こいつ本当にアリバか?
「コノミ。もうすぐ海の中道だ。そしたら、志賀島まではすぐだよ」
「…………は、は…………ハイ…………」
見ると、コノミの顔色がひどく悪い。戦いに気を取られ、コノミのことを気遣うのがおろそかになっていた……。
「大丈夫? 少し休もうか?」
「……い、いえ。大丈夫でスよう。そレより先輩、はやく行きまショ?」
じっとり汗をかいたコノミが笑う。
僕は黙ってペダルを踏む力を強めた。
でも、ササハラさんが僕たちの包囲網を展開しているとしたら、この先には……
「シモカワー。その子、悪意なんだってー?」
海の中道も目前の『雁の巣レクリエーションセンター』
そこに居たのは、予想通りカスガさんだった……。
「それがどうしたとですか? 関係なかでしょ?」
「うーん。でも、そんなにムキになることないんじゃないかなー。どーせ高校生のとき付き合う相手なんて、生涯の伴侶になるわけないんだしー」
シモカワ「オレはコノミと添い遂げるつもりですよっ!」
「せ、せんぱい……」
カスガ「……ふーん。なら、オレを倒さないとねー」
シモカワ「そうします!」
ハヤトさんが言っていた。「本気になったカスガは俺より強い」って。
しかも、真のアリバというのに目覚め、いま仲間内でもっとも強いアリバを持つのが、このカスガさんだ。
だけど、僕の想いだって負けない! 今の僕にできるのは、コノミへの気持ちを歌にすることだけだ!
アリバはこころのチカラ。ならば僕のこころをこの歌に込める……!
ラブソングに炎が宿り、それは業火となってカスガさんを包み込んだ。
「アーチーチーアーチ。うん。こりゃホンモノだー。オレの負けだよー。結婚式には呼んでー」
カスガさんはあっさり負けを認めてくれた。にっこり笑ってドリンクを差し出し、僕たちに道を開けてくれる。
「招待状出しますけん、祝福の歌、歌ってくださいよ」
僕らは、雁の巣からいよいよ海の中道へ。
この長い松林の直線道路は、志賀島の……海への玄関口。
あと少しというところで、僕にとって最悪の相手が待ち受けていた。
「え? え? シモカワとコノミ? まさか、おまえら、付き合っとったと?」
「そ、そこからかっ!」
カワハラ……。
どうしようもないバカだけど、氷属性最強。おまけに僕よりスピードも上。認めたくないが、天敵のような性能の持ち主だ。
ここでコイツをぶつけるというのが、ササハラさんの策だったのだろう。
「…………カワハラ。道を開けろ」
「え? いや、それはできんばーい。ハヤトさんに怒られるし……」
シモカワ「どけって言ってる!」
フレイムピック!
だが、本気の斬撃を、カワハラはいともたやすく避けた。速い!
「だいたい、コノミって、おれに気があるんじゃなかったと?」
カッキーーーーーーーンンン!!
シモカワ「あぐう!!」
カワハラの空気を読まないセリフが、そのまま氷撃として僕に襲いかかった!
凄まじいダメージで、意識が遠ざかる。こ、こんなお寒いセリフで…………なんなんだ、この攻撃力は…………。
「せんぱいっ!」
「くっ。まだだ!」
カスガさんにもらったレッツプルを飲んで回復!
「……あ。コノミ、もしかして、おれにコクるための準備段階として、まずはシモカワと友達になったとか?」
カッキーーーーーーーンンン!!
「あううっ!!」
アホかおまえは! とツッコむ暇すらなかった。カワハラの寒い言葉がこれほどまでに強烈だなんて……。
だめだ……スピードは上で、奇襲も逃げもきかない。属性では完璧に負けている。
ほかの仲間のように、空気を読んで道を開けてくれることも期待できない……。
まさか……こんなやつのせいで絶体絶命になるなんて……。
「せんぱい……こコは、ワタシにまかせテ……」
「え?」
コノミ「これ以上、先輩が傷つくトころ、見たくないんデすよう」
シモカワ「……コノミ?」
コノミはゆっくりカワハラの前に歩み寄る。
「お? いよいよ告白タイム?」
おそろしく空気を読まないひと言……あれを僕が食らったら完全に致命傷だった……。
でも、同じ氷属性というコノミは、その氷撃にもビクともしなかった。
「ごメんなさイ。カワハラ先輩のことは、まったくなんとモ思ってません」
カッキーーーーーーンンンンン。
カワハラが凍りついた。
「カワハラ先輩。ここ通しテもらイますね。ダいじょウぶ。痛くしまセんかラ」
グバアアアアアアア!!!
コノミの小さな背中から、いきなり氷の触手が吹き出した!
それはまるで、巨大な蜘蛛の脚!
何本もの氷の触手が、カワハラ目がけて飛びかかる!
「な、なんやーーーーー!」
「こ、コノミ!」
「……………………ふふフフフふふ」
ズカッ! ズガッ! ズガガガッ!
ものすごい音を立て、コノミの背中から伸びる氷の触手は、カワハラの立っているあたりに振り下ろされる。
アスファルトがえぐれ、土煙が巻き上がった。
「こ、コノミ! やめろ! カワハラを殺す気かっ!!」
思わずコノミに飛びつき、後ろから抱きしめた。
たったいま目の前でおそろしい攻撃を放ったことが信じられない、柔らかく、きゃしゃな身体だった……。
「ひ、ひ、ひ、ひいいいいいい。びびったーーーーー」
土煙が晴れると、道路は掘り起こされ、土はえぐれ、街路樹はグチャグチャに折れているというのに……
カワハラはまったく無事だった。怪我ひとつしていない。
「…………ダいじょウぶ…………ナんとか、抑えましタ」
後ろから抱きしめる僕の腕を、コノミが優しく撫でた。
「…………コノミ…………もう…………悪意のチカラは使わないで…………」
涙が出そうになるのを必死でこらえながら、僕は言った。
放心状態のカワハラを残し、僕とコノミは自転車に乗る。
海にまで続く最後の直線道路。
紫色の空はいつのまにか夜明け間際だった。
志賀島名物『金印ドッグ』の屋台が見えてくる。あれを過ぎれば……
シモカワ「コノミ! 海だ! もうすぐだからな! がんばれっ!」
コノミ「………………………………」
そのとき。
背後の闇の中から、聞き覚えのあるバイクの音が聞こえてきた。
夜の闇を引き裂く、ヘッドライトの光。
タンデムシートに女のひとを乗せたその青いバイクは、けんめいに自転車をこぐ僕をかんたんに追い抜くと、道を塞ぐように前へまわりこんで止まった。
バイクから降りたハヤトさんが、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。
「シモカワ」
「……………………」
「…………ハヤトさん。ナミさん…………」
最後の壁が、僕とコノミの前に、立ちはだかる。
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