10-4 劣勢
ハヤトの解毒剤を賭けたリアル格闘ゲーム……【QUEEN OF FIGHTER 9X】……。
サユリの操る悪意ファイターは二人倒したものの、福岡ファイターもすでに四人やられ、旗色は悪い……。
そして、炎属性であるシンジローを選択したあと、サユリが出してきたのは、見るからに強そうな氷属性の悪意だった。
「ヤノ……相手の悪意だが、実は見覚えがある」
「ええ?」
「私の筑紫丘高校の後輩で、直接の面識はないが、有名な生徒だ。10年にひとりと言われる逸材の天才ボクサーらしい」
「ほ、本当かよお!」
「とんだ隠し玉を出してきた。中学時代は素行の悪さで有名だったようだが、それなりに難しい筑高に難なく受かった。文武両方に、あふれるほどの才能を与えられた、恵まれたヤツだ。その性根の悪さゆえ、悪意になったようだが」
ただでさえ押されているのに、そんな強キャラが出てくるとは……。
「さあ、次! サクサク行こう!」
「ヤノ。シンジローも強くなったが、属性の相性が悪すぎる。まともに戦ってもまず勝ち目はないだろう。ここは、シンジローの潜在能力に賭けよう。バーニングだ」
「けどよお、隠しコマンドなんてわからないぞお」
そうこうしている間に、バトルが開始された!
慌ててコンソールにかじりつく。
「……隠しコマンドは、ジャンプしてパンチとキックボタン全押しだよ!」
ハヤトを膝枕したナミが、タブレットを見ながら叫んだ。
「……よし、これでなんとかなるな。あとは体力が20%以下になったときが勝負だ。頼むぞ、ヤノ」
だが、サユリの操る氷のボクサーはものすごい強さだった。
動きが俊敏で、技のキレもよく、なにより、攻撃の当たり判定が強くて、こっちの攻撃がことごとく潰されてしまう……。
ただでさえ、シンジローのコマンドは、パンチボタンを連打しなくちゃいけないから、リズムが狂って、いまいち操作に集中できないのに……。
シンジローは打たれ強いらしく、属性が不利な相手の強力な攻撃にも、なんとか耐えていた。だが、それでも目に見えて削られていく。
「……ヤノ。そろそろだ。体力ゲージが赤く点灯した。バーニング・モードで一気にひっくり返せ」
「……お、おう……!」
だが、体力が少なくなって追いつめられたせいか、焦りと緊張で、うまくコマンド入力ができない……。
「いかん……押しきられるぞ」
そして……
そのまま、せっかくのチャンスも活かせず、シンジローは敗れた……。
SHINJIRO! Lose!
『ちくしょおおお! バーニングさえできれば……アニチぃぃぃ、すまねええええええ!!』
「あああ…………」
「あらら。いいとこなし! 相変わらず、メンタル弱いなあ!」
サユリのひとことがグサリと胸に刺さる。
そのとおりだ……この、土壇場での勝負弱さが、俺がアーチェリーで大成しなかった一番の原因だ……。
「諦めるな。まだこちらにもカードはある」
ササハラが力強く言った。
小柄で、福岡ファイターのメンバーでは一番背が低いのに、こういうときは、大きく頼もしく見える。
つくづく、コイツが参謀についてくれてよかったと思う……。
「もったいぶっていられる状況じゃない。コミネを出すぞ」
KOMINE…
『魅せてやろう……コミネ神拳の真髄を……』
なんでひとりだけ名前に三点リーダーがついているかはともかく、福岡ファイターの戦闘の要であるコミネなら、この状況を打破できるかも……。
「おおっと! ついに出てきたね、バトルマシーン! 相手にとって不足ない!」
属性的にはこちらのほうが有利なのに、サユリの強気は揺らがない。それほど、天才ボクサーの悪意に自信があるのだろう。
レベル1【秘孔】 ↓↙← パンチ
レベル2【激怒】 パンチボタンふたつ連打
レベル3【闘気】 ←溜め → キック
変人キャラだけに少し心配していたが、コマンドは素直なものだった。
「ヤノ。プレッシャーはかけたくないが、ここを抜かれるとマズい。気を引き締めていけ」
「……お、おう……」
ササハラに言われたとおり、しっかりガードを固めつつ、慎重に戦う。
コミネは、通常攻撃も必殺技も強力で、属性の補正があるとはいえ、相手の氷ボクサーとほぼ互角か、それ以上の性能をもっていた。ふだんのアリバの戦い同様、頼もしい男だ。
お互いに決め手に欠けるまま、戦いはこう着した。
そんな中、途中でサユリの戦い方が変わった。
まったく攻めてこず、端に陣取って動かない。
俺は、コミネをジャンプさせ、飛び蹴りを繰り出した。
「待て、ヤノ。不用意に近づくな」
その途端、悪意のボクサーのカウンター必殺技が炸裂し、体力ゲージを一気に奪われてしまった!
そのまま一気に畳み込まれるかと思ったが、サユリは攻めてこず、じっとして動かない。
こ、これは……。
「……待ち、か」
ササハラが言い捨てる。
格闘ゲームで言うところの『待ち戦法』! 自分からは一切攻めてこず、隙の少ない強力な必殺技で敵を迎撃だけするという消極的な戦い方……。
あまりに勝ちに走るつまらない戦法として、格闘ゲームでは忌み嫌われている。
結局、サユリの待ち戦法は崩せず、コミネは敗れた……。
KOMINE… Lose!
『……くっ……こ、コミネ亡くとも、コミネ神拳は死なん……!』
「さ、サユリ……おまえ……!」
「なに? 待ちが卑怯なんて言うのは、勝負に対する真剣味が足りない甘ちゃんだよ!」
頼みの綱だったコミネまでやられてしまった……。
おまけに、卑怯な戦法で負けたことで、頭に血が上っているのが自分でもわかる……。こんなんじゃ、まともに操作なんて……。
「落ち着け、ヤノ。まだ切り札は残っている」
「け、けどよおっ……」
「こちらにはあって、敵さんにはないものがひとつある。何かわかるか?」
「?」
「電波のヨシオだ。世界に三人しか居ない電波属性。サユリに対抗馬が用意できたとは思えん」
そ、そうか。三属性を擬似的に使うヨシオは、ジャイケンで言えば『グーチョキパー』。禁じ手中の禁じ手……!
「ヨシオならば、残りすべてを勝ち抜くことも可能だろう。だが、ヨシオは体力面に不安がある。少しでも温存しておくため、この厄介な悪意ボクサーはなんとか他で仕留めたいところだが」
残るキャラは、炎のカスガ、風のクリハラ、電波のヨシオ。
となると、必然的に……。
「次は……クリハラだな」
KURIHARA
『………………………………』
クリハラは、無言でヘッドギアを装着すると、静かに武闘場へと進んだ。
ふだんなら、「ムホホ」とか「この天才に」とかウルサイのに、やけに大人しい。
『だれかと思えば、パシリのクリリンじゃーん』
クリハラを見て、相手の悪意ボクサーがとつぜん口を開いた。
こ、これは……まるで、格闘ゲームでよくある、開始前、因縁のあるキャラ同士で行われる『会話デモ』……?
『なに? おまえ格闘技なんて始めたの? もしかして、俺らに復讐するためとか? 怖ッ。ぎゃはは』
軽い調子でベラベラしゃべる敵悪意。
『無理むり。おまえ、俺らに何度ボコられたよ? おまえは、しょせん俺らのドレイなんだって。おまけに、おまえ東和だって? 必死に勉強してバカ学校とは、何やってもダメなやつは哀れだねェ』
クリハラはうつむいて黙っている。
「……どうやらクリハラの中学時代の知人らしいな」
……そうらしいが、知人というより、あれは……。
「顔見知り? どうでもいいけど!」
押し黙っていたクリハラは、たったひと言……
『…………………………おれは…………天才だ』
ぎゃはははは! 氷のボクサーが嘲笑する。
「………………………………」
「………………………………」
「……高校の後輩とはいえ、さすがに頭にきた。ヤノ。この勝負、必ず勝つぞ」
「俺だって頭にきたぞお! ぜったいクリハラに勝たせてやる!」
レベル1【ジャブ】↓→ パンチ
レベル2【クリクリンチ】←↙↓→ パンチ
だが、俺たちの想いとは裏腹に、両者の性能差は歴然だった……。
ヘタに同じボクシングスタイルなこともあって、すべての技において、一枚も二枚も上であると、肌で実感させられる……。
クリハラのレベル1ジャブは異様に出が早く、面白いようにヒットするが、ダメージは微々たるもの。ほとんど体力を減らすことはできない。
なのに、相手の攻撃は、ゴリゴリとクリハラの体力を奪っていく。
「ヤノ。クリクリンチをうまく使え」
レベル2クリクリンチ……投げあつかいの技で、相手との距離が離れていても吸い込むように捕まえ、動きを止める。
そして、この技は、ほんの微量、体力を回復させることができるらしい。
泥臭い消耗戦だった。
ジャブでちまちま相手の体力を削り、痛烈な返しの打撃を食らい、それをクリンチの連発でひたすら回復させる……。
「なにそのしょっぱい戦い方! こっちが恥ずかしくなる!」
「……耳を貸すな。クリハラのためにも、できることをやれ」
「もちろんだぞお……!」
泥臭くても、地道でも、これしかないのなら、ただひたすらこれを続けるのみ!
そして……
DRAW GAME !
『……ハァ……ハア……ハア……』
「……や、やった……」
「上出来だ」
『…………くそっ……くそおおお! ……すいません……ヤノさん……』
クリハラが、涙のにじんだ目で悔しそうにつぶやく。
「気にするな! おまえはよくやったぞお!」
「ヤノの言う通りだ。クリハラ、お前は最高の働きをした。胸を張れ」
これでこっちの持ちキャラはたったの二人。だが、これは、値千金の勝利と言っていい!
「あらら。まさか、彼がやられるとはね! けど、こっちには使える兵隊はまだたくさん居る!」
「……よし。カスガだ。なんとかいい形で、ヨシオまで繋ぐぞ」
KASUGA
『クリハラを侮辱されるのは、オレもちょっと頭にきたよー』
サユリが選んできたのは、やはり、炎のカスガに有利な氷属性!
おまけに、今度は俺の知っている顔だった……!
「あれは……東西大学レスリング部のキャプテンだぞお……!」
「……お前のモトカノの勝利に対する執着は、表彰に値するな」
……そのとおり。サユリという女は、どんな勝負であっても、どこまでも勝ちにこだわる。遊び心や妥協なんていっさいない……。
「……マズいな。カスガの基本性能は相当なものだが、いかんせん属性の相性が悪い」
レベル1【炎の張り手】 ↓→ パンチ
レベル2【炎のタックル】 ↓→ キック
レベル3【守護】 ←↙↓→ パンチ全押し
カスガのコマンドは使いやすいものだった。
だが、相手は、全国に名を轟かせる大学レスリングの強豪……。
「…………ど、どう戦うよお、ササハラ……」
「………………………………」
なんの対策も思い浮かばないまま、ROUNDが開始された。
一瞬、カスガの身体が赤く燃え上がったように見えたが、気のせいか……?
とりあえず、牽制として炎の張り手。
コマンドを入力したとたん、カスガは素早いダッシュで一気に間合いを詰めた!
ものすごい火炎のエフェクトと同時に、豪快な張り手を繰り出す!
ガボオオオオオオ!!
ドガッッッ!!
相手は一気に端までぶっ飛び、跳ね返って、ダウンした。
その一撃で、体力ゲージはすでに半分近く消えている。
相手の起き上がり。とっさに炎のタックル!
相手はガードしたが、そのままズガガガガガと削岩機のように削りまくって、残りの体力も一気に消えた。
KASUGA Win !
『あんまり福岡ファイターをナメないほうがいいよー』
「な、な、な、な……ナンジャーーー」
「……フッ。カスガの友情パワーがこれほどとはな」
お、おれも驚いたぞお……。
「カスガさんはワタシも前から知ってたけど、ただの、薄気味悪い偽善者くらいに思ってた! こんなに強かったなんてね。ダマされたよ!」
「これは、イケるかもしれん」
「おう!」
属性をものともしないカスガの強さに、がぜん希望が湧いてきた。
また有利な氷を選ぶと思ったサユリが次に出してきたのは……なぜか、風属性……?
「……………………」
「風なら、炎のカスガに有利だぞお」
ROUND開始とともに、炎のタックルを繰り出した!
「待て、ヤノ。油断するなっ。不利な風属性を出したからには、何か理由が……」
ササハラが言い終わらないうちに、サユリの扱う風属性の敵が、カッと真っ白に光った。
画面が眩しい閃光に包まれる!
DRAW GAME !
『やってられませーーーん』
もとに戻ったとき、カスガは敵と共に倒れていた。
「……自爆か」
ササハラの言ったとおり、それは敵の必殺技の自爆らしかった……。
「味方の駒をひとつ失う代わりに、確実に相手の駒を奪う……この局面では、非常に有効な戦略だと認めざるを得んな」
たしかにこれでもう残るはヨシオのみ。だが、敵はまだたくさん残っている……。
「さあ! 王手!」
「……言っても仕方ないが、プレイアブルキャラにハヤトが居ればな」
「………………………………」
「無属性で、どんな相手でも対等に戦える。バランスもよく、必殺パンチは出が早く高性能。ハヤトスペシャルは攻防一体。おまけに集中で、能力の底上げも可能。……サユリが早々にハヤトを退場させたのも頷ける」
「…………だなあ」
「だが、居ないものを当てにしても仕方がない。我々でなんとかするぞ。ヨシオならば、きっとこの局面、打開できる」
そう。残る福岡ファイターはただひとり、ヨシオのみ。
「こうなったら、もうおまえだけが頼りだ……頼んだぞ、ヨシオおお!!」
YOSHIO3
『クリリンの悔しさ……みんなの想い……ムダにはしませんな』
残メンバー
敵残存数 ……炎2! 風1! 氷1! 合計4!
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