2-4 氷の重爆ヤノ
まわりの野次馬からの、よくわからない拍手や歓声が響く。
ヤノとふたり、地べたに大の字になって荒い息をつきながら、それを聞いた。
「……はあ……はあ……まだ……やるか……?」
「ふう……ふう……いや……もういいぞお……俺の負けだ……なんか……暴れながらいろいろ吐き出したら、スッキリしたぞお」
「そっか」
「ハヤトよお……おまえ、まさか、そのつもりで、かよお……?」
「へっ。さてな」
「おつかれさま」
ナミがレッツプルを二本差し出してくれた。
いつも通りの仏頂面だけど、どこか上気した柔らかな表情に見えなくもない。
俺はそのうち一本をヤノに放ると、自分のぶんを一気にノドに流し込んだ。 冷たく甘い液体が、疲れた熱い身体に染み込んでいく。
野次馬たちは散り、園内は元の昼下がりの静けさを取り戻した。
「ヤノさんはもう大丈夫。ハヤトのハズカチィ友情パワーのおかげでね」
「おまえがやれって言ったんだろうが」
……ったく。俺だって恥ずかしいよ……。
「なに話してんだよお」
自分もレッツプルを飲みながらヤノ。
俺と同じサイズのドリンクが、巨体のヤノのでっかい手の中にあると、リトルサイズみたいに見える。
「ああ……何から話したらいいか。……とりあえずナミの紹介かな」
「え!?」
いきなり話を振られたナミは、キュウリを見た猫のように驚く。
「あ。う。え。えと……あの……ボクは……ナミ……って名前で」
急に自信をなくしたように下を向いてしどろもどろ。相変わらずコミュ力に難があるな。
バトル中はテンション高いのに、終わるとまた無愛想になっちまうし。
だが、そんなキョドキョドするナミを見て、ヤノは妙に感心した顔で、なにやらブツブツ言ってやがる。
「(……なんてこった。この子、ハヤトが普段話している理想の女を、そのまま形にしたような子じゃないかよお。……気味が悪いくらいだぞ……)」
「あ? なんか言ったか?」
「い、いや……」
ジリリリリリリリリリ……!
夏の真昼の動物園の、のんびりした空気を引き裂くような警報が鳴り響く。
突然のけたたましい音に俺たちは顔を見合わせた。
『お客様に申し上げます! 緊急事態が発生しました。一部の動物がオリから脱走し、園内を徘徊しております! ただちに係員の案内に従い、安全な場所へと避難してください! 繰り返します……』
「だ、脱走!?」
「どういうことだよお」
いきなりの事態に、家族連れやカップルが騒然となった。
「悪意!? しまった、本命はそっちだった!」
「悪意って、ヤノは大丈夫だったんじゃねーのか!?」
「ヤノさんはブラフだった。本当の悪意は別の場所に居たんだよ!」
「なにいいいい!!!」
『お、お客様に申し上げます』
騒がしくなった園内にまたしても放送が流れる。
『だ、脱走した動物は、猿山のサルやチンパンジー、そしてローランドゴリラとのことです!』
こういう放送って、普段は楽観的に聞こえるくらい間延びした口調で話すだろうに、女の係員の声には、はっきりと焦りがあった。
そのせいだろう。それまで動こうとしなかった客が、一斉にパニックを起こした。
「ご、ゴリラかよっ」
「脱走ってどういうことだよお。それに、『あくい』ってなんだ? ハヤト、また何かにクビ突っ込んでのかよお?」
うるさいヤノを見て、少しアピロスのときのナミの気持ちがわかったぜ……。
あのときは俺だったけど、緊急事態で余裕のないときに、事情を知らない相手にアレコレ聞かれたり説明するのは、なかなか面倒くさい。
「ゴリラだよっ。そのローランドゴリラが悪意の大元みたいっ」
「なんだとお!」
マユの次の相手がよりによってローランドゴリラ!?
「くそっ。俺とヤノは殴り合い損かよ……!」
「……それが、そうでもなさそうだよ」
ナミはキラキラした目で答えた。
そんなナミが示したタブレットの画面に表示されていたのは……。
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【ヤノ】 レベル4 EXP70 属性 氷
HP 113 (S)
攻撃力 106 (S)
防御力 10 (D)
特殊攻撃 12 (C)
特殊防御 8 (D)
素早さ 10 (E)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【東西大学法学部三年生。21歳。規格外の体格のせいで怖がられがちだが実は心優しい。ハヤトの同級生。腐れ縁の相棒。ハヤトより少し成績が良く、大学は違う。
基本的に何事にも冷めているが、付き合いがいいことから、ハヤトに色々巻き込まれることが多い。特技は部活でもあるアーチェリー。顔立ちはまるで白人】
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【レベル1 メガトンパンチ 25/25 威力90 命中率70%】
《思いきり力をこめた剛腕を振るうパワフルパンチ。凄まじい攻撃力を活かし、敵に大打撃を与える。特に火属性の敵にはめっぼう強いが、発生が遅く命中率が低いのが難点》
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「こ、こいつは……!?」
「アリバの戦士、二人目!」
「ヤノがか?」
「ハヤトのアリバだか友情パワーだかに感応して覚醒したのかもっ」
「……な、なにを騒いでるんだよお。おれのことかあ?」
ヤノは不安そうな顔。ったく、デカいくせに、ほんと気が小さいぜ……。
「えっとな、時間ねえから、かいつまんで話すぞ」
俺はそう言って、これまでのことをまくしたてるように説明した。
鴻巣山。隕石。ナミとの出会い。アリバの目覚め。敵は悪意。福岡市を守るために戦っていること。
ヤノはトロいし気も小さいが、頭は決して悪くない(俺の大学よりランク上の東西大学に通ってるし)。
半信半疑ながらも、事情はすぐ理解したようだった。
「それでさっき殴り合ったとき、ハヤトがいつもと違う感じしたんだなあ」
「まあな。アリバで強くなってなきゃ、おまえと真正面から殴り合いなんてできっかよ」
「……あれ……? おかしいな」
タブレットをにらんでいたナミが怪訝そうな声を出した。
「どうした?」
「ヤノさんのステータスがちょっと変なんだ」
「俺のときもそんなこと言ってたな。ヤノにも属性がないとかか?」
「いや、ヤノさんの属性は『氷』だよ。きっと、クールで落ち着いた、でも優しい性格なんだろうね」
前に言ってたっけな。属性は性格的傾向で決まるって。
確かにヤノは、火とか風って感じじゃない。氷で納得だぜ。
「おかしいのは、能力値。ヤノさんは見た目の通り【パワータイプ】なんだけど、それにしたって攻撃力の数値が尋常じゃない。バグかな……。攻撃力106って、これ、Sランクだよ。普通の人間じゃありえない数値」
「……いや、ヤノだったらあり得ねえこともないぜ。なにしろ、コイツは握力150キロあるんだからな。攻撃力Sクラスも納得だ」
「あ、握力150キロ!? ほ、ほんとに人間!?」
ナミは心底憐れむような顔でしみじみ言った。
「……ハヤト、そんなのとタイマンで殴り合ったのかー。よく殺されなかったね」
「お前がやれって言ったんだろうがああああ!」
そのとき、絹を引き裂くような女性の悲鳴が上がった。
見ると、動物園の草食動物ゾーンのほうから、大勢の動物が殺到してくる!
シマウマやヒツジ、ダチョウにバーバリーシープ、オリックスにキリン。それから、無数のサルにチンパンジー。まわりにはたくさんの鳥の姿も。
その中でも特に異様な迫力を漂わせている巨体が、群れの真ん中をのっそり歩いている。
ローランドゴリラ。アイツがボスの悪意か!
「ヤノ! 詳しい話はあとだ! 俺たちで防衛線張るぞ!」
「ど、どうする気だよお……!」
「ここであいつらを食い止めるんだ!」
「ま、マジかよお。ここで? 俺たちだけで?」
「わかんねーのか? 見ろ!」
俺は動物たちの群れを指し示した。
「サルやチンパンジーどもが、他の動物のオリのカギを片っ端から開けてやがるっ。アイツらがこの先の猛獣エリア行ってみろ! ライオンとかトラとか、肉食獣のオリを開けられちまったら、マジでシャレにならねえことになる! 俺たちで食い止めるぞ!」
「お、おう! やるしかないんだなあ」
「ヤノさんは氷属性。動きは遅めだけど、体力と攻撃力が並外れている。その力を活かして前線で暴れてっ。特に火属性の敵にはガンガン強気でいいよっ。敵のボスのゴリラもどうやら火属性みたいだ」
「ヤノ! ザコどもは俺が引き受ける。おまえは、ボスのゴリラに集中しろっ」
「お、俺があいつとヤるのかよお……」
「ああ。ゴリラ対ゴリラってわけだ。好カードだろ?」
「ぬかせ」
俺とヤノは、猛獣エリアへと続く通路に立ちはだかるようにふたり並び、殺到してくる動物の群れと相対した。
「行くぜ! 遅れんなよウスノロ!」
「そっちこそ、カッコつけすぎて足元すくわれんなよお!」
互いに軽く目配せすると、その憎まれ口を合図のように、俺たちは敵の群れへとダッシュした……。
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