2-1 フラグが立った!
まだ日が昇りきらない午前中。
俺は、高宮通りにあるセーブカンパニーへと向かった。
空は快晴。真っ白な入道雲が浮かんでいる。
今日も暑くなりそうだぜ……。
例によって、ナミは外で待ち、俺だけ店内へ。
自動ドアを抜けると、中は別世界のように涼しかった。
すぐに、例のグラマラス美女が、「いらっしゃませー」と愛想良い笑顔で迎えてくれた。
……と思ったら、突然、店内に響くような大声で……
「広井さーーん。カタギリさん、来たよーーーー」
奥から「のっっ……!!」という小さな叫び。
豊満美人さんに奥のブースへと通された。昨日のカウンターと違い、今日は個室だった。
引き戸を開けて中に入ると、ノーパソが載った白いデスクの前に座った制服姿の広井さんが、顔を真っ赤にしていた。
「えと……カタギリ、参上」
「い、いらっしゃい……ませ」
デスクを挟んで、引きつった顔の広井さんと向かい合う。
うーん。なに、この反応?
あ。もしかして、広井さん、俺のことがちょっと気になるとか……?
ははは。まさかな。俺がそんなモテキャラだったら、ケイにフラれたりするかっての。気のせい気のせい。
「こんちは」
「こ、こんにちは」
「今日も暑いね」
「え? あ、いや、私たちはこの店から一歩も出ませんから、あまり夏気分ないというか……ずっとクーラー効いた室内に居て、むしろ冷え性になっちゃって」
「あ。そうなの? ずっとこの店舗に? まさか住み込みで?」
「は、はい。奥に仮眠室があります」
「そういや、俺の担当は広井さんひとりって言ってたもんな。バイトなのに、すげえんだな」
ひとりでベラベラ喋るが、広井さんはどこか上の空。パソコン画面をじっと見つめ、なんだか目を合わさないようにしてるって感じだ。
「このバイトって、給料いいの?」
「え? えと……時給七百円……?」
「安ッ!? なんだそりゃ。福岡市の最低賃金じゃねえか……」
セーブカンパニー、ケチくせーだろ。ひとの人生管理してるくせに。業務内容と待遇がマッチしてねえにもほどがあるぜ。
「とりあえずセーブ頼むわ」
「は、はい……! ただいま……」
広井さんは、カタカタカタカタとキーボードを連打しだす。
そのまま、カタカタ……カタカタ……。
おかしいな。昨日のセーブ手続きは拍子抜けするくらいアッサリだったってのに、今日はやけに時間がかかってる。
ずっとキーボードをカタカタ、カタカタ。ていうか、なんか、同じキーばっか繰り返し叩いてないか……?
と思ったら、広井さんが唐突につぶやいた。ボソリと。
「……『約束通り。助けにきたぜ、マユ』……」
「オウ!?」
思わずオットセイみたいな声を出してしまう俺。
「な、な、なんでそれを……?」
「ごめんなさい! 私、カタギリさんのことがどうしても気になって……セーブデータを覗き見しちゃったんです。プロテクトかかってたけど、こう……チョチョイと外して」
「え?」
「昨日の、アピロスの『テロリスト襲撃・集団幻覚・ガス爆発・局地的サイクロン事件』を解決したのって、カタギリさんだったんですね……」
驚いて広井さんを見る。
広井さんは真っ直ぐな目で俺を見返す。
「……そうだよ」
俺の個人情報どころか人生をデータ管理してる相手に、隠し事は出来ねえよな。
「やっぱり……! カタギリさんって、もしかして、正義のヒーローなんですか!?」
「え? まあ、それっぽいというかなんというか……」
実は俺にもまだよくわからん。
「すごいっ。かっこいいっ!」
手を振りまわし、大げさにホメてくれる広井さん。
俺は照れ隠しに言った。
「で、でもさ。その、プロテクトを破ってのぞき見って、ヤバいんじゃないのか?」
「……はい。就業規則に抵触しまくりんぐです。もしバレたら、人生終わるくらいの損害賠償と違約金を支払わされるかも……」
「お、おい! 時給七百円が無理すんなよっ」
広井さんはションボリしながらも唐突に言った。
「……実は、私、小説家になりたいんです」
「小説家? それって……」
「はい。……カタギリさんの夢と同じ、ですね」
あ、そっか。俺の人生の記録を管理してるんだもんな……。筒抜けってわけか。
「でも、最近、創作に煮詰まってて……」
広井さんの表情が曇った。童顔だからか、進路に悩む女子高生みたいな初々しい雰囲気だぜ……。
「カタギリさんに出会ったとき、ビビッときたんです。このひとを主人公にした話を書いてみたいなって」
「そりゃ光栄だな。あ、それで俺の記録を……?」
広井さんは深く頷いた。そこまで俺に興味を持ってくれるなんて、嬉しいよな……。
「……わかった。こうしようぜ。俺が体験した出来事について、俺自身が話して聞かせる。そうすりゃ、データのぞき見なんて危ない橋渡らなくていいだろ? それを小説のネタに使ってくれていいぜ」
「……いいんですか?」
「でも、ひとつだけ条件がある」
「え。条件!? でも私、童顔だし、コドモ体型だし……おっぱいだって小さいし……」
「おっぱい? いやいやそんなんじゃなくて、かたっ苦しい言葉遣いをやめてくれ、ってことだよ」
広井さんは目をぱちぱち。
「もっとフランクに話してくれないか? 友達と話すみたいにさ。ていうか、いっそ友達になってくれ」
「それが条件なんですか?」
「ああ。広井さんみたいなキュートな友達できたら俺も嬉しい。それから、俺の事はハヤトでいいぜ。まわりのやつは、みんなそう呼ぶ」
「ハヤト……」
「おう」
「だったらアタシのことも『スエ』って呼んで欲しいの」
広井さんは、突然両手の平を組んで天井に向け、大きく「んーーーー」と伸びをした。
「よろしくね! ハヤト」
「よろしくな! スエ」
俺たちはニッコリ笑いあう。
「アタシね、ちょっと話し方が変なの! 癖なの! だから、この会社に入ったとき、矯正みたいに話し方変えたの! 強制的矯正なの! もうね、それがキツくてキツくて! ほとんどゴーモンだったの! これからは素で話せると思うと、スッキリなの! んふふー!」
折り目正しい受付嬢はどこへやら。確かに、妙ちくりんな口調で広井さん……いや、スエは話した。
でも、これはこれでカワイイよな?
「無理することはねえさ。仕事とはいえ、楽しくやらねえとな。こっちだって、誰にも話せない不思議な俺の体験を聞いてくれる友達ができてうれしいぜ」
「んふふー……『一見ぶっきらぼうだが、実はお人よしで面倒見がいい』……まさしくその通りなの!」
「はは……ステータス画面のアレか……」
俺はふとナミのことを思い出した。反射的に左手のGショックを見る。
ゲゲッ!? もう三十分以上経っちまってる!
「……スエっ。また今度ゆっくり話そうぜ。そろそろ行かないと。外で待たせてるヤツが居るんだ」
「……ナミ? ハヤトのパートナーの。……でも、ちょっとおかしいの! ナミに関する記録だけが、ぜんぜん見られないというか……私でも解けない特殊なプロテクトがかけられていて、これじゃまるで……」
スエが何やら小難しそうな話を切り出したが、ナミの怒りっぷりを想像すると恐ろしくて、それどころじゃなかった。
「スエ。その話はまた次回な」
俺は席を立ちあがる。
スエは「う、うん」と戸惑った顔で返事したが、すぐに元気に笑った。
「ハヤト! 正義のヒーロー、頑張ってね! またのお越しを、あらためてお待ちしていまーす!」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?