幕間7 教団にて交わる嘲笑と雌伏
「……というわけで、福岡市東区大岳付近にて、私が【素体H】とともに遭遇したとき、すでにM-002は内部崩壊を起こしており、急激にアリバを高めた友人Sによって……」
「あーナミくん。そのHとかSとかって、いいかげんやめにしない? 誰が誰だか、わからなくなってきてね。ただでさえ、このゲームには登場人物が多すぎる。しかも、そのほとんどがモブだ」
「は、はい。……強力な悪意を発露させたコノミは」
??「コノミ?」
ナミ「M-002の名ですが……」
??「名前? 悪意の実験体に名前などいらんだろう。コードネームでいい」
ナミ「………………………………」
??「続けたまえ」
ナミ「…………M-002はシモカワにより機能停止させられました。付近への物的被害は軽微。人的被害は奇跡的に皆無で……」
??「……………………ふー」
ナミ「…………あの…………」
??「ん? あー。聞いてる聞いてる。しかし、ハヤトくんたちときたら、まったく面白いね。効率が悪いというか、ムダばかりというか」
ナミ「………………………………」
「最強の悪意の幼生体の覚醒と暴走。そして、そんな哀れな少女を助けられなかった後悔と自己嫌悪。喪失感による成長。
……コレ、そもそもマユって子とハヤトくんが演じる役割だったわけだろう? それが、なんだっけ……シモカワ? とかいう脇役くんが、まんまとその役目を、かすめとっちゃったわけだ」
「………………………………」
??「…………まあいい。聞くも涙の悲恋を経て、モブのシモカワくんもさらに強いアリバに目覚め、話も盛り上がってきた。こうしてエサの栄養価が高まれば、彼の狂気もまた大きく育つだろう」
「……お言葉ですが」
??「…………んー?」
「シモカワがM-002を止めなければ、彼女の計測不能なほど強力な悪意が暴走し、大惨事になった可能性があります。予想される西戸崎地区及び志賀島、近隣地区の人的被害だけでも、相当のものが……」
「あーないない」
ナミ「…………え?」
??「【Mタイプの実験体】にはね、ちゃんと安全装置が仕込んである。ちょっとした電波を送信すれば、自己否定による精神崩壊を起こし機能不全に陥るよう、あらかじめプログラムしてあるんだ。知らなかったかね?
どんなにアレが大暴れしようが、適当なところでボタンひとつ押せば、勝手に死んでくれる…………いや、死ぬってのはおかしいか……壊れて動かなくなるようになってたんだ」
「………………そんな……」
「当然だろう。制御できない道具は道具じゃないからね」
「………………………………」
??「おやあ? 顔色が変わったね。ナミくん。怒っちゃったかい?」
ナミ「い、いいえ。そのようなことは……」
「あー。いいのいいの。わかってるって。ナミくんの基礎人格デザインは、このぼくが直々に手掛けたんだ。キミのことはよーくわかってる。
キミは今、こう思っているはずだ。
『……よくも、コノミとシモカワくんの必死な想いを侮辱したなっ。絶対にカタキはとってやる! 最後に勝つのは、ボクとハヤトと仲間たちだっ!』
……なーんてね。上手いもんだろう? キミのモノマネ」
「…………………………………………」
「いい顔だ。ノドブエを食いちぎられそうな殺気をビンビンに感じるよ。さすが、ハヤトくん好みの性格にデザインされているだけはあるね。
凛として清楚。潔癖にして負けず嫌い。不器用だけど、その実、内面は健気で一途。決して折れない、前向きな気持ちに満ちている。ヒロインにふさわしい」
ナミ「…………………………………………」
??「せいぜい、彼の理想の女として絆を深め、どんどん仲良くなってくれ。やることやっちゃってもいいよ。そのために、人間の女とまったく変わらない肉体構造を与えたんだからねえ」
ナミ「…………………………………………」
??「そして、そんな大事な女を取り上げられたとき。その喪失感が、ハヤトくんにどんな狂った花を咲かせるのか、今から楽しみでしょうがないよ」
ナミ「…………………………………………」
「彼は主人公としてよくやってる。こっちの用意したシナリオ通りに動きながらも、ところどころでこちらの予想にない動きをして、プレイヤーを楽しませてくれる。
いきなり『無属性の疑似アリバ』に目覚めちゃったり……それに、なんて言ったっけ? あの女王サマは」
「ケイ」
??「そうそう。あの話なんて、傑作だったよ。教団がイジってもない女が、あれだけの悪意を発現させたのにも驚いたし、しかもそれを、なんとキスして目覚めさせちゃうなんてね。
キスだよ? いったいどんな展開だよ。そんなわけのわからないストーリーは、思いつきもしなかった。
……あのあとセーブカンパニーには行ったんだっけ?」
ナミ「……そのはず……です」
??「じゃあ、あとで記録をプレイバックして、また見せてもらおうかな」
ナミ「…………………………………………」
「とはいえ。しょせんは盤上の駒。ハヤトくんの退場も近い」
「…………………………………………」
??「ホクトとぶつけるのも時期尚早という気はするが、早くしないと夏休み、終わっちゃうからねえ。宿題は、早めはやめにやっとかないと、あっという間に8月31日だ。これは子供の頃から変わらないね」
ナミ「…………わかっています。8月31日……人類の命運がかかった、決戦の日……」
「そーいうこと。その前に決めなくちゃね。決戦に使う兵器は、ハヤトかホクトか。どっちにするのか。
……じゃあ、私はしばらくゲームマスターから離れるよ。ホクトの最終調整に立ち会わなければならない。ブレイクスリーを使わせるための、ね」
「…………ブレイクスリー。ついにアレを……」
「ふたりの対決の日を『決戦福岡市』とでも名付けようか。これは盛り上がるよ。では引き続き、ナミくんはナミくんの任務をしっかり果たしたまえ」
「…………………………………………」
??「連中にあまり構ってやれなくなるのは寂しいが、まあ、あのポンコツどもに、何が起きるってわけでもないだろう。適当に悪意と遊ばせておけばいいよ」
「……アシラギさま」
「なんだい?」
ナミ「アシラギさまは、いわば私の生みの親。私の考えはぜんぶお見通しかとお見受けします」
アシラギ「そうだねえ。まあ、ひと通りは」
「では、今、私が言わんとすることも、お見通しであると。つまり、口に出しても出さなくても同じであると……そう考え、無礼を承知で発言することをご容赦ください」
「………………ははは。もったいぶるねえ。いいよ。好きに言いたまえ」
「……ポンコツどもを甘く見てるとね……いつか……足元すくわれるから!!」
「アッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! せいぜい肝に銘じておこう」
第7話 【悪意の恋人】おわり
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