2-2 動物園にたたずむ巨体
セーブカンパニーを出た俺は、慌ててナミのところに走った。
うおっ。ベンチに座ったナミの後姿から、ドス黒いオーラが立ちのぼってやがる……。やべえ。
「今日も暑いですね」
「は、はい……」
「あ。どこかの誰かさんは、クーラーの効いた店で、ごゆるりと過ごしてきたんでしたね」
ナミは、フフッとわざとらしい笑みを浮かべる。
「今日は日中36度まで上がるって。はは。体温くらい高いね」
「わ、悪かった」
「なんか昨日にも増してウレシそうな顔しちゃって」
「セーブの手続きだけだぜ? 嬉しいことなんてねーよ」とぼく嘘をつきました。
「……鼻の下伸びてない?」
「あのなあ、おまえだろ? こまめにセーブしとけって言ったの」
「まあ、そうだけど」
「で、だ。……正義のアリバ戦士として、とりあえず何をすりゃいいんだ?」
俺は強引に話題を変えた。
「街をまわる。そして……悪意を探す」
「あくい……俺たちの敵か」
「ボクは、悪意を感知できるんだ。本当は少しでも早く、この町のどこかに居るはずのアリバの戦士を探したいんだけど……ハヤトひとりじゃぜんぜん頼りないし」
「悪かったな……」
コイツ憎まれ口叩かないと喋れねーのか。
「けど、そっちは絶対数が少ないし、とりとめもない。だから、まずは強い悪意の反応があるところを調べてみよう」
そういや、マユのときも感知とやらをしていたっけ。
「悪意とアリバは引き合う性質があるんだ。だから……」
「悪意を探せば、同時にアリバを探すことにもなるわけか」
ナミはコクリ。
「とりあえず、ちょっと気になる場所がある。そこへ行ってみようよ」
こうして、高宮駅をあとにした俺たちは、西鉄電車で『薬院駅《やくいんえき》』に行った。
さらに『浄水通り』を北の方へ。
感知とやらをするナミは、遠くの匂いを嗅ぐ犬にしか見えなかった。
口に出せば面倒なことになりそうだから、黙っていた。
「気になるって、ここか……?」
ナミが示した場所……
……それは『福岡市動物園』だった!
◆
福岡市ってとこは、町のど真ん中に動物園がある。
特に珍しい動物も居ない。目玉といや、最近来たローランドゴリラくらいか?
「こんなとこに悪意の反応かよ?」
「間違いないよ」
夏休みということで、それなりの人が居る園内を歩く。
すぐ隣が緑地公園のせいか、敷地内は広く、緑が豊富で、ところどころに涼しげな木漏れ日ができている。
が、夏だけにやっぱり暑いのは暑い。
……そうか。今日は7月22日。本格的に夏休みだもんな。
まあ、休みに関係なく、ここに入り浸っているヤツも居るけど。
……アイツのことだ。どうせ、今日もここに居ることだろう。
草食動物ゾーン、放鳥舎、フードコートなんかをまわり、
猛獣エリアの手前、ゾウのブースに行く。
やっぱりそこには思った通り、虚ろな瞳でゾウを見つめる『ヤノ』の巨体があった。
……ヤノ。
180センチを軽く超える巨体。並みの男の三倍くらい太い手足。タレ目の整った顔つき。
よく白人とのハーフに間違われるが、れっきとした日本人だ。
デカイ身体と裏腹に、性格は穏やかで大人しく、というか細かくて、神経質で、女々しい、はっきり言って女子力高めの男。
「なんかあそこだけ暗雲がたちこめてるんだけど」
「ああ。しかもアイツは俺の関係者だ」
俺はドンヨリとした陰を漂わせたヤノに近づき、声をかけた。
「やっぱり今日もここかよ」
「うおっ! ……な、なんだ……ハヤトかよお」
「サユリじゃなくて悪かったな」
「…………言うなよお」
「おまえ、まだ吹っ切れてねーのか? ここに居たって、どうにかなるもんじゃねーだろ?」
「俺は……俺はそんな器用な人間じゃないんだよお」
ヤノとは中学からずっと同じの、いわゆる腐れ縁だ。
即断・即決・即行動の俺に対し、デカいくせに慎重で思慮深いヤノ。
正反対ながらもウマが合って、いつもツルんで色々やってきた。
いわば『相棒』と言っていい。
そんなヤノに恋人が出来てからは、一緒に遊ぶこともめっきり減っていたのだが……。
つい最近、望まない別れ方をしたらしい。
それで、その相手『サユリ』とよくデートをした、この福岡市動物園に来ては、思い出のゾウの前で、日がな一日佇んでいるってわけだ。情けねえ。
「フラれちまったもんはしょうがねーだろうが」
「うう……ハヤト、おまえみたいな情の薄い人間にはわからないんだぞお」
「ンだよそれ」
「俺はおまえみたいにハイ次、なんてすぐに切り替えられないんだよお」
「チッ。人聞きわりーな」少しイラッときた。
「ハヤト……このひとだ」
背後からナミが耳打ち。
「……あ?」
「感じるんだ。マユのときとおなじだよ」
「マユと? ……って、ことは、こいつが悪意?」
「いや、まだだ。マユのときは間に合わなかったけど、今回は間に合った。このひとはまだ悪意になる寸前みたい。今ならまだハヤトがなんとかできる」
「どうすればいい?」
「マユのときと同じだよ。ハヤトの想いをぶつけるんだ!」
「想いをぶつける? やめてくれ。ンなこと出来るか、気持ちわりー」
俺は顔をしかめて言った。
「……ウジウジ情けねえヤローにぶつけんのは……」
顔の前で拳をぐっと固める。
「……コイツだって、昔から相場は決まってんだよ……!」
それがトモダチだからな!
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