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7-3 名もなき/小さな/恋のうた

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e_41_boss_コノミ


 ―― 酒の匂いと男の体臭のこもった暗い部屋。

 ワタシは父親からの仕置きに耐えていた ――

 

バシン! バシン! バシン!


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「…………これだけ時間をやったというのに、まだ成果らしい成果は出せんのかっ!?」


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「………………………………」


 バシン! バシン! バシン!

「与えられた任務もまっとうせず、シモカワとかいうガキとベッタリだそうじゃないかっ」

「………………………………」

「おまえは、どうしてそうも使えんのだ!? ロクな悪意はない! 理解は遅い! 言うことはきかん! おまけに、愚図でのろまだ!」

 バシン! バシン! バシン!

 気が狂ったように父は竹刀を振り回し続ける。


e_コノミ父

「この役立たずの失敗作め! おまえなど作るのではなかったわ!  これまでおまえにかけた時間と労力を返せっ! このっ……! このっ……! 粗悪品! 粗悪品がっ!」


e_41_boss_コノミ

「…………ちがいます」


 ワタシの口からぽつりと言葉が出ていた。

「ワタシは……粗悪品でも……失敗作でもありません……先輩が、言ってくれました……! コノミは素敵なコだって……! 大事なひとだって!!

「…………な、なにを言い出すかと思えば……。勘違いもたいがいにしろ。おまえはただの道具だっ。人形だ! それも、粗悪で、失敗した、なんの価値も意味もない…………」


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「ワタシは人形じゃない!」


 ワタシの中に何かが芽生えていた。

 父の絶対的な支配と恐怖に立ち向かうだけの勇気を生み出してくれるもの。先輩からもらった大切なもの。

 目の前の男をキッと見据える。


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「だまれだまれだまれ、不良品め! ついにイカれおって……もういいっ。おまえの存在意義はたったいま消失したっ。いますぐ教団の処理班に連絡して、おまえなど廃棄してやるっ」


 廃棄……? ワタシが消される……? もう高校にも行けない? 先輩にも会えない?

「…………くそ。あとは、あのシモカワとかいうガキのデータだけでも、情報局に」

 ワタシの胸の奥で、何かが爆発するような感触があった。と同時に、電話を持った父の右腕が、一瞬で氷に包まれていた。

「な、なんだあっ……!」

「………………………………」

 そのとき、ワタシは悟ったのだ。目の前でうるさいこの男を消せば、先輩とずっと一緒に居られる。もう、へんなことを強要されずに済む。


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「ふふフフふふふ」


 簡単なことだったのだ。ワタシにはそれができたのに。なんでいままでやらなかったんだろう?

「な、なんだこの寒気は…………まさか…………」

 男が慌てた様子で乱雑なテーブルから何かの機械を取り上げた。

 右手は凍りついたまま、左手でワタシに向け、スイッチを押す。

  …………ピーーーー……………


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「け、計測不能? バカな…………なんだこの数値は……なんだその悪意は…………!!」


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「おまエ……ウるさい」


 コイツを黙らせたい、と思った瞬間、何本もの氷の触手が、そのやせっぽっちの男の薄い身体にドスドス突き刺さり面白かった。


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「ぐううっっっ」


 触手は、ワタシの背中から蜘蛛の足のように何本も出ていた。

 氷の触手は、男の身体をつまみ上げると、猫が獲物をいたぶるように、グサグサ、グサグサと男の身体を何度もなんども貫いて気持ちよかった。

 男は押し殺した苦悶の声をしばらくあげていたが、途中で何も言わなくなってつまらなかった。

 でもピクンピクンとケイレンしている様はちょっと可愛かった。

 足元に真っ赤な池が広がっていて、ワタシはそれをキレイな色だなー、と見ていた。


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 触ってみると、それは生暖かくて、錆の匂いがして……

 …………錆の匂い…………赤い色…………

 血?

 ふと見ると、父が倒れていた。


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「……おとう……さん……?」


 身体中、穴だらけに貫かれ、倒れている父。

 床に広がる、赤黒い血。

 これをやったのは…………ダレ?

 震える身体でワタシは床に横たわった父に近づく。

 リビングの壁にかけられた鏡にソレが映った。

 凄惨な薄ら笑いを浮かべた、グロテスクな悪意の娘の顔。

「い、いやだ……こんな……の……いやだ……」


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 ――どうしテぇ?


 身体の奥から楽しそうな声が聞こえる。


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―― ジャマなものヲ、はいキしょブン、してやッただケでしょ。スッきリしタでしょ? タのしカッたでしょ? こいツはちちおやなんかジャない。こイつがジブンでそういっタ。ナらこわしたっテいいじゃなイ。すっキリしたでしょ? たのしカッたでシしょ?


e_41_boss_コノミ

「ちがう! ワタシはそんなふうには……!」


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 ―― もウおソイ。ワたしは出ルことにしタ。


「!!」

 床に転がった電話を手に取り、先輩のナンバーを押した。

 プルルルルルルル。プルルルルルルル。

 せんぱい…………はやく…………はやく出て…………せんぱい…………声を……声を聞かせてぇ……!


キャラ (8)

『もしもし? シモカワです……』


 その優しい声を聞いた途端、ワタシの中で膨れ上がる悪意が、少し弱まった。


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「…………………せンぱイ……………………」


『こ、コノミ…………?』

「…………せンぱイ…………センぱい…………わタ…………し…………ググ…………ガ…………タシ…………モう…………だメですよう…………おとーさんヲ…………おとーさんガ…………はいキしょぶんにッテ…………シっパイさクって…………ナンども…………なんドモ…………もう…………イらなイっテ…………だカラ…………コロしテ…………コわシて…………やっタ」

 壊れそうな自分をなんとか保ちながら。ワタシは言った。

『こ、コノミ! どうした? なにがあった! しっかりしろ! いまどこだ? すぐ行く!』

 気を抜くとあっという間に意識が乗っ取られそうだった。

 ワタシは歯を食いしばって、ふらふら表に出る。




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 ―― 世界がへんなふうに見えていた。

 色を失い、りんかくがぼやけ、まるで悪夢の中に居るようだった。 

 涼しげな夏の夜気だけは肌に感じた。

 ワタシの中で芽生えた邪悪な何かは、一分ごと、一秒ごとに、ワタシの自我を浸食し、ワタシの皮膚を破って外に出ようとうごめいた。

 もう限界……と思った瞬間、遠くから自転車のライトが近づいてくる。


キャラ (8)

「コノミぃぃぃぃ!」


 その声で、一気に潮が引くように、ワタシの中の悪意が弱まった。


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…………せんぱい…………せんぱあぁぁいいい!」


 色彩のない、りんかくのぼやけた世界で、シモカワ先輩だけが色と形をはっきり保ってワタシの瞳に映った。

 ワタシは驚く先輩の腕の中にためらいなく飛び込んだ。



 ひとしきり先輩の胸の中で震えてから、ようやく少し落ち着いたとき、先輩は優しく「聞かせて?」と言ってくれた。

 ワタシは、ワタシの知るすべてを打ち明けた。

 ……少しずつ、少しずつ、絞り出すように。


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「……ワタシは……悪意の娘なんです」


キャラ (8)

「…………コノミが…………悪意…………」


 呆然としたその顔を見るのは辛かった。けれど、その瞳は優しいままだった。それがワタシにとってココロの最後の防波堤だった。

 先輩の顔を見て、優しく抱きしめられ、声を聞いた途端、決壊寸前のダムのようだったワタシのこころは落ち着きを取り戻した。

 大丈夫。先輩と一緒なら、ワタシは悪意に負けない。

 自分のこころを保てる。

 ……あと少しの間だけは……


e_41_boss_コノミ

教団では、悪意に対する研究が、さまざまなかたちで行われていました」


pシモカワ

「教団? 教団っていうのは……?」


「…………ワタシも詳しくは教えられていません。福岡市を守るための組織だと父が言ってました」

「…………。続けて」


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「『最強の悪意の幼生体』と呼ばれる存在が、この福岡市に居るそうです。教団に選ばれ、潜在的に強力な悪意を内包する、特別な子供たち。
 でも、その覚醒は難しく、とても不安定で、結局うまくいかなかったと。
 だから、その遺伝的複製体を培養し、意識下に強制プログラムを施して、人工的に悪意を植え付けるプロジェクトが発足しました。
 ……ワタシの『父』はそのメンバーのひとり。ワタシの本当の名は、【M-002】。悪意になれなかった……失敗作。粗悪な不良品……人形なんです」


キャラ (8)

「ちがう! コノミは、人形じゃない! ましてや、失敗作でも粗悪でも不良品でもない!! コノミは人間で、オレの大切な恋人だ!! 二度と、そんなふうに言っちゃだめだ!」


「…………せんぱ…………い」

 ワタシはまた先輩にすがりつく。

 先輩は優しくワタシの身体を抱きしめてくれる。

 ワタシをさんざんいじくってきた男たちとはまったく違う優しい手で。


e_41_boss_コノミ

「こんな……こんなワタシでもいいんですか? 愛してくれるんですか?」


pシモカワ

「あたりまえやんか!」


「でも、ワタシは悪意。先輩はアリバなんですよ?」

「それがどうした! オレがホレた女が、たまたま悪意だっただけたいっ! コノミは父親の命令でオレに近づいた。それだけだったとか? オレのことは好きじゃないとかっ!?」

「そんなわけないですよう! だって、ワタシは、そんな命令を受ける前から、ずっとずっと、先輩のことを見つめていたんですからっ。ずっと好きだったんですから!」

「なら…………オレは、アリバをやめる」

「え?」

「アリバのメンバーのまま、悪意のコノミとずっと一緒に居るわけにはいかないからな。アリバの戦士をやめて、そしてコノミとずっと一緒に居る! ぜったいに離れない! 決めたぞ!」

「せんぱい…………そんなにまで…………ワタシのことを」


キャラ (8)

「ああ。僕はコノミが好きだ」


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「ワタシも先輩が好きです。大好きです!」


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 ワタシたちは自然に身を寄せ合い、

 お互いの潤んだ瞳を見つめ、

 しっかりと抱き合い、

 そしてどちらからともなく唇を合わせた。


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 ―― シモカワ先輩をズタズタに引き裂いて、

 その熱い血をたっぷり浴びながら、ドロドロに愛し合い、

 ひとつになって、そしてワタシも死んでしまいたい ――

 

……その衝動を必死で抑えつけながら。


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「先輩」


キャラ (8)

「ん?」


「ひとつおねだりしてもいい?」

「いいよ。いくつでも」

「ふふ。今日のところは、ひとつでいいです」

「なに?」

「先輩とどうしても行きたいところがあるんですよう」

「いいよ。どこへだって連れていく」

「海に行きたいんです」

「うみ?」

「ワタシ、海っていうものを見たことがないんですよう。教団で作られて、今の父親の元で暮らして、東和高校に通って。それだけがワタシの世界でしたから」

「……いいよ。行こう。海に」

 先輩は穏やかに笑った。


pシモカワ

「……てことは、やっぱり志賀島《しかのしま》かな。自転車だと、ちょっとかかるけど、ね」


e_41_boss_コノミ

「大丈夫です。先輩と一緒なら平気です! どこへでもついていきますよう!」


 先輩の自転車の荷台に乗り、その身体にしっかり腕をまわす。

 ワタシたちは、夜の福岡市の街を、北に向けて漕ぎ出した。

 時間はもう、あまりない。


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