11-1 クリハラ10番勝負!1
……また中学時代の悪夢を見た。久しぶりにあいつの顔を見たせいだろう。
おれをさんざんイジメたあの男……。
母子家庭の冴えない中学生から、いろいろなものを奪った恵まれた男……。
『クリリンよお』
いじめグループのリーダーであるその男は邪悪な笑顔で言った。
『いつもお前の弁当捨てちまって悪ィと思ってさ。今日は俺が特別に弁当作ってきてやったんだ。ホレ』
教室のおれの机の上に、異臭を放つ汚物が置かれる。
クラス中に、好奇と嫌悪と嘲笑が走る。
『ほら。食えよ』
『………………………いやだ』
目の中に閃光が走り、顔面に激痛が走った。
『…………食えや』
『………………………………』
おれは……震える手で、机の上のその物体をつかみ……
涙でにじむ目で……それを見て……
『………………………………』
『…………く、食ったぁ!? コイツ、マジで犬のクソ食いやがったっ!』
『…………ううう…………ぐふうう…………』
泣きながら、うめきながら、おれはそれをすべて喉の奥にねじこむ。
あの匂い。あの感触。不快感。そのあと教室から走り出て、ゲーゲー吐いた苦い味。その直後に足元から駆け上ってきた悪寒……。
そこで、夢から覚める。
起きたときはいつだって死にたい無力感に襲われ布団から身を起こすこともできない。
「………………………………」
……いじめられて、カツアゲされて、パシリにされて、バカにされて……
……そんなやつの、どこが天才なんだよ……
◆
福岡市の夏の早朝。日差しはもう刺すように強い。
おれは、団地の住人を起こさないよう、そっとコンクリの階段を下りた。
軽い柔軟体操をして、朝の10キロランに出る。
鴻ノ巣山をまわるいつものコース。
山からは冷たい朝の空気が漏れてくる。
おれが毎朝走るのは、トレーニングというより眠れないからだった。
いわゆる不眠症。
イジメを受けたころから、おれは眠れなくなった。心療内科にも相談に行ったが、中学生ということで、睡眠導入薬の処方は難色を示された。
だから……おれは自分の身体を、クタクタになるまで、トレーニングでイジメ抜いた。そうすると、少しだけ眠れるようになった。
笑ってしまう。イジメで不眠症になったのに、そんな自分を、自分もまたイジメるなんて……。
世の中は喜劇だ。そしておれはピエロだ……。
道化……。
ふと、自ら【道化】と名乗る謎の男のことを思い出した……。
ホクト。
初めてハヤトさんとカスガさんの前に現れて以来、あの男は何度か福岡ファイターの前に立ちふさがり、そして戦った。
あの強さ……あの孤高……。
考えながら、一定のピッチを刻みつつ、真っ白なアスファルトを駆け抜け、山の手の坂道を走る。
頭上の緑には、忌々しくなるような夏の空が、細切れに光る。
福岡ファイターにとって最強の敵・ホクト。
だけどおれは……その強さに、憧憬にも似た感情を持つのだった。
夢中で町を走っているうちに、ゴールである高宮八幡宮に着いた。
石段を駆け上がり、頭を下げて一礼。鳥居をくぐる。
古い大木には、サンドバッグが吊るしてある。
宮司さんに頼みこんで作った、おれ専用のトレーニングジムだ。
タオルで身体をふきながら、境内に座り、隠しておいたメモとペンを手にとる。
秘密のクリハラ・メモ……。
しばし沈思黙考する。
………………………………。
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SSランク
コミネさん
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Sランク
ヤギハラ
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Aランク
シモカワ
ヤノさん
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Bランク
カスガさん(通常時)
シンジロー
ヨシオ
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Cランク
カワハラ
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Dランク
カムラ
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……やはり総合的に見て、福岡ファイター最強は、コミネさんとヤギハラで間違いない。
ヤギハラの爆発力ときたら今や兵器レベルだし、コミネさんは、攻防そしてアリバと、すべてにおいて隙がない。
覚醒して以来シモカワも圧倒的に強くなったけど、スピードが速い反面、打たれ弱さは相変わらずだ。
ヤノさんはパワーと攻撃力ならぶっち切りだし、何より福岡ファイターの切り込み隊長だけど、動きの鈍重さと切れ味の悪さにネックがある。
ヨシオは三属性すべてを使いこなせるが、肉体的なモロさが弱点だ。初撃で相手を倒しきれない場合や、素早い相手には一気に畳み込まれる。
それから、カスガさん。おそらく潜在的な能力は最強クラスと踏んでいるが、いかんせんヤル気にムラがある……。
夢中になってペンを走らせた。
これは、おれが福岡ファイターのメンバーを分析し、能力値や必殺技、アリバの強さなどを総合的にランクづけした【クリハラ・ランキング】
日々のトレーニングの合間にこのランキングを考えるのが、今のおれの一番の楽しみ。エロゲー以外の、ひそかな趣味だった。
「……フフ。今朝も早いな、クリハラ……」
巨木の陰から声がして、ふと見ると、腕を組んで目をつぶったコミネさんが、口元に笑みを浮かべて立っていた。
「コミネさん! おはようございます!」
立ち上がってペコリと頭を下げる。
「たまたまこの近くを通りかかってな」
「そうでしたか。では、今朝もトレーニングにお付き合いいただけますか?」
「……このコミネ、戦友《とも》のためなら、骨身は惜しまん……」
実は、コミネさんとこうやってトレーニングするのが日課になっている。
コミネさんは、毎朝毎朝、わざわざ高宮八幡宮に来てくれては、毎回律儀にたまたま出くわしたフリをする。そして、おれの相手をしてくれるのだ。
コミネさんって、本当はものすごい照れ屋なんじゃないかな、と思う。
そして、本当は福岡ファイターの誰よりも、仲間想いなんじゃないか、と。
「……ところで、なにか真剣に書いていたようだが?」
「あ、これは……」
「……フフッ。恋文でもしたためていたのかな……?」
「ムホホホ……そんなのではありませんねえ。三次元の女になんて興味ありませんからねえ。……実は……」
おれはクリハラ・メモのページを開き、コミネさんに見せた。
「ほう。我ら福岡ファイターの強さのランキングか」
コミネさんがシュボッとタバコに火を着けてページをめくる。
「クリハラ・ランキング。……フム。よく分析してある。面白い」
「ムホホ……ありがたきお言葉」
「このコミネがSSクラスとは、光栄だな」
「いえいえ。なんと言っても、コミネさんはおれたち福岡ファイターの戦闘の要ですから!」
その言葉に嘘はなかった。実はおれは、他の誰よりも、コミネさんのことを尊敬し、認めていたのだから……。
「それにしても、コミネさんはお強いですねえ。昔、格闘技とかなにかされていたんですか?」
「いいや。特に」
「ではどうしてそれだけの強さを……?」
「マンガを見てたら、なんとなくこうなった」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
ミーン。ミーンミーンミーン。
静けさの中に、セミの鳴き声が響いた。
「ま、マンガですか」
「【北◯の拳】……今度全巻貸そう……」
「む、ムホホ……ありがとうございます……」
「ナミによると、それもまたアリバのなせるワザらしい。特に、我ら風属性は、思い込みと信念こそが、強さの源なのだと」
「思い込みと信念、ですか……」
実はいまだに、アリバというものがよくわからない。
おれだけじゃない。みんなもわかっていない。でも、たしかに普通の学生であるおれたちが、悪意なんてものと対等に戦えるのも、アリバという不思議なチカラあってのものだ。
そして、このアリバの強さにも、おれたちの中で、明確な序列があるように思えてならなかった。
「……フム。ただなんとなくランク付けしているだけでなく、弱点や特質まで目を向けているのはさすがだな。確かに、カスガは凄まじい潜在能力を持つが、ヤツにはムラ気がある。ヨシオの弱点も同感だ」
「そうなんですよ」
「だが、シンジローの点数が辛いな? ヤツはときどき、とんでもない勢いを魅せるときがあるようだが」
「ムホホホ……アイツは……なんていうか、一番のライバルだし、ちょっと、素直に認めたくないというか……」
「フッ……若いな……」
「……ムホホ。恐縮です」
コミネさんは静かにパタリと手帳を畳むと、おれに返してきた。
「そしてもうひとつ気がついたが、このランクに名前が載っていないのがふたりほど居るな」
「………………………………」
「ハヤトはどうした?」
「ハヤトさんは……」
福岡ファイターのリーダーにして、ナビゲーターであるナミさんのパートナー。メンバーの中心人物。そして……主人公的存在。
なにより、おれの学ぶ格闘技【厳冬流】の先輩でもあり、【無敗の白帯】との異名をもつ猛者……。
だけど、おれは感じていた。
最近どんどん強さを増している悪意との戦いで、ハヤトさんはあまり戦力になっていない。
必殺パンチ。集中。ハヤトスペシャル……どれも、悪意に対して有効ではなくなっている。
もっとハッキリ言ってしまうと、足手まといにすらなってきている……。
東和でハヤトさんたちに助けられ、福岡ファイターの一員となり、福海大学の爆弾事件、シンデレラパークでの女王騒ぎと、激戦をぐくり抜けてきた。
ハヤトさんは、間違いなくおれたちのリーダーとして輝いていた。
だけど、戦いが続くにつれ、メンバーは少しずつ成長し、敵も強力になってきて……
……なのにハヤトさんだけは成長が鈍い。相対的に、ひとりだけ置いていかれているように見える。
今の福岡ファイターの中での、ハヤトさんの戦力的立ち位置。性能。数値的な強さ。序列。
クリハラ・メモに冷徹に記すなら、こうなるだろう。
Eランク
ハヤトさん
……だけど、あのひとには不思議なところがある。それでも弱さを感じさせない、圧倒的存在感。最弱なんて烙印を押せない、底知れなさ……。
「……それと、もうひとり。……クリハラ。おまえ自身の名が記されていないようだが……?」
「…………………………………………」
そう。おれは勝手に仲間たちを分析し、ランク付けなんてしておきながら、そこに自分の名前を記していなかった。
おれは天才だ。さすがにコミネさんやヤギハラにはかなわないかもしれないが、それでも福岡ファイターでもけっこう上位に食いこむ……はず。
だけどおれは、そんな自分の強さを客観的に判断しかねていた。
いや、自分の強さを知るのが、こわかったのだ……。
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