1-10 急場しのぎのチュートリアル
窓から西日の差す非常階段を駆け上る。
「……ハヤト……」
このまま屋上遊園地まで続いているはずだ。
「……ハヤト……!」
マユはきっとそこに居る!
「ハヤト!」
突然、ナミが俺の手を引っ張った。
「もう! さっきから、ちょっと待ってって、ずっと呼んでる、のに!」
荒い息遣いでナミが怒る。勢いで突っ走る俺をずっと呼んでいたらしい。
「ハヤト。悪意はそんなに甘くない。ちゃんと準備しないと」
「けどよ、急がないとマユが……」
「わかってる。時間が経てば経つほどあの子の悪意は強くなっていく。だから、口を挟まないで、ボクの言うことをよく聞いて」
ナミの顔は真剣だ。いつもの硬い表情だったけど、どこか優しげな雰囲気も漂ってる。
「アリバだ。嘘みたいだけど、ハヤトにアリバが宿ってる」
「アリバ?」
「ハヤトはプレイヤーとして選ばれたんだ。……見て!」
ナミはどこからか、金属製の薄い板を取り出した。
大きさといい薄さといい、大学ノートくらいだが、その表面は液晶モニターになっていて、ノートパソコンの画面だけを取り外したみたいだ。
「なんだそりゃ?」
「タブレット」
「たぶれっと?」
よく見ると、信じられないくらい精細な画面だった。
「なんだこの気味わりー解像度っ。ペラペラだってのにっ。どうなってんだ? それに、どこから取り出したんだ?」
「だから、口を挟まないでってば! そういうメンドイ説明は抜き! 大切なところだけ聞いて! もう、マジで余裕ないんだからっ」
「お、おう。言う通りにするぜ」
「ほら。ここ。見て」
ナミが俺に示した精細な液晶画面には、古きよきアドベンチャーRPG風のゲーム画面が表示されていた。
青地に白文字という親しみやすいデザイン。俺も昔はよくこういうゲームをやっていたっけ。
そこには、【ハヤト】という俺の名前と、目つきの悪いデフォルメキャラが表示されていた。
「お、おい……これ、まさか……俺か?」
「この画面に表示されてるのがなによりの証拠だよ」
ナミが、すっすっと画面を撫でる。
指の動きに合わせて、表示されたゲーム画面が切り替わった。
そこには、俺の特徴をうまく捉えたアニメ絵と一緒に、こう記されている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【ハヤト】 レベル3 EXP45 属性 ?
HP 52 (B)
攻撃力 53 (A)
防御力 11 (C)
特殊攻撃 16 (C)
特殊防御 7 (D)
素早さ 29 (B)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……なんだこれ。ステータス画面? ますますゲームみたいだな……」
「ゲームって考えるのが、一番わかりやすいかも」
俺の能力を数値化したらしいステータスの下には、誰が書いたのか、俺自身の説明が記してあった。
【福海大学法学部三年生。21歳。厳冬流格闘術白帯。なんでも器用にこなすバランスのよさを持つ反面、これといった決定打に欠ける器用貧乏。
一見ぶっきらぼうだが、実はお人よしで面倒見がいい。小説家志望の夢見がちなロマンチスト】
……くそ。いろいろツッコミたいとこだが、我ながら的を射たテキストだぜ……。
器用貧乏で夢見がちなロマンチストで悪かったな。
だいたい、なんで俺が『小説家志望』ってことまで知ってんだ? 誰にも話したことがない超個人情報なのによ……。
「……どうなってんだ? これ、なんなんだ?」
ナミはたぶれっとの画面をにらみながら操作を続けている。
なんとなく、わざと無視している……そんな風に感じた。
「……あれ? おかしいな。属性が表示されてないよ……」
「属性?」
「ステータス画面に表示されるはずなんだけど、まだアップデートがうまくいってないのかな」
「あっぷでーと?」
ナミはたぶれっととかいう不思議な金属板を凝視しながら、ぶつぶつ呟いている。俺の質問はスルーかよ……。
「と、とにかく! ……ハヤトは【バランスタイプ】。能力値は中の上程度だけど、必殺技の性能がいい。見て」
中の上程度、というのが気に障ったが、たぶれっとには『必殺技』とやらが表示されている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【レベル1 必殺パンチ 39/45 威力55 命中率90%】
《厳冬流の直突きをベースにしたハヤトのメイン必殺技。文字通り、必殺のパンチを叩き込む。発生が早く素直に出るため、使い勝手がいい》
【レベル2 集中 9/9 能力変化 特殊防御アップ】
《ムラっ気のあるハヤトが、集中力を高めることでヤル気を出し、潜在能力を発揮する。特殊防御が上昇。重ねがけ可。三回使うとコンセントレイトモード発動》
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「レベル1の必殺パンチ。これは使える。ハヤトはこれをメインにして戦うのがいいみたい」
「必殺技って、ゲームみたいなのが現実に出せるのか?」
「さっきから、しれっと連発してるじゃないの」
「え。そういや……」
気づいたらバンバンそれっぽいパンチを出してるな、俺。
さっきまで繰り出していたパンチは、格闘技をやってる人間なら誰もが理想とするような洗練されたパンチだった。
『必殺パンチ』って名前はダセーけど。せめて『キルショット』とかよ……。
「本当は、技を出す時、頭の中でイメージするんだ。『出ろ! 必殺パンチ』って。でも、ハヤトは格闘技経験ってベースがあったから、無意識に出せてたみたい」
俺は試しに頭の中で、『必殺パンチ!』とイメージしてみた。
身体が勝手に動き、鋭いパンチが空をえぐる!
それはさっきまで俺が繰り出していたパンチをさらに強力にした一撃だった。
「……すげえ……こんなパンチ、冬木先生なみだぜ」
冬木先生ってのは厳冬流の師範で、俺の先生。
その先生がサンドバッグ相手に本気で出したときのような打撃を、俺が出せている!
「これで、イケるのか? その、悪意ってやつ相手でも」
「わからない」
ナミは一瞬視線を落とした。
でも、すぐにぐっと決意を込めた表情で俺を見る。
「けど、やってみるしかない。悪意にはアリバでしか対抗できないんだから!」
勢いよく言ってから、ふとナミの顔が陰った。
俺からまた目を逸らし、低い声で呟く。
「こんな……荒唐無稽な話……にわかには信じられないかもしれないけど……こうなった以上、もうハヤトだけが頼りなんだ……」
「こうとうむけい? どこがだよ」
俺はナミを元気づけるように、ことさらアホっぽく言った。
「ゲーム世代、ナメんなよ? 逆にわかりやすいぜ。こいつはゲームなんだろ。俺がプレイヤー。その、アリバとやらが俺に眠るチカラ。んで、敵である悪意に挑む。そして、お姫様を取り返す。シンプルな話じゃねえかっ」
ナミは、フッと微笑を浮かべた。
たぶん、俺が見た初めての笑顔だったに違いない。
「ハヤトがバカでよかった」
「なにいっ?」
「あ。だから、プレイヤーとして選ばれたのかな」
「くそ。なんて言いぐさだ」
ナミは手品のような手際でたぶれっとをどこかに仕舞い込んだ。
そして、キッとした真剣な顔で階段の上を睨み、小さく叫んだ。
「準備は整った! 行こう、マユのところへ! 決戦だ!」
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