幕間8 覚悟の時間
美しい志賀島の夕暮れ。
おれにとって、生涯忘れないであろう一日が暮れていく。
「あーあ。なんかバタバタして、いまいちノンビリできなかったなー」
「そーお? ボクはけっこう楽しかったよ。ヤギハラくんだって真のアリバに目覚めたし、いいサマーバケーションだったんじゃない?」
すっかり日焼けしたハヤトさんと、上気した顔のナミさん。なんか、今日一日でふたりの雰囲気も変わった気がする。
「……ま、俺はナミの水着が見れただけで満足かな。すげえ似合ってたよ」
「……………ばか。えっち」
ふたりの世界を作るハヤトさんとナミさんは、国民宿舎前の夕暮れの散歩道を、仲良く歩いていった。
……そしておれの目の前には、黄金色に染まったイオリさんが佇んでいる……。
「助けてくれて本当にありがとね。かっこよかったよ、ヤギハラくん」
「…………イオリさん。おれ、無我夢中で」
「あれがヤギハラくんの本当の強さだったんだ。今までは、いろいろなことが邪魔して、それが発揮できなかっただけ」
「でも、イオリさんの大切な『夜羽の剣』をおれが勝手に使ってしまって」
イオリさんは、ニッコリ笑って首を振る。
「すごかったよ。本当にすごかったよ。私がいくらイメージしても届かなかった場所に、ヤギハラくんは行けた。私が見たかった、夜羽の剣の理想の姿に……」
「………………………………」
「…………悔しくないって言えば嘘になる。でもね、こうも思う! 才能がない人間にとっての最上の喜びは、才能のある人間が、高く遠く羽ばたくための、お手伝いなんじゃないかって!」
「…………イオリさん……あなたは……なんて素晴らしい女性なんだ……」
「だから、ヤギハラくん。これからも、夜羽の剣を使って。どんどん究めて、高みへと羽ばたいて。ヤギハラくんは、『おかしくなったひとたち』……悪意との戦いをこれからも続けるんでしょ? だから、夜羽の剣を私と思って欲しい。私も一緒に戦わせて欲しい」
「……もちろんです。拙者のような小心者のヘタレが戦い続けるためには、イオリさんの存在が不可欠。ずっと一緒に戦って欲しいでゴザル!」
「ヤギハラくん……その口調……?」
「イオリさんが言っておられた。『カッコウから入るのって大事』だと。拙者も同感でゴザル。だから、とりあえず、サムライとして振る舞おうと思った次第」
そう。拙者はもう、「にぎゃっ」とか「もうダメじゃよーーーー」とか「おたすけーーーー」などと、情けないことは言わぬっ。
「うん! いいよ! ぜったいいいよ! ……あ。それなら……」
イオリさんはポケットから何かを取り出した。
拙者に近づく。イオリさんの神聖なる肢体がすぐ目の前に来る……。
頭を抱きかかえられるようにイオリさんの両手がまわされ……
拙者の頭にきゅっと巻かれたこれは……白いハチマキ……!?
「これも私の代わりに連れていって。ここ一番のとき、気合を入れるために私が使っているハチマキ。……あ。洗ってなくてごめんね……」
「も、もちろんでゴサル! 洗濯などっ。むしろしてないほうが……いやっ! ゲフンゲフンッ。拙者、このハチマキさえあれば、どんな相手とだって最後まで戦い抜ける気がするでゴザル」
「……うん。ガンバレ男の子! 逃げない男はみんなサムライだっ!」
「ケッ……お熱いこって。あー、カユイカユイ」
浜辺の松林に隠れるようにして様子を伺っていたらしいササオミが、無粋な声を出す。
……ササオミ……拙者をKOし、イオリさんの前で恥をかかせた男……
そして、イオリさんにとって……
「ササオミ」
「んだよ」
「拙者、キサマとは決着をつける必要がある」
「ああん!? 上等じゃねエかっ! イオリの前でカッコつけようってか!? コクウに勝ったからって、調子のんなよ!! 今すぐぶっ飛ばしてやらあッ!」
「……ま、待たれよ!」
「あんだよっ」
「キサマとは必ずケリをつける。しかし、それはまだ今ではない……」
「………………………………」
「…………時間をくれ。拙者が、夜羽の剣をすべて究め、本当に強くなるための……覚悟の時間を」
「…………ケッ。オメェにはイオリを守ってもらった借りがあったな……。いーよ。好きなだけガンバレ。俺様はいつだって構わねェからよ。……あー、あとな」
ササオミは照れくさそうに頭をバリバリかいた。
「オメェ、もうちょっと自信もっていいんじゃねェか? じっさい、コクウを倒した剣はものすごかったよ。俺様から見ても、オメェのポテンシャルははかりしれねエ。オメェはもっともっと強くなれるはずだぜ?」
…………ササオミ。この男のこういう気持ちのいい強さにイオリさんは憧れておるのだろうな……。
だが、拙者とて、イオリさんはあきらめきれぬ。
自分には不釣り合いかもしれぬが、この気持ちから逃げたりはせんっ!
たとえ結果はダメであっても、この恋は、拙者なりの真心をもって、まっとうする!
これからの戦いは、すべてイオリさんに捧げる……。
正直、アリバとか悪意などはよくわからぬが、アリバを持たぬ身で、必死にひとびとを護っていたイオリさんの清いココロザシは、拙者が引き継ぐ!
……拙者にも、ようやく、戦う理由ができた……
この福岡市とイオリさんを守り抜く。
そして、いつか、本気のササオミと戦い、これを討つ!
第8話 【サマーバケーション】おわり
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