8-2 果敢の剣士イオリ
夏まっさかり。
海の中道の、広ーい直線道路をドライブ。
にぎゃーーーーーい。ちっとも盛り上がらにゃーーーーーい。
空は青く、雲は真っ白、道路はまぶしくて。
あまりに爽やかな光景で、逆にイヤになってくる。
道路のはるか先には、キラッと輝く青いバイク。
それに乗るハヤトさんナミさんは、リア充オーラを出しまくっていた。
どこに居てもあのふたりは目立つ。別に意識してないだろうに、青春アニメのワンシーンのように絵になっている。
それに引き換え、おれときたら。
よりによって、一番なに考えているかわからないひとの車で、ふたりきりじゃよーーーー。
おれたちは、「志賀島はちょっと……僕は遠慮しておきます」というシモカワをのぞいた総勢10名で、海へと向かった。
ヤノさんの車に、シンジロー、ヨシオさん、クリハラ。
カスガさんの車に、コミネさん、カムラ、カワハラ。
そしてあぶれたおれがひとり、ササハラさんの180SXとかいう、ブォンブォンうるさい車に押し込められたのだ。
「ヤギハラ」
「ひゃっ、ひゃい?」
「ハヤトがおまえをホメていたぞ。アイツの運動神経はたいしたものだ、とな」
「え? ハヤトさんが……?」
「剣道は長いのか?」
「ふひっ。い、いいえ。あの。とっ、東和高校は剣道が必修武道なもんで、それでやったくらいです。素人です……」
ササハラさんの細い目が鋭くおれを見た。
「……ほう。なのに、それだけの太刀筋か……。必修ということは校内で剣道大会もあるだろう? かなり上位だったんじゃないか?」
「は、はあ……いちおう、準優勝でした……」
「やはり、か」
ササハラさんはニヤリ。コワイんじゃよ、このひとの笑いは……。
「で、でも、ぜんぜんマグレなんですよ……」
「剣道必修の高校の大会だ。剣道部も強いだろうし、マグレで準優勝はできまい」
「…………………………はあ」
剣道部……そう。この話もイヤな思い出だ。
なまじ、マグレで勝ち進んでしまったせいで、剣道部の連中にめちゃくちゃニラまれてしまい、すごい圧力をかけられた。
だから、決勝で剣道部の主将と当たったときは、とっとと負けたっけ……。
「これは拾い物かもしれんな」
ササハラさんがクールにつぶやいた。なにが?
◆
志賀島の海水浴場に着いた。
乗り心地の悪い車に揺られ、ササハラさんと長時間ふたりきりという緊張で、おれはすっかり車酔いしてしまった。
「……グロエップ」
「大丈夫か?」
ビキニパンツに白衣という、変態みたいなカッコウのササハラさんが、クールに言った。
「だ、だ、だいじょう……ブェロップシャ」
「語尾が大丈夫じゃないようだが……まあゆっくり休め」
ササハラさんは、ザッザッと砂を踏んで、海の家に行ってしまった。
熱い…………暑い…………なんでおれはこんなところで、過酷な日差しに焼かれておるんじゃろ…………。しかも、剣道着と防具なんて自殺行為で。
でも、もう脱ぐ気力もない。
「海! 行くぞオラアアアア!!」
「ムホホ! ビキニ! ムホホ! ビキニ!」
「ヌウウッ。な、ナミはどこだ! ナミの水着はどこなのだーー!」
「ヤノー。オレたちはビールでも飲むかー」
「おーう。いいぞお。焼きそばでもツマミにするかあ」
「おれの海……おれのさざ波……」
「ヌヘヘ。カワハラ。あとでナンパ行こーぜ」
「カムラにまかせるばーい」
……遠くで、仲間たちのはしゃぐ姿が蜃気楼のように見えるが、誰もおれのことなど気にしてはくれない……。
ああ……なにをやっても報われない。どこに行っても、しいたげられる……。
こんな人生、あんまりじゃよ……。
おれ、このまま人知れず、熱中症で死ぬんだろうか。
……そのとき。
「夜羽の剣【壱の太刀】……『水澄まし』ッ!」
かつて聞いたこともない、涼やかで凛とした女のひとの、気迫の叫びが聞こえてきた。
な、なんだこの美しい響きは。天上界のメロディかっ。
なにごとかと見ると、砂浜の上で、女のひとが戦っている!?
七分丈の白のパンツに、キャミソールというチャーミングな服装なのに、手に持つはゴツい竹刀……!
び、び、びびび、美少女剣士……!?
とつぜん現れた美少女剣士様は、まさにミズスマシのようにヒラヒラとした華麗な動きで敵の攻撃をかわすと、竹刀の一撃を的確に見舞う。
けど、敵らしき男たちはケロリとしている! 相手は……目が赤くて、どう見ても悪意!?
「くっ。固いっ。ならば……夜羽の剣【弐の太刀】……『鬼ヤンマ』ッ!!」
『夜羽の剣 (やばのけん)』と叫んだ美少女剣士は、身軽にジャンプすると、急降下しながら、全体重を乗せた鋭い突きを放った!
……なんとなくわかる……あの美少女剣士様は、アリバを持っていないっ!
一般人の身で、悪意たちと渡り合ってる!
しかし、多勢に無勢。筋肉ムキムキの悪意ライフセーバーや、真っ黒に日焼けした悪意サーファーたちの肉に囲まれ、劣勢は明白!
「……おかしくなったひとたちめ。日に日に強くなってるっ……ならばッ」
女のひとは、素早く身を沈めると、チカラを溜め、裂帛の気合と共に回転しながら一気に解き放った!
「夜羽の剣【参の太刀】……『黒アゲ刃』ッ!!!」
まわりを取り囲んでいたムサ苦しい野郎たちを、目にもとまらぬスピードで斬りまくる。
なんなんじゃこのひとはーーーー!! アリバなしで、なんでこんなことができるんだーーーーー!!
「…………ハアッ…………ハアッ…………ハアッ」
でも、大技を使ったからか、目に見えて消耗している……。
あっ。悪意がまた現れて……。
「…………くっ。新手……!?」
美少女剣士は、フラフラの身体で竹刀を構える。
そんなつもりはぜんぜんなかったのに、身を乗り出すように見ていたせいで、いつのまにかおれは、その剣士のすぐ近くまで接近していた。
「…………それは竹刀!?」
「へ?」
「もし! そこの方! 帯刀しているということは貴方も剣士ですね!? お願いしますっ。助太刀をっ!」
そこのかたって……まさか、おれ?
「お頼みしますっ。貴方に義侠心があるならば、どうかご助力をっ」
にぎゃっ! また巻き込まれた……!?
でも、美少女剣士に「手伝って」と言われては、さすがのおれも逃げるのはためらってしまう。
仕方なしに、悪意たちに突っ込んでいった。
「き、基本を忠実にーー……」
ふだんの、ハヤトさんたちとの悪意討伐のように、敵に小手を打ちまくって、オトリに徹する。
でも、その『夜羽イオリさん』と名乗った女剣士は、おれが引きつけた敵を確実に倒してくれた。
気がついたら、大勢居た悪意はすべて片付いていた。
すごい。ハヤトさんたちと一緒でも、こんなにスムーズにいったことはなかった。
お、おれたちって、けっこう息ぴったりかも…………?
「……ふうー」
戦いを終えたイオリさんが愛らしい息を吐く。
そして、おれに向かって丁寧に一礼。
「……おかげで助かりました。素晴らしい太刀筋。さぞや、名のある剣士の方とお見受けしました。いずこかの剣道部の方ですか? 私は、夜羽イオリ。里座高校 (りざこうこう) 剣道部の二年生です」
「…………い、いや……お、おれは……そのあの……」
女のひとと話すのはものすごくニガテ……。
けど、この美少女剣士イオリさんとはもっとお話したい! だからなけなしの勇気をしぼり出した……!
「…………おれは……東和高校二年のヤギハラと申します……」
「東和? 強豪ですねっ。しかし、東和の剣道部員でヤギハラさんという名は初めてお聞きしました」
「じつは……おれ、剣道部員じゃないんです……このカッコウも、なんとなくやってるだけで……」
「え? そうなんですか? それにしては、剣の扱いがとても見事に思えました……それはそうと」
イオリさんは、そこで急に表情を崩すと、一生忘れられないほどステキな笑顔で、朗らかに言った。
「…………同い年なんだねっ。ヤギハラくん、助けてくれてありがとう! おかげで助かっちゃった!」
どっっっきゅゅゅゅゅーーーーーんんんんんんん!!!
な、な、な、ななななんだこの胸を撃ち抜いた甘美な衝撃はっっっっ。
ま、ま、ままま、まさか、これが、あのっ、例のっ、ウワサには聞く、世界のどこかにあるかもしれないという、幻の秘宝……
ここここ、恋…………?
「あのあのあのあのっ。そのそのそのそのっ。いっ、イオリさんっ!」
「なあに? ヤギハラくん」
ニコッと微笑むイオリさん。
またもや胸に特大の突きを受けたような衝撃。息もできないっ。
ややや、やはり恋かーーーー!!
しかし、そのとき、おれの甘美な陶酔に水をさす男の声が響いた。
「イオリいいいぃぃ!! 大丈夫かああぁぁっっっ!!」
「あ。ササオミ」
イオリさんが名を呼んだ男は、砂浜の向こうから、砂煙を立て、すさまじい勢いで走ってくる。
ひと目見ただけで、危険な男だと肌に感じた。
まるで、ライオンやトラが走ってくるかのような、野性的でどう猛な気配っ。
「わりぃ! 待たせたなっ! 向こうで戦ったヤツらが妙に強くてよっ。なんか変だぜ、今日の『おかしくなったヤツら』! いつもより手強ェ……ムッ」
近くに来た男の顔つきが険しくなる。その目がにらむのは……おれ……?
「ここにもいやがったかっ。おかしくなったヤツらめ。オメーもタダモンじゃねーなっ。隠したってわかるぜっ。けど、イオリにチョッカイかけるたぁ、いい度胸だっ。ブッ殺してやらあ!」
男は突然おそいかかってきた!
「ち、ちょっ……ササオミ! ヤギハラくんは……」
「イオリを狙うヤツぁ、許さねえ! 食らいやがれえええええっっっ!!」
ドッッッッゴオオオオォォォォォンンンンン!!!
目の前がカッと光り…………
顔面に何かがブチ当たり…………
おれは…………星になった…………
ようやくおれにも運命の女神が現れたと思ったのに、こんな展開あんまりじゃよおおおおおおお!!!
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