2-7 風のコミネ覚醒
『兄貴。電車に詳しいパソコン通信ユーザーの話だと、このまま西鉄電車が暴走を続けたら、『雑餉隈(ざっしょのくま)~春日原(かすがばる)』区間のカーブを曲がれ切れずに脱線しちまうらしいよ!』
「マジかよ……それで電車の現在位置は?」
『さっき平尾の手前だったから、通過して、いまごろは高宮あたりかも』
くそっ。当の俺たちの目の前にあるのが平尾駅だっ。
このままじゃ絶対に間に合わねえっ。どうする? どこかでバイクを拝借しても、暴走してる電車にはさすがに追い付けねえ!
「……ハヤトよお。コミネどうする?」
そうか! いまコミネはその電車に乗ってるんだった!
俺は、ヤノからケータイを引ったくった。
「コミネ! 俺だ! 聞こえるか!?」
『その声は……我が旧友《とも》ハヤトかっ』
相変わらず、独特の喋り方だぜ……。
コミネは、ヤノと同じくガキの頃からの腐れ縁だ。
と言っても、独特すぎる世界観を持ついわゆる変人で、まともに話すと疲れるから、普段は距離を置くことが多いけどな。
「おい。おまえの乗った電車が暴走してるってマジかっ?」
『うむ。急行でもないのに、先ほどからどの駅にも止まろうとせんのだ。速度もやたら飛ばしている。これをひとは暴走と呼ぶのだろう』
「いいか! よく聞けっ。このまま『雑餉隈』を過ぎちまうと、カーブで脱線する危険性がある! その前に緊急停止レバーを探して、お前が電車を止めろ!」
『む、むう……だが、電車を勝手に止めると、莫大な損害賠償が発生すると聞く……おいそれとは、止められんだろう……?』
「だから、今がその緊急の事態なんだよ!」
『だが! しかし!』
くそ。変人キャラのくせに、妙なところで常識人なのは相変わらずかっ。
仕方ねえ。長い付き合いだ。コミネの扱い方は心得ている。
「……聞いてくれ、コミネ。今こそ、おまえの『正義』が必要なんだ」
『せ、正義!?』
「ああ。正義だ。おまえ、正義大好きだろ?」
『……正義……おれが……正義……!?』
「そうだっ。いま頼れるのは、正義に目覚めたお前しか居ねえ!」
『……このコミネ神拳を、いまが使うときなのか……?』
コミネ神拳? なに言ってんだこのバカ。
極度の『北〇の拳』マニアでもあるコミネは、昔からつかめない男だが、『正義』というものに並々ならぬ憧れと思い入れを持っている。
とにかくここは、『正義』って単語でうまくノセて、なんとか緊急停止レバーを引かせねえとっ。
「コミネ! いま福岡市が『悪意』という敵に狙われているんだ! 俺とヤノは、アリバってチカラに目覚めて、ソイツらと戦ってる! お前の『正義』の力も貸してくれ!」
『……わかった……わかったぞ、ハヤトよ! このコミネ! 正義のために戦おう! 見届けるがいい! コミネ神拳の七つの星の輝きを!』
ホーウアチャオォォッッ!
怪鳥の雄たけびのような声を残して、電話はプツンと切れた。
「……き、切りやがった」
「コミネ、だいじょうぶなのかよお?」
「まあ、あの調子だと、緊急停止レバーくらいは引いてくれると思うが……」
「ハヤト。その友達、なんて言ったっけ」
今まで黙っていたナミがタブレットを見ながらつぶやいた。
「あ? コミネだけど……」
「ちょっと、いわく付きのひと?」
「まあ、かなりのワケあり物件だな」
「おう。ハヤトも相当非常識だが、コミネには負けるぞお」
「……やっぱり」
ナミは言って、くるっとタブレットの画面を俺に見せた。
そこには……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【コミネ】 レベル4 EXP70 属性 風
HP 78 (A)
攻撃力 61 (A)
防御力 28 (B)
特殊攻撃 42 (A)
特殊防御 28 (B)
素早さ 28 (C)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【福海大学三年生。21歳。天上天下唯我独尊を地で行く孤高の変人。ハヤト、ヤノとは中学から一緒。正義に並々ならぬ思い入れがある。
オリジナルの『コミネ神拳』を編み出すほどの北〇の拳マニアだったが、アリバに目覚めたことで、その思い込みは昇華した。彫りの深すぎる顔立ちだが、れっきとした純国産品】
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【レベル1 秘孔 30/30 威力65 命中率85% 追加効果・麻痺】
《どこかの世紀末救世主漫画でもおなじみのアレ。人体に存在するツボを突き、敵を内部から破壊する……ワザを模したコミネ神拳の基本技。敵は爆砕できないが、威力は申し分なく、かなりの高確率で麻痺させる》
【レベル2 激怒 6/6 能力変化 攻撃力30%アップ】
《世紀末救世主漫画の主人公のようなシリアス顔で「お前らに今日を生きる資格はない!」と激怒して攻撃力を格段に上げる。重ねがけ可能。演出上、全身の筋肉が隆起し服がビリビリに破れるが、すぐ元に戻っている》
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……………………」
「……………………」
「……なんか、いつのまにか、勝手にアリバに目覚めてるんですけど。このコミネってひと……」
「……………………」
「……………………」
「あれれ? ふたりとも驚かないの?」
「だってなあ。コミネだしよお……」
「そうそう。コミネだもんな……」
「な、ナニソレ。この、コミネってひと、いったいどういうひとなのー!?」
「ナミ。ひょっとしたら、アイツ、緊急停止レバーを引くだけじゃ済まないかもしれないぜ?」
◆
西鉄電車を追いかけ南に移動していると、またもコミネから電話がかかってきた。
「コミネ!」
『ハヤトか……いま俺の目の前に、緊急停止レバーがある……』
「引いたのか!?」
『……今からだ』
「なに溜めてやがんださっさと引けボケ!」
『フッ。急《せ》くな騒ぐな慌てるな』
いつも通りへんな口調だが、ますますエスカレートしてるのは気のせいじゃない。
『アタァッッッ!!!』
電話越しに、レバーのプラスチックカバーをぶち破る音と「キキキキキキーーーーー」という耳障りな金属音が聞こえる! やったか!?
『……フフフ。まずは一手』
「よ、よしっ。よくやったぞ、コミネ」
『むう?』
「どうした!?」
『なにやら車内の様子がおかしい。妙な殺気をまとったやつらが俺をにらんでいる……。目が赤い』
「そいつらが悪意だ! だがコミネ、今のお前なら戦える。さっき話したアリバってのにお前も目覚めてるんだ! なんかいつもと身体が違うだろ?」
『うむ。身体中に正義がみなぎっているようだ。ホワタッ!』
いきなり電話口で叫ばれて、俺は顔をしかめて電話を耳から離す。
ナミはタブレットを取り出し、怪訝そうな顔。
「あれ? おかしいよこのコミネってひと。なにこの能力値……」
「またなにかへんなのか? 今度はなんだ?」
「コミネってひとはハヤトと同じ【バランスタイプ】なんだけど……能力値が高すぎる! 異常だよっ。これがホントなら、ハヤトよりよっぽど万能の主人公タイプじゃないかっ」
くそ。なんだよそれっ。
「アリバのチカラも強いし、特殊能力まで持ってる。それに必殺技も、名前はヘンだけど、みんなすごい性能だよっ。なにこのバトルマシーン」
「コミネ神拳の使い手だもんなあ」
「コミネ! 聞こえてるか? 今はお前だけが頼りだ。そのアリバってチカラを使って……え? アリバは『いっしそうでん』かって? なんだそれ。あ、一子相伝か。いや、俺も使えるし、ついさっきヤノも目覚めた……って、なんで不満そうなんだお前。誰が正当継承者かで勝負? 知るか! おまえもう黙ってろ!」
ちくしょう。こんなアホが俺よりずっと性能が上かよ……。
「ハヤト! シンジローから電話で、電車は大橋駅と井尻駅の間くらいで緊急停止したらしいぞお」
「よしっ。コミネ、俺たちが行くまでなんとか持ちこたえてくれ! 敵に向かって、必殺技をイメージすれば戦える! ……ああ、そうだ。コミネ神拳でもなんでもいいっ……だから、耳元でホワッとか叫ぶな!」
俺たちが電車に着くまではもう少しかかる。いくらアリバに目覚めたとはいえ、コミネひとりが悪意の中に孤立している状態だ。急がねえとっ。
通話をオンにしたままの電話からは、そんなコミネの『指先ひとつ!』とか『お前はすでに……言うまでもないな?』とかわけのわからないセリフが聞こえてくる。
『ォアタタタタタタタ! オワタッ! ……むう、ハヤトよっ』
「こ、今度はなんだっ!?」
『俺の秘孔で敵は倒れるのだが、爆砕霧散せんのだっ』
「スプラッタ殺人でも起こす気かおまえは!」
……こいつの相手は本当に疲れるぜ……。
俺たちは暴走した西鉄電車へと急いだ……。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?