6-4 こころの闇 友情の光
『ふふふ。面白いカタチができあがっているじゃないか』
パペットマスターのねっとりした声が響く。
その暗い世界……オレのこころの中の世界で。
『は、ハヤトーーーーー』
オレの叫びはハヤトには届かない。
現実でのオレの肉体は、まさしく糸の切れた人形のように力を無くし、屋上の隅に立ち尽くしている。
そんなオレの目の前で、ホクトと名乗る男に、ハヤトはやられていた。
そして今、ナミまでがやられようとしている。オレはそれを、自分の心の中の迷宮で、パペットマスターと共に見ていた。
『フハハ! あの女、ホクトと戦うつもりらしいぞ!? 傑作じゃないか。アリバも使えないのに!』
『…………ナミー…………』
その内面世界でのオレの身体は、パペットマスターが作り出した【負の鎖】で、がんじがらめに縛られ動けない。
…………あのとき。路地裏で。
パペットマスターはオレに暗示をかけ、悪意を使ってオレの内面世界に入り込んだ。
「オレを悪意に変える気かー?」
「残念ながらそれは出来ない。アリバの持ち主を悪意に変えることなんて不可能だからな。だが、最初からお前が持っている闇をひっくり返し、表に出すことはできる。私はパペットマスター。その名の通り、お前自身の闇を操り糸にして、お前を支配するのさ……こんなふうに」
……そして、オレは自分自身の闇に身体を乗っ取られ、【ダークカスガ】になってしまった。
オレは、自分が何をしているかわかっていながら、それを止めることが出来なかった。本心ではそれを望んでいたかのように……
ハヤトをだまし……
仲間をあざむき……
ナミを出し抜いて、みんなを大学まで誘導した。
そして、ハヤトをひとり、その危険な男の前に差し出したのだ。
まるで…………心の中で…………オレの本音が…………
―― ハヤトがブザマにやられるところを見てみたい ――
…………そう願ったように…………
『どうだ? スッキリしたか? お前はずいぶんとコイツにコンプレックスを持っていたようだったからな……』
『………………………………』
『しかし、おかしなヤツだな。ハヤトとか言ったか。こんなオトコがなんだっていうんだ? なぜ、みんなコイツにこだわる? だいたい、アリバだって持っていないというのに』
…………え?
『どういう意味なんだー!?』
『どうもこうもない。コイツはな、ただの人間なんだよ。アリバもない。悪意もない。パペットマスターである私には見えるのさ。ココロのチカラがね。コイツのアリバは、あのナミって女から借り受けただけの、仮りそめのチカラだ』
そ、そんな…………そんな…………。ハヤトがアリバを持っていない一般人だなんて……。
ということは…………
ハヤトは、満足なアリバもないのに、今まで戦い続けてきたのか? オレたちのリーダーとして、常に先陣を切って激戦をくぐり抜けてきたのか!?
爆弾騒ぎのときも、自分の身を呈してオレたちを守ろうとしたのかー?
『……見ろ。あのナミという女、まるでお話になってないじゃないか。ホクトもひと思いに楽にしてやればいいものを……』
……オレは、今までハヤトを強いヤツだと思っていた。生まれつきいろいろと恵まれていて、弱い人間の気持ちなんか理解できるわけがないと。
でも違ったんだ。
ハヤトは強いんじゃない。必死だったんだ……!
強くあろうと。自分の弱さを見せまいと。ただ、必死に……!
『ハハハ……まるでお遊戯だな。アリバも持たぬ女が、【悪意を束ねる者】に挑むなど、まったく愚かしい』
暗く冷たいオレの内面世界。
パペットマスターが耳障りな嬌声を上げる。
目の前の現実世界では、ナミが必死にホクトへ挑みかかっている。必死でハヤトを護ろうとしている。
自分のアリバをハヤトに貸し与え、チカラを失っているのに。
思えば、ナミはそれでも俺たちと一緒に頑張っていた。ハヤトはきっと、そんなナミに惹かれて、必死になっていたんだ。
……そして、オレはと言えば、今までうわべでしか他人と接したことはなかった。
子供のころから、嫌われることが、異常に怖かったからだ。
だから、他人に親切にし、友情を大事にした。
誰かのためにじゃない。自分のために。嫌われないために。
でもハヤトは逆だった。
他人に嫌われることを恐れなかった。ぶっきらぼうだし、他人を突き放したり、キツいことだって平気で言う。
けど、ハヤトのそばからは不思議とひとが居なくならない。シンジローやヤノ、他の仲間も、ハヤトには一目置いている。
それは、ハヤトが、誰かのために打算抜きで必死になれる男だからなんだ。
オレはどうだ?
誰かのために、本気で、心の底から、必死になったことがあったか?
自分の闇に対して、必死になって立ち向かったか?
オレがハヤトをうらやましいと思ったのは……劣等感を持ったのは……妬んだのは……きっとそんな、純粋でひたむきな気持ち。
……誰かのために…………強く……
『…………だったら、やることは決まったよねーーーー』
『ん?』
オレは、オレを縛る自分のこころの負の鎖を引きちぎろうと、全身にチカラをこめた!
『ムダだ! なんぴとも自分自身の弱さからは逃げられんのだ!』
『ぬおおおおおおおおおおお!!!』
『雄叫びをあげて自分の弱さを克服できるなら、誰も苦労などしない!』
『うおおおおおおおおおおおお!!! まってろおおおおおお。ハヤトーーーーーー。オレがいま、護ってやるからなーーーーー!!!』
オレの中で、熱い熱いこころのマグマが噴出した!
ぶちぶちぶちぃいいんんん!!
引きちぎられる劣等感と自己否定の鎖!
『う、ウソだろ……負の鎖を断ち切っただと……自己否定と劣等感の内面世界から抜け出せるヤツなんて、居るはずがない……な、なんなんだよ……なんなんだよおまえ……!』
我に返り、現実世界に帰還すると、顔色の悪いヒョロくて弱そうな男がきゃんきゃん喚いていた。
こんなショボいヤツに囚われていたなんてケッサクだよー。
『ハーイ。オレはカスガー。福岡を護る友情のアリバ、カスガでーーーす』
自己紹介してから、オレは、あふれんばかりのアリバの炎をたぎらせた必殺の張り手を、パペットマスターの顔面へ叩きこんだ。
「フぷピッ!」
パペットマスターをいっぱつで倒し、その呪縛を断ち切ったオレは、精神世界を抜け出し、自我を取り戻した。
「もうおまえたちの好きにはさせないぞーーーー」
ナミとホクトの間に飛び込み、その義手の攻撃を受け止める!
「!?」
「…………あ……か、カス……ガさん…………?」
「ナミー。もう大丈夫だからなー」
「……へっ。やっと戻ってきたか……おせーぜ……」
少し回復したのか、起き上がったハヤトの声を背中に受ける。
「遅れてごめんよー。ハヤトとナミはオレが護るからなーーーー」
「パペットマスターのオモチャが、なんのつもりだ?」
ホクトが鋭くオレをにらんだ。オレはその視線を跳ね返しながら言った。
「ホクトー。オレが相手だーーー!」
「今はお前のようなザコの出る場面じゃない。消えろ」
ホクトのミネルヴァパンチ!
ごいん! オレはそれを頭突きで跳ね返す!
「…………ム?」
「それはできないネ。なんだそんなパンチ、ハヤトの必殺パンチのほうが、ぜんぜん痛いよー」
「………………………………」
ホクトの連続ミネルヴァパンチ!
「うおおおおお。守護おおおお!!!」
オレは真のアリバで友情の援護幕を張る!
きいいいんんんん! ホクトのパンチは光の幕に遮られた!
「…………【守護】か」
ホクトの顔色が変わった。
「おまえに勝てるとは思わないよー。でも、オレが居る限り、仲間にはぜったいに手を出させないぞーーー」
「いいだろう。面白い……!」
ホクトがグンッと身を屈めた瞬間……
ゴンゴン! ズゴン!
電光石火のワンツーとハイキックが飛んできた! オレはそれをすべて受け止める! さらに、下段の払いゲリをジャンプでかわす!
「ほう。グランドスラムをかわすか……! ならば……!」
それからオレは、ホクトの嵐のような猛攻に耐え続けた。
オレからは攻撃はしなかった。ただ、ひたすら、受けに専念した。
何分経ったのか……時間の感覚はなかった。
全身が火傷しそうなほどの熱さと痛み。
でもそれは、心地いい痛みだった。
仲間をだまし、友情を裏切り、自分自身から逃げたオレにとって、それは丁度いい罰だったから。
そして、ハヤトやナミ、大事な仲間たちのために身体を張っているという確かな友情の痛みだったから……。
「………………………………」
気がつくと、台風が過ぎ去ったように、ホクトの猛攻は止んでいた。
ホクトは、黒煙を出しながらパチパチと火花を散らす義手を左手で押さえ、絞り出すように言った。
「…………ミネルヴァはもう動かん……まさか、こっちが先にオシャカになるとはな……見事だ」
「………………………………」
「…………友情の炎護カスガ。その名、覚えておこう」
ホクトはそう言ってニヒルに笑うと、フワリと背を向け、長いコートをはためかせながら、屋上から飛び降り、去っていった。
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