2-8 風の狂騒コミネ
福岡市を縦に流れる二級河川『那珂川 (なかがわ)』
ガキの頃から、泳いだり、釣りをして親しんだ川だ。
大橋駅と井尻駅との中間に架かる橋の途中で、西鉄電車は停止していた。
車内に急ぐと、異様な風景が広がっていた。
大量の乗客が気絶して床に転がっており、コミネが激しく戦っている!
「コミネ!」
「来たかっハヤト! ヤノ! 待ちくたびれたぞ!」
「……すごい。倒れているの、みんな悪意だよっ」
「これ、コミネがひとりでやったのか? 信じられねえ……」
「コミネ神拳の使い手だもんなあ」
そんなコミネを中心に、透き通った緑の大蛇のような風が、渦を巻いている。
「ナミ。コミネの緑色のオーラ。あれって……」
「うんっ。コミネさんは『風属性』だ。それもすごく強力な!」
「風って、マユと同じ?」
「風属性は、我が道を行くひと、信念やこだわりが強いひと、独自の世界観をもつ自意識の高いひとなんかの性格的傾向があるんだ」
「……ようするに、ひとの話聞かない奇人変人ってことだろお。コミネにぴったりじゃないかよお」
「けど、よりによってあの可愛いマユとアホのコミネが同じ属性かよ……」
「あの子は……無邪気って部分が風だったんだろうね」
俺たちが話している間に、コミネが最後の悪意を倒した。
コミネの打撃で敵はマヒしたらしく、戦いは一方的だった。
コイツ、ハメキャラなのかよ……!?
「……お客さーん。困りますねえー。勝手に暴れられたら……ウケケケケケケ!」
不気味な声とともに現れたのは……制服姿の中年?
先頭車両のほうから、ゆっくりとした歩みで近づいてくる!
気温が急激に下がり、車内は冷凍庫みたいになった。
「来たよっ。悪意のボスだ!」
それは悪意にとりつかれた車掌だった。目がらんらんと赤く光っている。
属性はどう見ても……氷!
よれっとした制服ズボンの足元の床が、極寒期の湖みたいにパリパリに凍っていた。
「キサマが悪党のボスかっ!」
「コ、コミネ! 無理すんなっ。俺たちと一緒に……」
「待って! 相手の氷属性はかなり強力だよっ。しかも特殊攻撃を使ってくる! いくら無属性でも、ハヤトじゃ分が悪い」
「……この電車はあの世行きですぜ。ひひひ。途中下車はできませんんんんん」
凍えるような口調で車掌が言うと、ブンッと姿が三人に増えた。
「ナミ! なんか増えたぞ!」
「氷の屈折を利用して幻影を生み出してるんだ! 属性は同じ氷でも、動きの鈍いヤノさんには相性が悪い! ここはコミネさんに任せよう!」
「くそっ。仕方ねえか……」
俺は、狭い電車内で車掌と向き合うコミネの背中に叫んだ。
「コミネ! 目覚めたばかりで悪いが、なんとかしてくれ!」
「フフフ……コミネ神拳の神髄……お前たちにも魅せて……」
「ばかやろう! 油断すんな!」
キメ顔でこっちを見たコミネを、三人の車掌が同時に襲った。
野猿のように敏捷な動きで三方向から飛び掛かるっ。
パキパキパキッ!
三本の氷柱がコミネの身体に突き刺さった!
ビュオオオオオオ!
いきなりの突風! 氷の柱は涼しげな音を立てて粉砕された!
「効かぬのだっ」
宙を殴るようなコミネのアッパーと共に、車掌はぶっ飛び、天井とシートにしこたま打ち付けられて、床に転がった。
ナミの言う通りだ。コミネのやつ、なんて戦闘力だよ……。
「ちくしょう……テメーみたいな学生に、社会人の苦労がわかるか!? おおっ!?」
立ち上がった車掌が暗い瞳で呟いた。
「毎日まいにち、同じことの繰り返しっ。自分の時間もほとんどなく、家族にはさげすまれ、酒もロクに飲めず、友達付き合いもままならねえっ。たくさんの命を預かって、安全に気を配って運行しても、ほんの少しの遅れで客どもはギャアギャアわめきやがる! だから、そんなに急いで目的地に着きたいなら、ガンガンに飛ばしてやろうって考えたんだよお!」
コミネはわめく車掌の前にピタリと立ち止まった。
「……このコミネ、いまだ学徒の身なれば、社会人の先輩の苦労を真に理解することはできぬ」
気負いのない、静かな口調。
「……だが、本物の信念さえあれば、どんな境遇であっても、己の道をまっとうすることはできるはずっ!」
「……社会ってのはそんなに甘くねーんだよ!」
「……そうかもしれぬ。違うかもしれぬ。わからぬ。……だから、このコミネ、貴君に誓おう。いずれ、社会に出る日が訪れ、どんな職に就職しようとも、その道でおのが正義を貫き通すと!」
ぬはあっ! とコミネが叫んだ瞬間、コミネの全身の筋肉が膨張し、革ジャンが弾け飛んだ!
「レベル2【激怒】!」
タブレットを見ながら、ナミは興奮した口調で叫ぶ。
「コミネさん! もっとだ! もっと信念を主張して!」
「き、きみは……? (…………か、可憐だ……)」
ナミを見て妙に驚くコミネ。小さく何か呟いている。
「いいからホラ! 【激怒】の重ねがけ!」
「お、応ッ!」
ごはあ! 緑色の風がコミネの髪の毛を逆立てる。
「理想とか信念だけで世の中生きていけねーんだよおおおお!!」
車掌が氷の嵐を巻き起こす!
「だが、そんな混沌の世を生き抜く武器が、理想と信念、そして正義なのだっ!」
コミネはそんなブリザードの中に正面から突っ込んでいく。
緑色の狂風と青い氷嵐の激しいぶつかり合い!
その嵐がおさまったあと……
その場に立っていたのは……
拳を雄々しく天にかざした、半裸のコミネだった。
◆
「……そういうわけで、ボクは福岡市を護る『アリバの戦士』を探して、ハヤトに出会った」
「……あ、ああ」
「そして、さっき動物園でヤノさんを仲間にして、いまコミネさんが目覚めた」
「……ほ、ほう」
暴走車掌を倒したあと、静かになった電車内で、俺たちはコミネに事情を説明した。
俺が話そうと思ったのだが、コミネの野郎がナミばかり凝視するもんだから、仕方なしにナミが話した。
「まさか、独力で目覚めてしまうとは思わなかったけど、強いコミネさんが仲間になってくれたら、ボクもすごく助かる」
「フ、フハハハハハ! お、おれのチカラなら、いくらでも貸そう! 好きに使うがいい! このコミネ神拳! 愛と正義と福岡市のため、喜んで仲間になろうではないかっ!」
「そっか。話が早くて助かるぜ」
「あらためてよろくしなあコミネ」
「ホゥアチャオッ! 汚物どもが俺の視界に入ってくるな!」
ぶうんっ。
「あ、あぶねえなっ。いきなり、なんだよ」
コミネはナミを陶酔した瞳で見つめたまま、ポツリ。
「……末永くよろしく頼むぞ……ユリア……じゃなくて、ナミ……」
「ゆ、ユリア……?」
「やべえ、こいつ目がマジだぜ?」
そのとき、またまた『ウーーーーーーー』とおなじみのサイレンが聞こえてきた。
見ると、那珂川に架かる橋の両サイドから、波のような大量のパトが押し寄せてきてる!
「チッ。来るのはおせーくせに、無駄に大勢で押しかけやがって! 逃げ場がねえじゃねーかっ」
「どうして逃げるのだ? オレたちは正義のために戦ったのではないのか?」
「悪意もアリバも、一般人には理解されないだろうからな。ヘタしたら俺たちが騒ぎの首謀者くらい思われちまう」
「……孤独な戦いなのだな……」
「ヒーローってのはそういうもんだろ?」
「け、けどよお。どうすんだよお。このままじゃ逮捕されちまうぞお……」
「仕方ねえ! 那珂川に飛び込むぞ」
「やっぱりそれしかないかよお……」
「ふむ。心得たぞ、旧友よ」
「ええ! か、川に飛び込む!?」
「大丈夫だ。このあたりは水深もある。俺たちもガキの頃はよく飛び込んで……」
「そーいうことじゃなくて! ……ボク、水はダメなんだってば……!」
「なんだよ。カナヅチか?」
「ち、違う! 比重の問題で……水に浮かないというか」
「つまりカナヅチなんだろ?」
「うーーーーーー」
ナミは怖い顔で俺をにらむ。
「ハ、ハヤト、警官が来るぞお」
仕方ねえっ。俺はおもむろにナミの細い身体をお姫様抱っこすると、問答無用で川にダイブした!
「あーーーーーーーれえーーーーーーーー」
ぼっちゃああああああんんんん。
ナミの叫びが、夏のギラギラした太陽を反射する水面に弾けて消えた。
久しぶりに飛び込んだ夏の川の冷たさは、少年時代の夏休みを思い出させた。
あの……
永遠に夏が続いていくような……
そんなワクワクを……。
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