幕間11 カムラの見たもの
クリハラ10番勝負とかいう、くそメンドくさいのが、やっと終わった……。
いきなり撃たれたクリハラも結局無事で、ハヤトさんやナミさん、シンジローや他の仲間たちも、和気あいあいとしたムードになっている。
そんな雰囲気に嫌気がさし、俺は、高宮八幡宮の裏手にひとりポツンと居た……。
ヤギハラに続いて、クリハラまで強くなってしまった……。あいつらはこっち側だと思っていたのに……。
「………………………………」
「カムラー」
「ば、ばっか! いきなり話しかけるなっつーの!」
「……カムラぁ。クリハラも目覚めてしまったね。これでもうおれたちだけになってしまったね……バーニングとかいうのだって、おれたちだけできんし……」
「……もうちょっと利口に生きようや。強い敵がきたらアイツらに任せて、俺らは裏切ればいいっつーの」
「で、でも……カムラ、ほとんど成功したことない……」
そのヤル気のない顔と声が、俺のイラ立ちをあおった。
「あーうっせー! うっせー! だいたいお前はまだマシだっつーの! 足も速いし、火属性相手にはめっぽう強いやんけ!」
「か、カムラだって世渡りは上手やん……」
「うっせーうっせーうっせー! おまえ、もうアッチ行けっ!」
「あ。カムラー……」
いたたまれなくなって、俺はこっそり高宮八幡宮を離れた。
どうせ俺が消えたって、ハヤトさんや福岡ファイターの連中は、気づきもしないのだ……。
…………くそっ! なんで俺がこんな思いしなくちゃいけないっつーの!
他に行く場所もなくて、いつものゲーセン『春日センチュリー』に来た。
「おー。カムラやーん。珍しいやんか。最近はずっと来とらんかったよなー」
年齢不詳の (大学生というウワサもある) 常連客『ジーサン』が話しかけてきた。
以前は毎日のように顔を合わせていたが、福岡ファイターとしての活動が忙しくなってからは久しぶりに会う。
「………………こんちは」
「なんやー。最近はハヤトたちとずっとツルんで、ゴソゴソ忙しそうにしとるみたいやん。今日はあいつら一緒やないん? ついにハヤトに切られでもしたか? ブヒャヒャヒャ!」
……いつもだったらジーサンのこういう憎まれ口は気にならない。だけど、今日はなんだか妙にイラついた。
「…………ジーサンみたいにゲームしかすることないひとと一緒にせんどいてください。ちょっと気分転換に来ただけなんすから」
「な、なんやーおまえ、その口の聞き方は!? それが年上に対する態度やー!?」
わめくジーサンに背を向け、俺は唯一の居場所だった春日センチュリーから去った……。
他に行くところもなく、俺は適当に街をぶらついた。
どうせ家に帰っても誰も居ない……。
父親は愛人のところに入り浸り。母親は習い事かサークル活動にしか興味はない。
くそっくそっ。だいたいアリバとか悪意とか、わけわかんねーつーのっ!
唯一事情を知ってるはずのナミさんは、いつまでたっても肝心なことを話そうとしない。
ナミさんに惚れてるハヤトさんはそれでいいんだろう。でも俺らは違う。
どうして他の連中は、なにも言わずこんなことに付き合ってんだ……?
イライラしながら歩いているうちに日は沈み、気づいたら野間四ツ角の一角の雑居ビルに来ていた。
ネオンがギラつく、風俗やスナックなんかの固まった大人のエリア。
ふとそこで、俺は意外な人物を見かけた。
「………………………………」
あ、あれはにっくきハヤトさん……?
俺をこんな状況に追い込んだ張本人が、眉間にシワを寄せてひとりで歩いていた。
珍しい。ナミさんが現れてからというものの、ふたりはいつもベッタリで、ハヤトさんが単独行動することはほとんどない。
あ、あやしい……まさか、浮気……?
男がコッソリ単独行動するなんて、そうとしか思えない。
俺は慎重にハヤトさんのあとをつけた。
浮気相手がケイさんにしろ他の女にしろ、密会の現場を押さえておけば、いつかハヤトさんに対する絶対の切り札として使えるはず……!
ハヤトさんは何かを探すようにキョロキョロしながら、足早に路地裏に入っていく……。あたりは薄暗くひと気は全然ない。
さすがに心拍数が上がってきた。
ま、まさか……本当に浮気相手と密会する気じゃ……。
「お。居た居た。探したぜ」
気さくな声で誰かに話しかけるハヤトさん。その相手は……
「!!!」
まったく予想外の相手だった! あれは……クリハラを襲撃したモウリとかいうヤクザ……!?
「ったく。こんなところにいやがったのか。手間かけさせやがって」
ハヤトさんは、妙に陽気な声で相手に近づく。
「お、おまえ、アイツらのリーダーの!? な、な、なんだよ! 俺になんか用かよ!」
「……よくもクリハラをやってくれたな。その礼をしてやろうと思ってね」
言うやいなや、ハヤトさんはいきなりモウリを殴りつけた!
「ぎゃひッ!!」
モウリは地面を転がった。
「な、なにしやがんだよおおお!! テメェ、こんなことしてタダで済むと……」
鼻血を垂らしながら、モウリはわめく。
ハヤトさんはそんなモウリの顔面を、有無も言わさず殴った。
「お前こそ、このままで済むと思ったのか?」
ハヤトさんはニッコリ快活に笑って、またモウリにパンチ。
「す、すすすすスンマセンでしたあああぁぁぁ!! こ、このとおりですっ。かんべんしてくださいいいいぃぃ」
モウリは素早く起き上がると、恥も外聞もなく土下座した。
ドゴッ! ハヤトさんはそんなモウリを下から蹴り上げる。
「……クリハラたちと最初にモメたとき、お前『覚えてろいつかハジいてやる!』なんて捨て台詞吐いたらしいな。で、本当に不意打ちしやがったわけだ」
「え? い、いや、も、もうそんなことはしねえっ。チャカもきかねえアンタたちにゃもう絶対逆らわねえ! 二度と顔も見せねえからよおぉぉガブぎぃッ」
言葉の途中で、ハヤトさんはまた必殺パンチを撃ち込んだ。奇声とともにモウリはぶっ飛び、地面を転がった。
「……で、お前をそのまま逃がしたら、今度は俺たちの家族とか友達とかを狙うんだろ? だってヤクザだもんな」
「ひいいぃぃっ! そ、そんなことはしねえっ。こ、このとおりだっ。アンタらみてーなバケモン敵にまわすほど、俺ぁバカじゃねえよおおおっ!」
「……クリハラが撃たれて死んじまったと思ったとき、コミネなんかは号泣して悲しんだ。つまりクリハラは必要とされているんだ。けど、お前みたいな社会のクズは、もし居なくなっても誰も悲しまねーだろ? じゃあ居ないほうが、少しは社会のプラスになるよなー」
ハヤトさんがのんびり言った。
その言い聞かせるような口調は、俺や福岡ファイターの仲間たちと話すときとまったく同じで、俺はそれが心底怖かった。
「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!! こ、コイツやべえ! コイツやべえよオオオォォォォ! だっだれかああぁぁぁ!」
四つん這いのまま必死で逃げようとするモウリ。
ハヤトさんはその首をひっつかむと、大きなゴミでも投げ捨てるような乱雑さで、モウリを地面に引き転がした。
そして、両腕両足を機械的に動かし、殴る蹴るし始めた。
まったく無感情に……無造作に……。
な、な、な、なんだ、あれは……? あああああれ……ほっ本当に、俺の知ってる、あのハヤトさんなのか……?
乱暴で俺様なひとではあった。だけど、チンピラとはいえ、助けを乞う相手をあそこまで無慈悲に一方的にリンチするなんて……。
普通の人間とは思えない……。あれが……ハヤトさんの本性……?
こっちに背を向けモウリをボコり続けるハヤトさんの顔はよく見えない。
モウリはもはや悲鳴もあげられず、等身大の人形みたいに、ただ殴られるまま。
あまりの恐怖に俺は失禁しそうだった。
手足ががくがく震え、膝から力が抜け、思わず尻もちをついた。
「………………………………っっ!」
その気配を察知したのか、ハヤトさんが殴る手をピタリと止め、ゆっくり振り返った。
「……あ? 誰だ?」
「ヒイイイイイイイいいいイィィィィぃぃぃーーーー!!!」
振り向いたハヤトさんの、別人のようなまがまがしい凶相に、俺は全身総毛だち、弾かれるように背を向けた。
ヘビに睨まれたカエルどころじゃない。腹を減らしたライオンと出くわしたシマウマだってここまで走らない、というくらいの勢いで俺は逃げた……!
や、やややややヤバイ! ヤバすぎる!
あれは……なんなんだ……!? あれがハヤトさんの秘密なのか!?
あの顔は、アリバなんかじゃない!
あれじゃまるで、俺たちの敵の……!
第11話 クリハラ10番勝負! 完
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