【復讐には代償が必要だ】復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第21話

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「僕の一生分?」

 思わずアルトゥールは聞き返した。

「なぜそこまでしてくれるんだ? 確かに、上位の魔族の寿命からすれば、人間の一生は短い。それでも、単なる暇つぶしに付き合うってほどの短さではないはずだ」

「どのくらいになるんだ?」

 横からリーシアンが訊いてくる。

「そうだな、僕たち人間にとっての一年分ぐらいには相当するんじゃないだろうか」

 北の地の戦士は、まだ警戒を解いてはいなかった。戦斧は下ろさす、かまえたままだ。

「我が信用ならんと申すか。よかろう、それでもかまわぬよ。そちらがそう来るなら、我はその方らに助力などはせぬ。元々そんな義務はないのだ。 我は元の世界へ、お前たちが異界と呼ぶ世界へ帰らせてもらう」

 異界はまたの名を魔界とも呼ばれる。人間とは異なる生き方をしている者である上位の魔族が、何故高位のネフィアル神官には味方するのか。考えてみればそれも謎だ。

「『法の国』の時代に何があったんだ? もちろん、お前たちには人間のネフィアル神官に仕える義務などない。なのに、何故だ。僕が頭を下げて頼めばそうしてくれるのだろう?」

「なに、当時の大神官たちは、見どころのある奴らだったのでな。それだけだ。弱者を助ける、そんなことに我は意義を見い出さぬ。だが、真に強者と呼べる者が、おのれより弱き者を救おうとする心には惹かれるのだ」

「でもそれは、結果として弱者を助けることになるのだろう?」

 マルザートンは、かんらからからと笑う。豪快な笑い方だ。

「助けて貰(もら)って当然、何もかもを人のせいにして、自分では何もしようとしない者には嫌悪と侮蔑しか感じぬがな。そんな奴らは、勝手に苦しんで死ぬがよい!」

「……」

 アルトゥールは複雑な思いになる。それは良くない考え方だ。人間にとっては、とりわけアルトゥールのように力ある人間にとっては。

 しかし自分にもそんな思いがあるからこそ、自分はこうしていられる、持ちこたえてこられたのではないか。そうも考えた。

 そうだ、持ちこたえて来られたんだ。

「僕が頼んだら力を貸してくれるのか」

 それは問いではなく確認だった。

「そうしてやろう。見たところ、貴様は古代のネフィアル大神官に劣らず見どころのある奴だからな」

 では、仮にこの魔族の目から見て、見どころの無い奴になったらどうなるのだろうか。

 そう思案した。

 単に見捨てられるだけならいい。悪い報いを与えるのではなかろうか。

 アルトゥールは、そこで気がついた。

 僕は人々に、その悪しき報いを与えてきた。女神の力を借りて、そうしてきた。

 悪しき報いを恐れる人々、敵を裁くために代償を支払うのをためらう人々、そんな人々たちの思いも振り切って、自分が信じる通りにしてきた。

 それなのに、自分が代償を支払うのは受け入れられないのか。

「分かった。頼む、協力してくれ」

 考えようによっては、こいつは女神の猟犬よりも恐るべき存在かも知れない。

 だが賭けてみる。

「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

「たぶんね」

「たぶん、て。おい」

「後で話す」

 アルトゥールは魔族に告げる。

「では僕自身とここにいる戦士と、この部屋にある全ての書物を魔術師ギルドに運んでくれ」

「いいだろう」

 上位の魔族マルザートンはそうしてくれた。彼は再び薄い霧のように拡散して、アルトゥールと、リーシアンと、散らばる書物とを覆った。

 窓が自然と開け放たれる。

 次の瞬間、窓から吸い出されるように宙に浮かんでいた。そのまま真っ直ぐにギルドへと向かう。青い煙に覆われて空を飛んでいた。

「やれやれ。人々が上を見上げなければいいんだけどな。大騒ぎになりそうだ」

「案外、上を見上げたりはしないもんさ。皆、自分たちの事で精一杯だからな」

「そうだな。それに魔術師ギルドに向かうなら、多少は妙な事があっても『魔術師ギルドだからね』で済む」

 それは無責任な発言かも知れなかった。マルザートンに関しては魔術師ギルドのせいではない。アルトゥール個人の判断で、彼を用いると決めたのであるから。

 とは言え、魔術師ギルドにとっても損になる話ではない。本や巻き物だけでなく、マルザートンの存在も、大層興味深いと思われるだろう。

「グランシア、頼む。ギルドにいてくれよ」

 グランシアの所在を確かめてから魔術師ギルドに行くのでもよいが、それでは時間が掛かる。

 ジュリアがジュリアン神殿の衛士(えいし)たちを連れてくるまでに本をギルドに運びたかった。

「ジュリアは慈愛の心ゆえに、危険かも知れない本が人々の手に渡るのを防ごうとするだろうからな」

 アルトゥール自身、今となっては、魔術や危険な古代の技に慣れ、熟知している魔術師たちに預けた方がいいとは思うようになった。

「しかしジュリアン神殿はまずいな。ジュリアは書物を隠しはしても、まさか焚書にはするまいが、彼女の力は神殿内ではまだ小さい」

「聖女様がお戻りになったら、屋敷はもぬけの殻、俺たちはいない。本が消えている。どう思うだろうな」

「魔術師ギルドに持ち込んだことは知らせよう。一応は僕たちを助けてくれたんだ。それ以上は手出しさせない。たとえジュリアにでもね」

「よし、それでいいだろう。聖女様がどう言うかは分からんが」

 半刻のさらに四分の一、それだけの時間で、魔術師ギルドの上空に着いた。

 ギルドの見張りに、彼らは補足されていた。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

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