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英雄の魔剣 11

「そこの女は生きているのであろうか」
 アレクロスは『女』と言い、魔物とは呼ばなかった。すぐに同情して助けるような甘い判断はしない。セシリオはうなずいた。
「息をしているのが分かります。かすかにですが、胸が上下しているのが見えます」
 アレクロスの目には見えなかった。虹色の光ゴケと光水晶のお陰で明るいとは言え、昼日中のようではない。日没か夜明け頃の薄明るさである。この広い室内で、遠目に倒れる魔物の動きはよく分からなかった。だがセシリオの目は確かであろう、とアレクロスは信頼している。妹のサーベラ姫も兄と同じくうなずいた。

 アレクロスは魔物の女に歩み寄る。魔剣を鞘(さや)ごと腰から外して、その鞘の先で女の腹の辺りをつついてみた。何の反応もない。
 大丈夫であろうかと思いながらも、そばに膝(ひざ)を付いて、そっと腰から上を抱き起こした。女は目を覚まさない。アレクロスは軽く女を揺さぶり、次に軽く頬を叩いてみた。やはり女は目を閉じたままである。
「俺は甘いな。このまま刺し殺すべきなのか」
「何とも申し上げられません」
 セシリオは答えた。妹姫も同じく。
 魔物の中には人間と上手くやっていける者もいる。それをもって『善良な魔物もいる』と言っていいのかはアレクロスには分からない。人間から見れば善良なのだ。魔物の側、あるいはより大きな俯瞰(ふかん)した視点で見ても、なお人間と人間に親しむことの出来る魔物が善であるのかまでは分からない。
「私が、その女の魔物の身体(からだ)を調べましょう」
 サーベラ姫が言った。

「ありがたい。ではそうしてくれ。何かあればすぐに俺を呼んでくれ」
 王子は立ち上がり、少し離れた場所に行って魔物の女とサーベラ姫に背を向けた。セシリオが自分の隣に立ち、同じく背を向ける。
 魔物の美女の衣装は、人間の女の物とさして変わりはなかった。それよりも簡素で、白一色に彩りも飾りもないが、大まかな形状は同じである。長いスカートに、上着。スカートからはみ出た部分を覆(おお)う靴下。すべて白である。上着は、真珠貝を削(けず)って作られた釦(ボタン)で前を止めている。釦は全部で三つだ。サーベラ姫は前を開けた。内側には布製の小袋が隠されていた。何かが入っているようで、姫は革手袋を嵌(は)めた手で慎重に中を探(さぐ)り、何か手がかりはないかと調べた。なぜここで倒れているのか、怪しげな罠(わな)ではないのか。それが頭にある。中には鍵があった。一本。
「この鍵は」
 それは鉄製の鍵であった。前王国マリースの王家の紋がかたどられている。

「これは、この遺跡に関係があるのでしょうか」
 思わず口にした。マリース前王国の王家は、魔物と親しく、下々の民を生け贄にするだけあって、魔物の貴族との婚姻も盛んであった。マリースの王族だけでなく、貴族もである。魔物の血が入らずんば貴顕(きけん)に非(あら)ず。それがマリース王国を支配していた決まり事であった。
「ひょっとしたら、マリース王家とのつながりが」
 サーベラ姫は、他にも手がかりがないかと、さらに探った。魔物の美女は、全身がしみ一つない紺色の肌で、健康を害しているとはとても思われぬ生気に満ちた肉体をしていた。だが、鍵の他には何も見つからない。サーベラ姫は、再び衣装を女に着せた。
「王子殿下、これをご覧くださいませ」
 サーベラ姫は見つけた鍵を見せた。
「これは」
「はい、マリースの王家の印(しるし)にございます」
「なるほど、王家と関係があったのだな」

 魔物の寿命は種族により様々だが、長いものは五百年をも生きる。三百年前に滅びた前王国時代からの生き残りが遺跡にいてもおかしくはないのだ。
「まだ目を覚まさぬのだな」
「はい、殿下」
「よし、これを使って目を覚まさせてみてくれ」
「かしこまりました」
 サーベラ姫が、キアロ家のグレイトリア姫の用意した薬を使うと、魔物の女は目覚めた。目は翼と同じく銀色である。
「これはこれは。人間を見るのは本当に久しぶり」
 王子たちを見上げて言う。すでに意識ははっきりしているようである。アレクロスを見ると、妖艶な笑みを浮かべた。
「我が名はマルシェリア。マルシェリア・マリース」
「それはそれは。前王国の王女殿下でいらっしゃったか」
 アレクロスの言葉遣(づか)いは丁寧だが、隠し切れない冷ややかさもある。マルシェリア姫は、当然それに気が付いた。
「なぜここに倒れていたかを訊(き)かないのですか」
 マルシェリア姫も、負けずに挑戦的な口ぶりで問うた。

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