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言い切りポストは現代のエンタメだ

 TwitterXのほうで、以下のような内容のポストを見ました。

 若いうちからNISAの制度を利用して投資を始めようとしている大学生のニュースのリンクが貼られたポストに対して、

「若いうちはいろいろ経験したり物事を知るのにお金を使うべきだ。投資などはもっと大きな資産ができてからでいい。時には借金したっていい」

といった意味合いの引用ポストが付いたのを見たんですね。

 それに対してリプライも付いていて、「(非課税枠だから当然だが)少額しかNISAでは投資できないですよ」とか、「何もかも投資に回すとは、この大学生は言っていないですよ」とか、そんなふうに言われていました。

 noteのほうだと長文が書けるので、なぜ投資より経験や知識にお金を掛けたほうがいいのか、国のNISA推進による投資熱に警鐘を鳴らしたいのはなぜなのか、もっとくわしく論理的に書けると思います。

 TwitterXだとどうしても短文が多くなるので、極論とまでは言わなくても、物事の一面しか見ていなくてツッコミどころがあるように見えるポストが目立つんですね。

 つまり、いわばnoteの記事の結論部分だけを見せられるわけですから。

 で、そうしたツッコミどころのある言い切りポストのほうが、受けが良かったりもします。

 私も、例の引用ポストにはいろいろ言いたかったのですね。TwitterXのほうでは、言わなかったですが。

「今は、というかけっこう前から、手数料無料、ローリスク・ローリターン、千円から積み立てできる投資信託がありますよ。大学生のアルバイト代でも大丈夫です」とか、

「投資をするのは経済や社会について勉強するきっかけになりますよ。若いうちは経験や知識をとおっしゃるが、なぜ投資はその経験や知識を得ることに含まれないとお考えですか?」とか、

「誰からどの程度借りるかにもよるので一概に否定はしませんが、今の時代、借金を安易に薦めるのは賛成しかねます」とか、

言いたいこともありましたが、我慢しました。

 まあセコセコとお金のことだけ考えて小さくまとまり過ぎるな。くらいに受けとめています。

 引用ポストされた側の人が、どう受けとめたかは分かりませんが。

 TwitterXを見ていると、こうした言い切りポストが目立ちます。

 でも、世の中こうして物事を単純化しないと理解できない人もいるらしい。別にこのポストに限った話ではなく、noteでも極力物事を単純化して説明しているのがあります。

 それは需要が、もっと言えば必要性があるんですね。

 投資にしても、社会勉強になる面も、お金を増やすことだけ考えて世界が狭くなるリスクも、両方ある。

 で、このように物事を両面から考える、一概に白黒付けないといった考え方がどうしても苦手な人が一定数いるらしい。

 それは必ずしも知能や知識のレベルの問題てはないようです。

 どうしても苦手な人がいるのであれば、複雑な物事を簡単に単純に言い切って、でも「まあでも、このくらいに言っておけば、極論とまでは言えないし安全かな」のあたりに着地させる必要があるんですね。

 TwitterXだけでなくnoteでも、そうしたのを見ますね。

 でもやっぱり言い切りポストばかりが横行するのは良くないのじゃないか、そんな考えもあって、我がオリジナルファンタジー小説七作目の主人公の敵となるハイランなる登場人物を考えたわけです。

 一言で言うと「単純化されたたった一つの教義に従っていれば多くの人が幸せになれる。主人公のアルトゥールみたいに、頭が良くも自分で考えるのが好きな人は恵まれた人間だから、そちらではなく、恵まれていないほうに合わせるべきだ」

とするのが、彼の思想なのです。

 今回の記事のタイトル通り、一方に言い切るのがエンタメだとすれば、物事を単純化せず両面から、あるいは多方面から考えるなら、それだけで芸術寄りの、文学寄りの小説だと、こういう事になります。

 本当にそうなのかな?

 さて、『復讐の女神ネフィアル』は、ウェブ公開を止めてしまったのですが、AmazonKindleの個人出版で出してゆく予定です。

 最初の1作目は公開しておきましょうかね。マガジンを別に分けるので、今しばらくはお待ちくださいませ。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。また次回の記事もよろしくお願いします。

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