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【和風ファンタジー】海神の社 第十七話【誰かを守れる人間になれ】

マガジンにまとめてあります。


「真鶴は、あなたにとって道具でしかないのか!」

 鷹見は舞い上げられながら叫んだ。目が回りそうだが体は無事だ。まだ今のところは。ここからどう下りてよいのかは分からなかった。

 回転させられながら、耳を突く風のうなりを聞く。

 何とか地上の様子を目で捉えた。希咲は鷹見を見ずに、ただ弟に対していた。ここで目を離すわけにはいかない。そうお考えなのだろうと思う。

 自力で何とかしなければならない。

 少し離れた場所に大木が見える。この稲神の社にも御神木はある。海神の社のよりは細く低い。 

 竜巻は右に左にと蛇行している。実咲の制御出来ない力を表していた。何とか御神木の近くまで行ってくれれば、木につかまって竜巻から抜け出せるのに、と思いながらどうすることも出来ない。

「希咲様」

 助けを求める声ではない。実咲の力は制御出来ないまでも強くはあり、竜巻は危うく希咲や真鶴をも巻き込むところだったのだ。

 鷹見はついに御神木よりもずっと高くまで舞い上げられた。今、竜巻が鎮《しず》まれば地面に叩きつけられて死ぬ。間違いなく死が訪れる。

 いつの間にか気を失っていた。闇に包まれた心地、夜よりも深い黒の闇だ。

 誰かの声が聞こえる。真鶴? いや違う。あれは。

 あれは俺の姉だ。荒御魂が引き起こした災いで死んだ俺の姉だ。俺は、あれ以来、何度も思った。何故この世には荒御魂が、それによる災いがあるのだろう。

 そんなものがなければいいのに。

 そんなものがなければ。

 下界の実咲の姿が小さくなってもまだ見える。希咲の姿も。

 いや、違う。

 荒御魂がこの世になければ、希咲様はあんな風に存在は出来ない。

 荒御魂が消えたら、俺たちを助けてくれた希咲様はいなくなる。ただ、希咲であった者の残骸となるだけだ。生きながら残骸となる。俺たちを助けてはくれなかった、あの優しいけれど無能な領主と同じようになってしまう。

 海神の社の安らぎと静かな波の音《ね》。

 多くの人を殺した海の魔神。

 もし荒御魂がこの世になければ。

「希咲様は俺の英雄。誰が何と言おうとも、この世には荒御魂が必要だ」

 竜巻は止んだ。鷹見は地上に下りてきた。風の力に乗って、落下することもなく。

「風の和御魂だ、しかし何故」
 
 希咲が依り代としての力を使ってくれたわけではない。主は実咲と相対していて、鷹見を助ける方に力を割けなかったはずだ。手加減をしているから。倒さなくてはならないにも関わらず、全力ではかかれない相手の方が難しい。実の弟に対して冷徹になり切れないのだから。

 実の弟ではないとしても、正式な裁きを受けさせたいとはお思いになるであろう、とも鷹見は思ったが。

「鷹見、無事でよかった」

「はい、ご心配をお掛けしました」

「何故だ、なぜお前は……!」

 実咲の言葉が甲高い悲鳴じみた声となって響く。

「さあ、俺にも分かりません」

 いつの間にか、太刀が長く伸ばせるようになっていた。鷹見は離れた位置から実咲の喉元に太刀の先を突きつける。

「この、無礼者が」

 苦しげに、悔しげに実咲は鷹見を睨みつけた。

「無礼ではない。私の命令でそうしているのだ。忘れるな、今やお前は罪人なのだ。華族令に従い、裁きを受けてもらう。逆らうお前をこの場で殺さないのは、せめてもの情けと思え」

 希咲の声は冷静で、どこか逆らい難い威厳が感じられた。鷹見だけでなく、実咲も真鶴もそう感じたはずである。

「兄上、兄上はあんな召使いの一人や二人、どうにでもなるはずではありませんか。さして惜しい人物とも思えません。代わりなんていくらでもいる……!」

 それを聞いて、希咲はすうっと目を細めた。今までにない冷ややかな光が、その眼差しに宿る。

「なるほどな、お前は以前私が言ったことを何も覚えてはいないらしい」

 希咲は長く長く息を吐き出した。ため息のような、それよりも深く根深い苦々しさが表れてもいる。

「華族だけでは、依り代としての力を持つ者だけでは世は成り立たぬ。数多くの名も知れぬ人々の働きあっての我々ではないか。お前には、あの召使いが私のためにしていた事が出来ないだろう。気位の高さの問題ではない。ただ純粋に、そうした技量をお前は持っていない。そうではないのか」

「しかし兄上」

「実咲、依り代としての力量だけを比べれば、お前は確かに私には及ばない。だが他に私に勝てるものはある。依り代の力も決して、人より劣っているわけではない。そもそも、依り代の力を持つ者自体が希少でもある」

 希咲はここで一息置いた。弟の心に自分の言葉が染み渡るのを待っていた。

「お前は何故そうは考えられなかった? 私の存在は、お前がしでかした事の言い訳にはならない」

 鷹見には、それでも希咲の存在は大き過ぎるだろうとは思えたが、言い訳にならないのはその通りだ。死んだ召使いとその友人や親族からすれば、そんなことは関係がないのだから。

「真鶴、助けろ」

 真鶴はまだ顔を両手で押さえながら首を振った。

「嫌です」

「真鶴!」

「嫌です!」

 と、その時。

「南城実咲様、華族令に従い、貴方を拘束いたします」

 突如、希咲と鷹見、真鶴の背後から、宮津湖の声がした。鷹見が振り返ると、猛狼の姿も見えた。

「宮津湖、猛狼。よく来てくれたな」

「はい、南城様、あなたの召使いから報告がありました。夜中に叩き起こされたわけですよ」

「馳せ参じるのが遅れまして、申し訳ございません。ご無事で何よりです」

 宮津湖は華族にだけ用いられる特別な拘束具を持って前に進み出た。蜘蛛の糸のように細い銀糸を編んだ縄である。

「大人しく、お縄に付かれてください」

 実咲はしばしここに集まった一同を見渡し、さらに真鶴を見た。

「なぜだ、なぜ私の味方をしてくれる者はいないのだ……」

 宮津湖はそれには答えず、銀糸の縄を実咲に掛けた。縄はひとりでに実咲を縛りあげる。

「ありがとう、助かった」

「なあに、大事がなくてよかったな。それから」

「何だ?」

「太刀が伸ばせるようになったのだな。これでお前は、全てにおいておれを超えた」

 そう言った宮津湖は、ごく僅かに微笑していた。

続く

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