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【和風ファンタジー】海神の社 第十八話【誰かを守れる人間になれ】

マガジンにまとめてあります。


 一行はその晩、それぞれの自宅に帰ることになったが、鷹見だけは希咲の屋敷に泊まるのを許された。鷹見は遠慮すべきだと思ったが、宮津湖は言う。

「南城様のたっての願いなのだから逆らうな」

 それで鷹見も、それ以上は断らなかった。

 希咲と配下の二人、そして猛狼は希咲の庭の門の前に立っている。雲が出て、月と星を隠す。また深い闇の中だ。夜目が利くこの一行でなければ、ここから自宅へと帰り着くのは難しいだろう。

 実咲はと言えば、あれから術の使い過ぎで気を失っていた。希咲はまた庭の土蔵に彼を押し込めた。

 真鶴は今も、稲神の本殿の中にいる。多分、これからもずっと。もう塩害の荒御魂は去った。希咲が去らせたからだ。真鶴は実咲の命乞いだけはしたが、それ以上にかばい立てはしなかった。

「さて、これから華族令による裁きが必要だが、さすがに私でも、この深夜に尚記を叩き起こすのは気が引けるな。尚記の庭先での裁きは明日でかまわないだろう」

「希咲様、それでよろしいかと存じます」

 よろしいかと存じます。こんな庶民の立場からすれば堅苦しいとも言えるような言い回しを教えてくれたのも宮津湖だった。

 武家の人々の間に伝わる言葉遣いだ。鷹見は村の育ちであったから、華族に直接仕えるような礼儀は身に着けていなかった。それを身に着けさせてくれたのは、宮津湖のお陰だ。

「宮津湖、ありがとう。そして済まない」

「なあに、いつ如何なる時も誰であっても、それぞれの役割を果たすまでのことだ。おれにはおれの役目があり、お前にはお前の、それだけだ」

 宮津湖は主に向き直る。

「それでは南城様、私はこれにて失礼をいたします」

「こんな夜に、よく駆けつけてくれた。こちらこそ礼を言う」

「当然の事をしたまでです」

 宮津湖は物静かな佇《たたず》まいから、ゆっくりと礼をした。

「それでは、失礼をいたします」

 宮津湖は門から出てゆく。その背を見送りながら猛狼は、にやにやと笑う。

「あいつも素直じゃないな」

「本当は宮津湖も泊まりたかったのだろうか」

「違う、違う」

「じゃあ何だ?」

「南城様やお前の言葉が嬉しいのに、そうとは言わない。素直じゃないよな」

 そう言って、また笑う。

「俺の言葉も嬉しい、と思っているのか」

 そんな鷹見の様子を見て、彼の主も、ふふと笑みをこぼした。

「思っているだろうな」

「そうですか! 希咲様がおっしゃるなら確かですね」

「お前な」

「いや、冗談だ。猛狼、ありがとう。気が楽になった」

 猛狼はやれやれと苦笑し、希咲と鷹見は心が晴れたように笑ってみせた。

 あくる朝。実咲は宮部尚記の屋敷の庭に引っ張ってゆかれた。希咲が付き添い、主の弟に縄を着けて引き立てて来たのは宮津湖だ。鷹見はこの場にいない。

「よし、分かった」

 宮部は希咲の心中を思い、何も余計な事は言わなかった。ただ、淡々と華族令の条文を読み上げ、実咲の罪状を告げ、裁きを下す。

「これから形代《かたしろ》の刑に処す」

 形代の刑とは、罪人の身代わりとなる人形《ひとがた》を薄い木片で作り、それを火にくべるか、水に流す儀式であり、刑罰だ。

 人形が仮に人であれば受けるであろう痛みは、人形の主《ぬし》が全て感じ取る。本当の身体には、傷も病も生じない。ただ、苦痛だけを生じさせる。

 実咲は刑からは逃れられぬと悟り、追い詰められた悲鳴をあげる。

「や、止めろ! あれは不幸な事故だ。殺すつもりはなかったのに!」

 宮部は、友人の弟だとて情けを乞うのには取り合わない。ただ静かに告げる。

「その不幸な事故がいつかは起こると知りながら、何もしなかったどころか、制御出来ぬ力を振り回していたであろう? しかもこの場合、召使いや、怒られていた当の鷹見には何の落ち度もない。華族のしたこととて許されはせぬよ」

 そこで、希咲でさえも滅多には浮かべぬ酷薄にも見える薄笑い。

「召使いたちの遺族の立場もある。我々はいたずらに民を敵に回すような愚かな真似はせぬ」

 実咲は、離れた位置に立つ兄を見た。兄は「仕方がない」と言うかのように首を横に振る。

「あ、兄上! 助けてください、兄上!」

 希咲は弟をじっと見つめながらため息をついた。いつになく疲れが表れている。尚記は、実咲の叫びを見ないかのように、

「形代作りはおれがやる。それでいいな、希咲」

と、兄の方に。

「ああ、頼んだぞ、尚記」

 希咲は、仕方ないと言いたげであった。

 作られた形代は、東の河に流された。流れに飲まれて海へと向かう。やがて海の崖から大海になだれ落ちる河の流れに運ばれて、人形は大海に沈むまで溺れ続けるのである。

 宮部はその刑についてこう言った。

「水に流されて溺れる感覚はいささかは苦しいぞ。大海に落ちてしばらくしたなら、そこで苦しみは終わる。それまでは耐えろ。それが、報いであり、償いだ」

 実咲は、宮部の屋敷の近くにある華族や武士のための牢に入れられた。長らく希咲が弟を閉じ込めていた土蔵と似ているが、中は木の壁でいくつかに区切られている。幸い、あまり使われることはなかった。

「終わったな、希咲」
 
 宮部と希咲は、華族令による裁きのための庭の一角に残ったままだった。宮津湖が実咲を牢まで連れて行ったのだ。

「ありがとう。だがあいつが心を入れ替えるとは思えなくてな」

「だったら一生、お前の屋敷の座敷牢だな」

「なあ、尚記。私はいささかと言う以上に責任を感じる。私はどうすればいい?」

「自分でやるべき事がある。誰にでもある。他者が代わりにやってやることは出来ない。たとえ兄弟でもな」

「ああ、そうだな」

 希咲は宮部の屋敷の庭に立ちながら天を仰いだ。

「きっと、そうなのだろう」

 今日の空はよく晴れていた。天高くさわやかな秋風が吹く中、希咲はそうやってずっと空を見上げていた。

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