復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第7話


 アルトゥールは、ジュリアと仲良くして欲しいのだと頼まれたことがある。 そう言ったのはハイランが言うところの『弱者』である。

 最も、それはジュリアン側の『弱者』であるから 、ハイランにとっては、どうでもいい存在なのだろう。あるいは 真実の教えに目覚めていない、哀れむべき存在かも知れない。

「仲良くしているつもりだが」

とだけアルトゥールは言った。相手はいたく不満のようであったが、その人物の願いを叶えるわけにはいかない。

 そうした人の言う『仲良く』たるや、ジュリアの、いやジュリアだけではなく彼女の周りにいる人々の気持ちを傷つけないように、細心の注意を払いながら付き合うことを意味する。それが分かりきっていた。

 それはどういうことであろうか。 最初からそうは要求するまいが、最終的には ネフィアルへの信仰について語るな、とさえ言うようになるだろう。目に見えている。

 それは厚かましい、あるいは傲慢な要求だろうか? いいや、彼らにとってはそれが必然であり 必要なのである。アルトゥールの存在そのものが彼らを傷つけるのであるから、最終的にはどうしてもそうならざる得ない。それが彼らの言う『仲良く』するである。

 別な言い方をするなら、出来るだけ違いを際立たせずにいろという話である。アルトゥールにとって、あるいはジュリアにとっても、気にならないほどの違いでも、彼らにはとてもとても気になる違いだ。 その違いに傷つく。であるからこその『弱者』である。

 なるほど、確かに彼らはそのような傷つきやすい存在であるからこそ、誰かが何とかしなくてはならないのだろう。

 率直に、そして正直に言って、アルトゥールは、何とかしてやる気になれなかった。それはジュリアン側にいる者にも、ネフィアル側にいる者にも、どの神を信仰している者に対しても、である。

 「それくらい我慢できないのか」が、 最も正直な気持ちである。そう、それが彼の 率直な気持ちである。公正のため、あるいは彼を必要としている者のために『仲良く』しなかったのではない。それが自分でも分かっていた。

 ハイランは違う。少なくとも彼は、心底からネフィアル側の『弱者』を思っているようである。ただし、ネフィアル側の『弱者』だけを。

「誰から頼まれたんですか?」

 ヘンダーランへの裁きを誰に頼まれたのか? ハイランに尋ねてみる。元より、まともに答えてもらえるとは思っていないが。

「さる貴族令嬢に」

「貴族の?」

 意外の感に打たれた。ヘンダーランと闇の月の女神の神官が狙っていたのは、貧しくて頼れる者もあまりいない若い女たちではなかったのか。

「そうだ。ヘンダーランへの処罰は終わった。後は好きにするがよい。そこの無礼者を連れてな」

 無礼者とはリーシアンのことであろう。説明されなくても分かった。

「勝手なことをおっしゃらないで。あなたを警備隊に差し出します。逃しませんわ」

「それは面白い。私はネフィアルが定めたものではない法にも従うが、 他の者にもそうしてもらう。 ヘンダーランがここで何をしていたか、私は証拠と共に警備の役人に示そう。さて、どうなるか?  どうなると思うかね、お嬢さん」

「それは……」

「ジュリア、やってくれ」

 ジュリアン神殿が騒ぎになるのを避けたいのだろうが、事ここに及んで隠し立ては許されない。アルトゥールは、いや、アルトゥール『も』そう思った。

 ためらっている様子のジュリアを急かしてから、ハイランに顔を向けた。

「あなたは最初から、これが狙いだったんだ。そうでしょう?」

 ハイランは直接には答えない。

「君がここに来るのは分かっていると、そう言ったはずだ」

「その貴族令嬢は、どんなわけでヘンダーラン大神官を? どんな恨みがあったのですか。どうか教えてください。いかなる代償を、その方は支払わねばならなかったのでしょう」

「令嬢は代償を支払ってはいない」

「え、何ですって」

 アルトゥールも驚いて、改めてハイランをまじまじと見つめる。

「貴族令嬢は裁きの代償をネフィアル女神に支払ってはいない。代わりに私が支払った。痛みは私が全て引き受けたのだ」

 ジュリアは思いっきり若葉色の目を見開いた。アルトゥールは心底呆れたようにため息をつく。リーシアンは黙って何も言わなかった。軽く腕組みをしている。

「なんということをしたんですか。そんなことは許されることではない。代償は必ず、裁きを願う本人に支払わせるんです。あなたはそれを知らないわけではあるまいに」

「君にとやかく言われる筋合いはないな。君は何も事情を知らないだろう」

「その貴族令嬢は若く美しいですか」

 アルトゥールは皮肉げに言ってみせる。

「おやおや、君と一緒にされては困るな」

 ハイランは瞬時不快そうに眉をしかめたが、すぐにそう返してきた。
 両者の間に、引き絞られた弓のように張り詰めた空気が流れる。

 その時、屋敷の外から馬車が近づく音がした。ハイランに依頼をした貴族令嬢が来ているのを、ここにいる者全員がまだ知らない。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

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