復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第23話

マガジンにまとめてあります。


 ここはグランシア一人のために割り当てられた研究室である。布の垂れ幕で、寝台のある場所とは 区切られている。ここで寝泊まりも出来るのだ。

 グランシアは、他に住まいを持たず、ずっとここで暮らしている。ギルドに属する者の全てが、そのような特権を与えられているわけではなかった。

 金髪の女魔術師が扉を開けると、同じように淡い灰色のローブを着た女が二人いた。 グランシア よりも若い。まだ少女の面影がある。

 グランシアは二人に言った。扉の奥をのぞかれないように気をつけながら。

「今はくわしく話せないわ。大丈夫、私からギルド長に伝えるから」

「大丈夫なのね?」

 二人の女のうち、片方が尋ねてくる。グランシアはうなずいた。

「私を信用して。大丈夫よ」

 二人の若い女はしぶしぶ引き下がる。もとより、この二人よりもグランシアの方が、ギルド内での位階は上である。

「行ってくれたわ。さて、ギルド長に報告しなくてはならないのは本当よ。あなたたちも本来、ここに入れてはいけないのだけど」

「このテラスからまた下へ降りるよ」

「まだ話を全部聞いていないわ。聞かせてからにしてちょうだい」

 アルトゥールはうなずいた。

「ヘンダーランが僕とは別のネフィアル神官に裁かれた後、 リーシアンとジュリアも、僕と一緒にそこにいた。そのネフィアル神官はハイランと言って、リーシアンの言う通り、かなりの危険な男だ」

「そうなの。あなたがそう言うなら、きっと本当に危険な男なのね」

 グランシアがその整った眉をしかめた。アルトゥールは続ける。

「ハイランは僕とジュリアに従うように言った。僕たちは拒絶して戦いになり、ハイランは逃亡した。ヘンダーランの屋敷の中は荒れ果てていて、中の者は皆死んでいた。僕とリーシアンが屋敷の中を調べて、それでこれらを見つけたわけさ」

 まだろくに調べないまま、これらの書物だけ運び出したのさ、と付け加える。

 アルトゥールは意図的に、ラモーナ子爵令嬢とその従者のことは言わなかった。あまり彼女らの話を広めたくはなかった。グランシアなら口外しないでいてくれると信頼してはいたが、それでも黙っていることにした。

「そう、聖女様もいたのね」

「ヘンダーランに行いを改めてくれるように言いに行くつもりだったらしい。屋敷の前で僕と会ったのは偶然だが、彼女は僕が裁きを下すのを止めようとしたよ」

「そう」

 グランシアは、何かを考えているような表情になる。

「聖女様と戦ってでも、裁きは断行するつもりだったのね」

「そうだ。ま、彼女からすれば、僕も充分やばい奴さ」

 グランシアは目を大きく見開き、呆れたような素振りを見せた。

「そうね、やばい奴でなければ、いきなりこんな風にやって来ないはずよ。聖女様は本について何も言わなかったの?」

 グランシアは冗談めかした口ぶりで話している。しかし、彼女のアルトゥールの行いへの思いは複雑だった。

 本当を言えば、未だ多くを占めるジュリアン信徒に堂々も正面から逆らうのは止めて、魔術師ギルドと行動を共にして欲しいのだ。

 それは神官であることを辞めて、魔術師としての修行をしろという話ではない。ネフィアル神官として協力して欲しいのである。

 それが互いのためになると、グラシアは考えている。しかしそれをアルトゥールに告げたことはない。

 告げたところで聞き入れはすまい。もし仮に、グランシアが魔術師ギルドの研究を止めろと言われたなら。果たして聞き入れるだろうか?

 そう、自問するのだ。

 同じようにアルトゥールには、彼自身の考えと生き方があるのだ。グランシアにはそれが分かっていた。

 それが分からない人間もいる。

 青い煙は今、アルトゥールの背後に集まり、人のような形をしていた。アルトゥールたちが、ヘンダーランの屋敷で見た怪異な姿ではない。ただ青い煙の人型である。

「この青い煙は異界から召喚された魔族だ。〈法の国〉時代に神技によって召喚された。この中にある一冊の書物に封印されていたんだ。 名はマルバーザンという。彼が言うには、他の書物は皆〈法の国〉時代の書物の写本らしいが、何か危険なことがあるかも知れないから、ここに運んでもらったんだ」

「そう、分かったわ。ところで、あなたたちがここに来たと分かるとまずいのよ。外の人間は三階までなの。それでもかなりの特権なのだと理解してね」

「分かっているさ」

 貴族でさえ大抵は、一階の応接室に通されるだけだ。無論、それなりの丁重な扱いはされるが。

 アルトゥールは知っている。グランシアは、アルトゥールが知っていると、知っている。この青年ネフィアル神官の力を、ギルドが必要としているのを。

 ギルドはリーシアンに対しても同じように自分たちに協力して欲しがっていた。臨時雇いではなく、常に、である。しかし、遠い北の地を故郷とする戦士より、同じジェナーシアの生まれ育ちの青年の方を、ギルドではより重んじていた。

 それに、神技の研究だ。神々から与えられる力をも、魔術で再現したいと、魔術師ギルドの野心があるのだった。

続く

ここから先は

0字
霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

お気に召しましたら、サポートお願いいたします。