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英雄の魔剣 5

 第一公爵家の令嬢サーベラは、帯(おび)からワンドを抜き取る。騎士が剣を正眼にかまえて礼を示すように、眼前でワンドをかまえ一礼する。
 アレクロス王子も同じように魔剣をかまえて礼を返した。そのまま言葉はない。
 息を三度ばかりすると、王子はサーベラ姫に言った。

「『私』がこの国を守り、敵を倒すために貴女の力を貸してくれ」
 アレクロスは告げ、サーベラ姫はわずかに目を見開いた。姫はすぐには答えない。
「俺は英雄になる。真の英雄に。姫は真の英雄とは、いかなる人間だと考えているか、どうか俺に聞かせてくれ」
 サーベラ姫はにっこりした。白薔薇のごとく優雅な笑みである。
「真の英雄とは、自らの信じた道を突き進む方です。驕(おご)らず、油断もせずに。そして味方を信じる方です。信じるに値する者を惹(ひ)きつけ、大切にする方です。そして」
「そして、何だ」
 アレクロスは先を促(うなが)す。
「自分の限界を知り、自信に満ちていながらも、決して自惚(うぬ)れない方です。そして私を、共に戦わせてくださる方です」
 そう言うと、姫は魔弾を放った。不意打ちである。魔弾を放つと同時に、大きく後ろに跳んで王子から距離を空ける。
 王子の方は少しも怯(ひる)まず、放たれた魔弾をこくごとく躱(かわ)してみせた。
 魔弾は黒く小さな鉄の弾(たま)、稲妻が地に下りるほどに速い。

「姫の条件は厳しいな。だが、そうなってみせよう」
 アレクロスは冷静なままに宣言した。サーベラ姫は答えない。次に姫の口から出たのは、人造生命を呼び出す言葉である。
「花弁(はなびら)の騎士よ、出(い)でよ」
 サーベラ姫が命じると、姫の前に花弁に包まれた美しき存在が出現する。白い大きな薔薇の花弁を全身にまとい、茨(いばら)をらせん状に巻きつかせ、より太い茨を武器として両の手に持っていた。人間のような性別はなく、男でも女でもない。自らの意思や感情を持たず、呼び出した者の命に服従する。

――攻撃される前に、やる。

 王子は前に跳んだ。花弁の騎士に肉薄するが、剣を茨に阻まれる。刀身と両手を絡み取られた。たかが茨と見えたが、鋼(はがね)よりも頑丈に思えた。

――しまった、油断した。

 アレクロスは何とか剣を自由にしようとする。そこにサーベラ姫の一声が響く。
「ご無礼、お許しを」
 花弁の騎士は王子に体当りしてきた。鎧に覆(おお)われていない部分。そこに茨の棘(とげ)が刺さる。茨にがっしりと抑え込まれる。振り払おうとするが出来ない。
 じんわりと衣服に血が滲(にじ)んでくる。
「くそ!」
 身分に相応しからざる言(げん)を吐き捨てる。自分でそれに気が付いて、気を緩(ゆる)めぬようにする。臍下丹田(せいか たんでん)を意識した。自然とそこに力が入る。不自然な力の入りようではない。泉の湧き出るように、自然な気力と精力が心身に満ちてゆく。痛みは薄れ、出血も止まった。

「参(まい)る!」
 黒き魔剣をかまえ直し、茨を断ち切った。
 公爵令嬢は火弾を放ってきた。同時に五発が轟(とどろ)く。アレクロスの左右と上下から同時に襲い来る。大きく弧(こ)を描く残りの一発は背後に回り込んだ。それを王子はかろうじて視界の隅(すみ)に捉える。
 床に伏せてかわし、下からの一弾は甘んじて受けるしかないと判断。幸いなことに鎧の防御は完璧だ。痛みと熱さが瞬時だけ感じられたに過ぎない。
 それでも常人には耐え難い苦痛であろう。王子は、たとえ魔性の鎧をまとわなくとも常人ではなかった。王族として国民(くにたみ)を守るべく、子どもの頃から厳しい訓練を為(な)してきたのだ。

――それにしてもサーベラ姫は容赦ない。

 アレクロスはそう思った。同時にこう考える。そうだ、そうでなくてはならない、と。

――わずかでもためらうな。容赦はするな。

 そう思う。このくらいに耐えられなくては、どの道、この国の命運は尽きる。

 世継ぎの王子の思いが通じたのか、サーベラ姫は花弁の騎士に魔力を注ぎ込んだ。直ちに茨の武器は修復された。次の瞬間、それは鞭のようにしなやかに王子に叩きつけられてきた。
 だが前ほどの勢いはない。修復力には限りがあるのだ。それはすでに王子も知っていた。
 後ろに、ではなく上に跳んで避ける。
 巨大熊の実験体にしたように、上からの攻撃を仕掛ける気であった。さすがに花弁の騎士は素早い。茨の武器は上部に伸びてきた。
 からめとるつもりであろう。そう見て取るが、空中ではかわしようがない。こうなると頭上高くに跳んだのも、かえって不利となる。かくなる上は、茨を剣で断ち切るしかあるまい。瞬時の判断である。王子はそうした。だが断ち切れたのは片方だけである。もう片方は残ったままだ。花弁の騎士は、上から落ちてくる王子を避けることなく、そのまま受け止めた。抱き付き、茨と棘(とげ)の死の抱擁(ほうよう)を捧げてきた。
 しかし今度は比較的簡単に振り払えた。相手のスキを見て剣で斬(き)り込む。花弁の騎士は大きくよろめく。次にサーベラ姫の魔弾が放たれる。王子は、姫を守る騎士を盾にした。花弁の騎士は、姫の魔弾を自らの身に受けた。
 赤い薔薇の花弁が散る。騎士は片膝を床に着いた。
「これで終わりだ!」
 王子は一喝(いっかつ)して、剣を一閃(いっせん)した。
 次の瞬間、花弁の騎士は床に倒れていた。ひくひくとうごめく茨も、やがて微動だにしなくなった。

「お見事でございます」
 サーベラ姫の敬服の声。姫もまた片膝を床に着いた。普通の最上礼よりも、さらに低く上半身と頭を下げ、降伏の意を表す。
「王子殿下に心からの忠誠を誓います。我が〈呪縛の忠誠〉をお受けください」
 〈呪縛(じゅばく)の忠誠〉。
 それは一生の間、無条件の忠誠を相手に捧げる呪縛である。魔術師が自らに掛(か)ける呪いとされてきた。忠誠を捧げるに値せぬ主君からは離れる権利がある。西方世界に共通のそうした不文律を、この魔法の呪縛は断ち切るのである。よほど主と決めた者を信頼しているか、さもなくば自殺行為であった。
「よいのか」
「はい、もう決めましてございます」
 王子は親友セシリオを見た。セシリオは静かに頷(うなづ)く。妹の決意を承認した。もとよりセシリオが反対しても、どうしてもとあればサーベラ姫の誓いを止められはしない。
「分かった。そなたの決意、しかと受け止めたぞ」
 アレクロスはそう答えた。
 その瞬間、〈呪縛の忠誠〉は成立した。

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