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【和風ファンタジー】海神の社 第九話【誰かを守れる人間になれ】

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 半刻ほどで鵺《ぬえ》の未熟身《みじゅくみ》をあらかた始末した。窪地《くぼち》には多数の鵺の仔の死体があるが、直《じき》に自然界の活力となって流れ去るはずだ。

 猛狼《たけろう》は三匹分の鵺の尾を切った。

「これだけしか持ってはいかないが、窪地《くぼち》にたくさんの鵺の仔《こ》がいたと申し上げても信じていただける」
 
 他の二人にも否《いな》やはない。

 退治した鵺の未熟身は新たなる荒御魂《あらみたま》となり、多かれ少なかれ人々に害を及ぼすであろう。それを妨げる方法はない。自然界の力は人の都合には従わず、人が決めた善悪にも関わりを持たない。

 もしも荒御魂《あらみたま》が消滅すれば、和御魂《にぎみたま》による恩恵もないのだ。自然界は、仮に荒御魂が消えたなら全てが虚無《きょむ》と化《か》すのであろうと言われている。

「『荒の変り身』が今後も出るかも知れぬゆえ、華族の方にこの場の清めをしてもらわねばならぬな」

 宮津湖が言った。

 鷹見は黙って二人の会話を聞いていた。二人の武器と違って、自分の太刀《たち》と弓は伸縮自在にはならない。武器の威力を調整出来ず、だから強化も手加減も出来ない。それでも並の人間は相手にはならぬが、鷹見はそれでは不足に思っている。

 希咲が復活した今では、『気』を譲り渡したのを後悔する気は失せていた。もちろん希咲を恨むつもりもない。他ならぬ希咲に認められたい。その一心だった。

 その内心をここにいる二人は充分に知っている。

 鷹見は口に出てはこうとだけ言った。

「希咲様に報告しよう。宮部様は今はお忙しいようだ」

 続けて、

「大きな鵺は何処《どこ》から来たのだろう。昨日退治したのと、今晩に一庶民《いちしょみん》が見たという鵺は」

「さあな、もういなくなったのか。また現れるかも知れない。ここで隠れて見張ろう」

 猛狼の提案に宮津湖も同意した。

「よし、ではそうしよう」

 三人はお互いに少しずつ離れて、木の影に身を潜《ひそ》めた。元よりここは暗く、月と星以外に光はない。御霊狩りも華族と同じように大抵は夜目が利く。鵺の来るのを見張るに不都合はなかった。

 鵺《ぬえ》もまた夜目が利く。上手く隠れねば見つけられるであろうが、そうした技にも長けているのが御霊狩りなのだ。

 夜に活動する鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。暗闇の中に葉擦《はず》れの音に混じって聞こえる声には、神秘と、何とも言えない不気味さがある。鵺の鳴く夜でなくとも、常人ならば恐ろしさを感じるであろう。

 と、その時。鵺の未熟身の折り重なる下の方から、何かが突き上がって来た。死体の群れが大きく盛り上がる。

 もっと早くに見つけていれば鵺が近くまで飛来しなかっただろう。これだけたくさんの幼体も発生しなかった。荘園の北側の守りの山には、調べに入る者もいなかったのだ。

 宮部ですらそんな指示は出さなかったし、希咲も何も言わなかった。いかなる神々にも荒御魂があるのならば、こうなるのは当然だが、考えの死角になっていた。

 海や川の泡や波、野の草の一本一本にまで神々は宿るのだから、全てをあらかじめ調べて回るのは出来ない。それでも、大きな力を持つ神々ほど荒御魂もまた強い力を発する、と分かってはいた。

「来るぞ」

 猛狼は警告を発する。

「大きいのが来るようだな」

 宮津湖は長槍をかまえ直す。

「今までは隠れていたのか?」

 誰にともなく発する問い。鵺の仔が始末されてゆく中で、じっとしていたとでもいうのだろうか? と、それが鷹見の疑念だ。

 《《それ》》は姿を現した。

 巨大な鵺であった。昨夜射殺したモノの十倍、狼《おおかみ》ほどの大きさだ。それは身軽に仲間の死体を飛び越え、鷹見の方に向かってきた。
太刀をかまえて迎え討つ。

 太刀は鵺の脚《あし》を捉《とら》えた。切り落とすまでに至らない。傷を負わせたが血は流れぬ。黒い『気』が煙のごとく流れるのを見た。

「その『気』を吸い込むな!」

 宮津湖が叫んだ。

 むろん吸うのは禁物だ。生き物から『気』を吸ってはならない。人間からも。まして『荒の変り身』の『気』を吸うのは致命的だ。

 鷹見は言われるまでもなく息を止めた。巨体鵺をやり過ごしてから、背後に飛んだ《《それ》》に向き直る。

 完治する前の希咲の姿が心に浮かぶ。もしあのまま治らなければ、俺はどうしていただろうか。

「こんな時に余計な事を考えるな」

 宮津湖の声が飛んだ。鷹見は気持ちを落ち着けようとして息を吐く。表にはっきりと分かるほど、動揺していたつもりはなかった。

「済まない」

 宮津湖や猛狼がそうするように、自分も武器の太刀を大きく伸ばせればいいのにと思い、今はそれを考えても仕方がないと思い直す。鵺は太刀が届かぬ木の上から見下ろしている。鷹見は素早く矢をつがえた。射る。

 太刀から持ち替えるのに間が空いた。矢を放つまでに鵺は隣の木に飛び移る。

「外したか」

 これまでに見た鵺よりもずっと大きい。そんなモノが高く木の上から見下ろしている。猿の形をした顔面には、どこか人にも似た知力を感じた。なおさらに不気味だ。

 鵺は、キヒキヒと笑った。見間違いではなく、明らかに嗤(わら)っていた。

「こいつ」

 鷹見は思わずつぶやく。不気味なだけでなく、底知れぬ不可解さもある。これまでに見た、衝動のままに行動する鵺とは違っている、そう感じた。

 風が吹いてきた。辺り一面で葉ずれの音が鳴り渡る。御霊《みたま》狩《か》りは夜目が利《き》くのだが、耳でも鵺の動きを探っていたのが、葉ずれの音に邪魔されてしまった。

 鵺は巧みにその身体《からだ》を木陰に隠した。全身が隠されたわけではないが、暗い中で見え難《にく》い。

 背後からまた音がした。振り向いている暇はないだろうと判断して、後の二人に任せる。

 鵺がいるのはこの辺りだと見当をつけて、その場に向かって矢を放った。

続く

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