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【ヒロイックファンタジー短編】父殺しの聖剣 第3話【自作テンプレート使用】

 1話から2話はこちらです。



 サジタリスとバルゴニサ姫は、アグリアスの城に入城した。城は陽光に照らされた新雪のように純白に輝き、ところどころに水晶の透明な尖塔も見えた。

「何という美しい城だ」

「ここに私の叔父であり、この領地を治めるアグリアスがいます。私の父と母もこの城に、大きな居室を与えられています」

 城の召使いたちは口々にバルゴニサ姫の無事を叫んで喜びを表した。

「姫君のお帰りだ!」

「バルゴニサ様がご無事にお戻りになった!」

「バルゴニサ様がお連れになっている戦士は何者だろうか」

「なんと凛々しくたくましい若者だろうか。きっと名を知られた戦士なのだろう」

 サジタリスは姫に言った。

「私がダウロスの息子と分かっても歓迎してくれるのでしょうか」

「貴方がお父上の手から私を救い出してくださったと言います」

 バルゴニサ姫はそうした。

「それは何という素晴らしいことでしょう!」

 城の者は皆サジタリスを歓迎してくれた。

「さあ、ようこそ。領主様もお待ちです」

 バルゴニサ姫は出迎えた侍女に付き添われ、服を着替えに自室へと向かった。男の召使いがサジタリスに、

「こちらへどうぞ。姪のバルゴニサ様が無事にお戻りになったので、助けてくださった貴方を、アグリアス様が歓待なさいます」と恭(うやうや)しくお辞儀をして言った。

「それはありがたい」

 サジタリスは召使いに付いて、領主が謁見をする玉座の間に入っていった。そこには、精巧な浮き彫りを施した水晶の玉座に座るアグリアスの姿があった。水晶の玉座は窓から入る陽光を受け、虹色に彩られる。

 玉座の間も城の他の場所と同じように、新雪の白と水晶の透明で満たされていた。それだけなら清らかな品はあっても、やや飾り気に欠けたのかも知れないが、壁にはタペストリー、床には絨毯(じゅうたん)があり、どれも第一級の芸術品である。神話の時代、古(いにしえ)の帝国の時代の風景が素晴らしい絵となって織られていた。

「ようこそいらした。近隣の領地の方。サジタリス殿、姪のバルゴニサを助けてくれて礼を言う。何か欲しい物はお有りか? 吾(われ)に出来ることであれば何でも言ってくれ」

 バルゴニサの叔父は品格を備えてはいるが、物言いは柔らかで気さくな感じさえした。ダウロスと異なり、年相応の加齢が見える。褐色と白が入り混じった髪に、ややしわの目立つ顔立ち。

 髪と肌の色に合う褐色の服を着ている。動きやすそうな簡素な作りだが、よく見れば同じ褐色の糸で彫刻のような精緻な刺繍が施されている。高価なガラス製のビーズもそこかしこに散りばめられ、厳かな煌(きら)めきを放っていた。

 服を着替えたバルゴニサ姫が、叔父であるアグリアスの傍らに現れた。すんなりと背筋を伸ばして立ち、絹の藍色のドレスはたっぷりと布を使った長いスカートが裳裾(もすそ)を引いていた。

 姫の衣装には細かな宝石が刺繍糸で縫い付けられていた。ダイアモンドとエメラルド、それにサファイアとラピスラズリ。

「欲しい物、でございますか」

 サジタリスは思案した。

 バルゴニサ姫を、と言い掛けて止めた。それはまだ早い。今それを言えば非礼になるであろう。バルゴニサ姫の美しさだけでなく、立ち振る舞いが気品に満ちていること、道中での賢明な心配り、勇気と沈着さ、そうしたすべてが魅力であった。

 父はバルゴニサ姫をどう思うであろうか。父はこのアグリアスの領地を征服し、バルゴニサ姫を戦利品として息子の自分に与えたかったのであろうか。

 ああ、おそらくはそうなのであろう。

 サジタリスはこの地の領主の前にひざまずく。

「アグリアス殿のお知恵をいただきたく存じます。私にはどうすることもできない父との一件で、あなたの知恵をいただけたなら、と思うのです」

「お父上が我が領地を狙っておられると、吾は気が付いていた」

 アグリアスは静かに答える。

「私は一体どうしたらいいのでしょうか?」

「それは吾が言うことではない。君が自分で決めなければ意味がないのだ」

 アグリアスの声も態度も物柔らかで、威圧的な風は少しもない。それでいながら、侵し難い風格を感じさせもするのだ。
 
 サジタリスの父とは違っていた。ダウロスからは、常に畏怖をもたらす何かが漂っていた。息子に対してもそれは変わらなかった。

「自分で決めなければ、ですか。アグリアス殿、あなたは何も教えてくれないのですか?」

「吾の言うとおりにするだけでは駄目だ。自分で判断しなさい」

 サジタリスはすっかり迷いの中にはまり込んだ。父親のもとにいたときには、何もかもを父親が采配した。サジタリスは従っていればよかったのだ。何も迷うことなどなかった。今は違っている。アグリアスは何も指示せず、言うとおりにさせようともしなかった。

「我が父ダウロスを止めたいですが、戦いたくはないのです」

「サジタリス殿は、戦わずに意志を通すのが可能と思われるのか」

 ダウロスの息子は黙った。アグリアスだけでなく、バルゴニサ姫も自分に視線を注いでいる。そのまなざしは静ひつで、どこか憐れみを感じさえした。

「……いいえ」

 サジタリスは大きく息を吐き出す。

「いいえ!」

 もう一度、今度ははっきりと。

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