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インチキ・アーティスト・スター10

 とりあえず春は来たが、世界は新型肺炎で、花見どころか選抜高校野球まで自粛した。オレは死んでもかまわないので、まだ肌寒い午前中のサクラの下で、アルコール依存症のFとモーニングビールを飲んでいた。

「オレが神様なら、クソ人間どもなんて根こそぎ滅ぼすね」と言ってFは巨大なゲップをした。

オーストラリアが燃えたり、南極が溶けたり、災害続きでこの星は忙しい。この星で生き抜くの、オレにもはちょっと無理だと思っていた。中国の人身売買のビデオで、まな板の上で言葉を覚えたてくらいの少年が、まな板の上でスースー眠っているサムネイルだったが、オレは再生できなかった。

戦争のフィルムなど完全に無理で、保健所に捨てられて死を待つ悲しい目をした犬を見るのすら無理だった。

この死と暴力の星で、オレは現実をまっすぐ見ながら、生きていく自信がない。目を背ければ背けるほど、見えるものが世界にはある。

どうせ、くたばるなら一つくらいはマシな、作り物のインチキでない人生の物語があるほうがいい。

オレにとって、その物語は高校生のころで、懇親授業で養護学校の掃除に行ったときのことだ。養護学校の生徒と一緒に掃除をしたあと、交互に整列し、隣の養護学級の子たちと手をつなぎなさいと教師が言った。女達はキャーキャー悲鳴を上げ、嫌そうにつまむように手をつないだ。

オレは一瞬にして、この女たちが大嫌いになったが、後ろから小学一年くらいの少女がオレのそばに来て、オレの手を嬉しそうに握った。もう片方の手は男の子と手をつないだ。

「あの少女がいなかったら、オレはもっと人間嫌いになっていた」

オレは当時、同じクラスだったFに語りかけると、「覚えていない」と即答された。

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