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【詩】じっと

じっとしている
何も動かない
何も聞こえない空間に
気配が見える
過ぎてゆく摂理の幻だ
何もかもじっとしているのに
聞きおぼえのない視線が
どこからか
語ろうとしている
あたかも
水平線のむこうに浮かぶ
蜃気楼のもとにあるはずの
潮のゆらめきのように
見えるはずのない音の色が
息をとめようとして
何もないはずの空間にむけて
問いかけているのか

じっとしている
何も動けない
何も聞くことのない時間に
気配を見失う
過ぎていった幻の足跡だ
何もかもじっとしているようで
そこにうごめくざわめきを
とめることはできない
まるで
実態のない存在の
息づかいに触れるような
ぬくもりのかすかな揺らぎが
目のまえで、波をうつ
本当でありたいともがく
虚飾の真実を拒んで
明日は涙を流すだろう

じっとして
動かない空間に
何かを求めようとしても
そこにあるはずのにおいも
あるはずのない手ごたえも
虚しくつかんだてのひらに
こぼれおちていくように
実感なく透きとおる
声を放とうとしても
すべて背徳の報いに伏して
たじろぐように
ひざまずいてしまう
それでも、今日は鏡のむこうに
浮かび上がるわななきを見て
渇いた喉をいやすのだろう

目をとじれば
じっとしていることさえ
めまぐるしい動きとなって
騒がしい光と化して
とどまり続けることなどないのに
なぜ、まぶたは開いているのだろう
動こうとする一瞬を
見とどけようとしているのか

じっとしていたい
じっとしていさえすれば
何かが通りすぎていく瞬間を
みじろぎもせず
見守り続けて
待ち受ける暗闇の中に
放りこもうとする不滅の望みを
じっと抱え続けている


©2022 Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。