見出し画像

VAMP 第二話

第二話:戯曲


「それでさぁ、色々実験されたんだけど……何回も変身したり、”吸血鬼ヴァンパイア”で居過ぎたりすると馬鹿になっちゃうみたい!」
「えぇ……だからそんな感じなの」

二日ぶりに自身の恩人(?)と会った雨田カナエは、青年の雰囲気が変化していたことに驚いた。
元々顔が良いだけで賢そうには見えなかったが、今は輪をかけて頭のネジが何本か足りてない印象だ。

(大体、自分が実験されてることを何とも思ってないのヤバイって)

「なんか脳疲労だかで、時間経てば元に戻るらしいけどね」
「そうなんだ、良かったね。ところで、何で私と話そうと?」
VaSCOヴァスコの関係者だったって聞いて、普通に元気かなぁと。あとは服返して欲しくて」
「あ、そういえば……思いっきり忘れてた。ごめん」

混乱に次ぐ混乱。
あの日、カナエは目の前に次々と訪れる現実に、ただ一つ一つ対処することすらできなかった。

結局、朝方まで事情聴取を受け、始発で家に帰宅。
もちろん仕事は休み、そのまま泥のように眠った。

起きた時、自分が生きていたことが本当に奇跡だったのだと、そう思った。

「じゃあ、洗ってそのVIPルームの五号室まで持っていくから。いつが都合良い?」
「いつでも! 部屋に居なかったらドアの前とか置いといて」

(なんか、もうちょっとダウナー系イケメンを想像してたのにな。でも、この感じも割と嫌いじゃないかも)

「あのさ、”吸血鬼ヴァンパイア”から助けてくれてありがとね。ちゃんとお礼言ってなかった気がして」
「——え? 何か言った? それよりここってタバコ吸っていいのかなぁ」

良いか悪いかを確認する前に、彼は既に火をつけている。

(やっぱこいつ、ただの馬鹿じゃん!)

スプリンクラーの雨に濡れながら、彼女はそう思ったのだった。

「あのさぁ、キミって後先考えたりせぇへんの? 普通建物の通路は火気厳禁て分かるよなぁ」
「はい、仰る通りでございます」
「何でボクがこんな奴の相手せなあかんねん。どーせなら可愛いおねーちゃんが良かったわ」

VSCO本部の地下にある訓練場。
吸血鬼ヴァンパイア”による攻撃にも、ミサイル攻撃も、砲撃も防ぐ特殊な装甲壁を使ったこの場所で、治安維持部隊の隊員たちは日夜訓練に励んでいる。

第五隊隊長である北谷ナナキは、上から押し付けられた面倒への鬱憤を、その面倒自身に対して発散していた。

「そもそも、や。天然モノの”血戒者ロザリア”ってなんやねん! 要は人間と”吸血鬼ヴァンパイア”のハーフってことやろ? めっちゃ気色悪いじゃん」
「その標準語混じりの関西弁の方が気持ち悪いっすよ」
「は? 殺すぞ」

研究ルームの白とは打って変わって、今度は暗い灰色一色の部屋の中。
二匹の獣は、減らず口を叩くのを止めた。

「まぁええわ。好きにかかってくればええ。天然モノの実力がどんなモンなんか、ボクが確かめたる」

「”解放”や」

黒一色の戦闘スーツに紅のラインが入る。
普段は見えない北谷の赤黒い瞳が、さらに怪しく赤く光った。

「あんま自分で言う事ちゃうけどな、昔から女の子口説くんと剣道だけは得意やってん。遠慮せず来てええよ。こっちも全力で斬るわ」
「よく喋りますねぇ……」

金髪糸目の男は、スーツと同じく紅色のラインが入った刀を構えている。

「じゃ遠慮なく、いきまぁす!」

地面を蹴り、カフカは低い体勢のまま北谷の懐に飛び込む。
振り下ろされた刀を半身で避け、渾身の右ストレートを彼の腹へ叩き込んだ。

「おーい、キミなめてんの? 変身しとらんやん。生身の攻撃なんか効くわけないやろ」
「てへへ、自力の変身はまだ苦手で。大丈夫っすよ、死にかけたらちゃんと”吸血鬼ヴァンパイア”になりますから」
「ほんならそれまでボクは、生身のキミを斬らんといかんってこと? ホンマ嫌な役押し付けよるわ」

瞬間、カフカの身体は格子状に斬り刻まれた。

「そんで、ボクができるってちゃんと分かってくれとるみたいやね。ほらさっさと変身しいや」
「っあ……が、いてぇ」

意識が遠のく。
身体が一瞬、自分のものじゃなくなるみたいに感じて、温かな血の匂いが鼻腔を刺激した。

「あー、何回やっても慣れねぇ。でもこの全能感、虜になっちゃいそうだ」
「白銀の髪、深紅の瞳、鋭く伸びた爪と牙。ええね、紛れもなくキミ、”吸血鬼ヴァンパイアや。もう言葉は要らん」

後は精一杯、ヤり合うだけ。

左側から大質量の血による攻撃。
北谷は逆手に持った刀と腕で受け流し、大きく踏み込むと上段から袈裟斬りを放った。

「は?」

顔を殴られ、身体が後ろに倒れかかる。
今確かに放った攻撃は、相手を行動不能に至らしめるはずだった。

「いやいや……どないなっとんねん、イカレすぎやろ。どんな治癒力や」
「鼻頭殴られると痛いっすよねぇ。戦闘って無茶してナンボでしょ、っおぼぇ!」

片や大量の鼻血を出し、片や口から身体から血を噴出しまくっている。

「その量の出血は、流石に”吸血鬼ヴァンパイア”でもアカンやろ」
「見てこれ血でUFO作った」
「キミ、ホンマにいっぺん死んだ方がええで」

恐ろしい治癒力、そして自在に己の血液を操るセンス。
戦闘能力自体はザコカスなれど、かと言って素人ではない。

磨けば磨く程光る、才能の原石。

「やっぱ天然モノはちゃうなぁ。——イラついてしゃーないわ」

北谷の動き出しに合わせ、細かい針のような硬化血が飛んでくる。
それら全てを捌くと、目の端に捕らえた影に向かって、刀を振り抜いた。

金属同士がぶつかったような、鋭くも鈍い音が響く。

血で作られた球状の壁の向こう、カフカと北谷の目が合う。

「反射神経と動体視力では負けられへんのに。純粋に悔しいわぁ」
「北谷さん、腹減ったんで飯行きません?」
「調子狂うなぁ! ホンッマにお前何なん!」

危機感の欠如? 真剣さが足りない?
しかしながら、嫌でも分かる彼のこの純粋な、剥き出しの殺意。

善性と狂気の同居。面白い。

「あ、やば」

油断は禁物。
思わず上がった口角に、北谷は気を取られる。

「なにわろてんねん! ですよ」

声のする方へ視界を向けるより先に、彼の顔面は盛大にカフカによって殴られた。
数メートル程彼の身体は吹っ飛び、背中から着地する。

「これ力加減ミスったら先輩の首吹っ飛んでたな。……アレ?」

視界がぼやけ、身体に力が入らない。
全てが霞んでゆく世界の中で、北谷の声だけが頭に響いた。

「血ぃ使いすぎや。周り見てみい、血の海って表現が生易しいくらいやで」
「あ、これ死んじゃうヤツかも! やだやだ、死にたくないよぉ!」
「哀れな奴やなぁ。これに懲りたらもうちょい頭使ってくれ」

どれだけ時間が経っただろうか。
二人は、第五隊副隊長・夜久アマネの声で目を覚ました。

「あのさぁ、訓練だって言われてたよね。アンタたち少しくらい加減できないワケ!?」
「うっさいなぁ……隊長には敬語使えっていつも言うとるやろカスアマ
「あのー身体動かないんすけど。助けてぇ」

「HALさぁん、なーんで油そば屋なんスか」
「リュイ……脚本シナリオ執筆には炭水化物、塩分、脂質が不可欠だ。いつも言っているだろう」
「そんな白髪のガキの姿でいると目立ちますってぇ。周りオッサンしかいねぇし」

自分が翡翠の瞳を持つことを棚に上げ、青年は隣に座る小柄な少女の容姿が目立つと批判している。

「文句を言うな。これは私の大切な……」
「——気づきました? 異様な匂い、多分”血戒者ロザリア”っスね。それも二人」

ガラガラ、と扉が音を立てて開き、それ程広くない店内に店員たちの声が響き渡る。

「いらっしゃーせぇ!」
「三人や。座席はどっちでもええ」
「こちらどーぞ!!」

黒髪紅眼の男、金髪黒眼の男、黒髪黒眼の女。
全員同年代くらいに見える。

三人組は、彼らよりさらに奥側のテーブル席に座ったようだ。

「HALさん、いいんスか。VSCOはマズイっしょ」
「向こうはこちらに気付いていない。気付いたとしても、ただの奇抜な二人組だ。一人気になる奴がいる……アレは興味深い」
「同類か、もしかして禁忌スか? 匂いが不自然、いや、自然すぎる」

「なんか見られとる気ぃすんなぁ。不快やわ」
「それより、すっごい甘い匂いしません?」
「は? ニンニクの匂いしかしないわよ」

互いに互いの声はギリギリ聞こえない。
その後は特に何も無く、皆ただ麺をすするのみだった。

謎の二人組は店を出た後、A地区とC地区の境、広範囲に地盤が崩落し現在も立ち入り禁止の区域へと向かう。

神鳴戸かんなと』。

そう呼ばれるこの区域は、かつて自然発電する石が眠るという言い伝えがあった。

「ところで進捗は? 今のままのペースでは新世界はおろか、民たる新人類が生まれる前に人か”吸血鬼ヴァンパイア”が絶滅するぞ」
「そっスねぇ……芳しいとは言えませんが、俺たち五人に加えて最近一人また成りましたよ」

建物が立ち並ぶエリアを抜けて小さな森へ入る。

「ララ。毒を以て毒を制した、新たなる人類の六人目っス」
「そうか、ではまた顔合わせをしなくてはな。ロートやアズールは何をしている」
「アズールは東北っスよ。ロートはまたどっかで遊んでるんじゃないスか」

二人が瓦礫の隙間から地下へ降りると、そこには夥しい数の死体が転がった、コンクリート製の地下室があった。
その死体の全てが、何者かによって食べられたような形跡がある。

「蟲毒。我々は元より殺し合うようにできているらしい」
「今回もきっかり百体でしたよ……もう条件はバッチリっスね」


(Tips)
北谷と夜久は小中高一緒の幼馴染。ちなみに夜久が二歳年上。
先輩にも関わらず北谷はずっと彼女にタメ口をきいていたので、立場が逆転した今、彼女からは敬語を使われません。

第一話:喧騒
第三話:針路

#創作大賞2024 #漫画原作部門  #少年マンガ #青年マンガ #どっちだろ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?