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【短編ホラー】夢の話、残る痕

いつも怪我をしている叔父に、原因を尋ねる甥。


 夢でさあ……うん?そう、夢の話。

 なんでいきなりって、関係あるからに決まってるだろ。お前が聞いてきたんじゃない、その痣と眼帯どうしたんですかって、ずけずけと……。いや、怒っちゃないよ。なんにも疚しいことなんかないし。聞かれたから答えてやろうと思って話してんのに遮るんだもん。……だから夢なんだよ、原因が。まあ、端的に言えばさ、こういう体質なんだよね。

 血管が脆いとかそういう病的なやつじゃなくって……そりゃ健康体って言うのもおこがましいけどさ。自覚はあるよ、医者にも言われるし。行ったことあるだろ、向こうの佐伯さんとこの店抜けたさらに川の方の……そう、お前小さいときに迎え火の準備してたらテンション上がりすぎて思いっきりずっこけたうえに打ち所が悪くてそれなりの怪我したときに連れてったとこだよ。近所の医者ったらあそこくらいだもんな、あとは車ないとしんどいとこだ。ギリギリ歩いて行ける距離にあるだけありがたいんだろうさ。

 そこに居るだろ、口煩いジジイ。こんな辺鄙なとこで病院やるくらい偏屈なやつだ。あのひとだよ……毎月来いって言うくせに毎回言われるんだもん、うんざりする。診てもらってもなんにもないけどね、ちゃんと食えとか運動しろとか、そんな感じ。痣はさ、まあまあ痛むけどなんにもない。すぐ治るしね。

 でもなんで今更なんだ。毎年会ってるだろ、兄さん律儀に帰ってくるんだから……ああ、まあそういうのはあるか。いや、安心したよ、お前誰にでも無遠慮に聞いて嫌われてたりしないかって。……冗談だよ、いつもちゃんと空気読んでるもんな。もう大学生だもんなあ。早いね、この間までチビだったのにいつの間にか越しやがって。

 ああ、隠しちゃいないよ、見栄えが悪いから眼帯もするし長袖も着るけど。今の時期はしんどいけどさ、家ん中も店の方も冷房効いてるから。中に居ればなんとかなる。あんまり聞かれても困るんだけどね、こう……今のお前みたいにさ、夢がって言うと体より頭の心配される。大丈夫、正気だから。つっても本人曰くってなると信憑性無いけどさ、でも気づかない程度にはまともに喋れてるだろ。じゃあ大丈夫なんだよ、多分。一応医者も問題ないって言ってるし。

 ついでに家庭内暴力とかでもないから。あんまりじいちゃんばあちゃんのこと疑うんじゃない。怒ると怖いのはそう。昔はね、殴られたりしたけど。懐かしいね、兄さんと裏山の方に遊びに行って走り回ってたら見つけた祠におもちゃとかをさ、お供えの真似事したらこっぴどく叱られたんだ。ぶん殴られた挙句に蔵に半日。誰も見に来ないからおしまいだと思ったね……。流石にね、ちゃんと開けてもらったよ、一晩だけで。でもさ、祠を壊したとかじゃないんだよ、お供えしたの。それで怒られるってさあ、子ども心に腑に落ちなかったね。

 今となったらそうね……あれが原因だってね、思うんだけど。

 兄さんも一緒だったけど、なんともないだろ。今日もほら、半そでさらに捲り上げて精霊棚の準備してる。俺だけなんだよね。心当たりと言えば、備えたのが俺のおもちゃだったって、それくらい。

 まあね、因縁なんかどこでつけられてもおかしかないしね。その辺のヤンキーだってそうだろ。通りがかったからとか、目が合った気がしたからだとかで喧嘩吹っ掛けてくるじゃん。誰かしらいけそうな奴に因縁つけてそれなりのものを取れたら良いんだろ。それよか自分のとこに俺の物置いたってくらい関連があるのは優しい方なのかもね。理不尽ではあるけど。

 うん……聞いたけどね、どっちもよく知らないんだってさ。善意でも悪意でもなんでも、触ったらダメなやつってだけで。体力有り余ってる子どもくらいしかわざわざあんなとこ行かないしな、存在を知ってる人自体も少ない。お前も行ったらだめだからな。叔父さんとの約束。

 死ぬってほどではないんだけど、良くないことが起こる、くらいの話だった。曖昧過ぎるよなあ、危険なものだったらちゃんと言えばいいのに。マニュアルは血で書かれているとか言うじゃん。原因と結果くらいはさ、後世に残さなきゃ当たる奴が居るんだよ。知ってて好奇心で触るやつは自業自得じゃん。うん、忘れさせてなかったことにした方が都合が良かったのかも知れないけど。俺みたいな数少ない偶然触った奴無辜の被害者くらいならまあ良いかってことなのかね。死なないしね。

 で、まあ夢の話だよ。いつからだったかは正直よく覚えてないんだけどさ、怖い夢をね、見るんだよ。

 一応甥だから話すんだ。血縁にイカれ野郎が居たら嬉しくないだろうに、そんな顔するんじゃない。大丈夫なんだって、祖父母に父に医者のお墨付きだぞ。栄養状態以外は至って普通ってな。だから大人しく聞きなさい。お前が聞いたんだから。

 夢にさ、男が出てね。多分男。知らないよ、今時男装だってなんだってよく分かんないだろう。年取ればなおさらだよ。俺、佐伯さんのこと大学くらいまで男だと思ってたもん……今でも混乱する。まあそこはいい。とりあえず男の恰好したやつ、経帷子着てる。だからさ、多分人間。死人。元人間ったら良いか?祠の因縁もなにも知らないから断言はできないけど。崇め奉られる神様って感じじゃないんだよな。うん……神社仏閣その他諸々だって色々あるしそういうのもいるんだろう。まあ、ってことだ。

 くたびれた経帷子のやつにね、引っ張られたり、噛まれたり……する。控えめに言ったよ、お前の耐性がどれくらいから知らないから。大丈夫そうなら具体的に言うか?俺に負けないくらい細い腕してるくせに何本かあるのか分かんないそれでものすごい力して引っ張って俺の手だの足だの捥いでくる。あきらかに人間の生え方してない尖った歯で齧ってくる。で、起きるとそこが見事に痣になってる。昨日は目に指突っ込まれて搔き出されたあとにさ、食ってた。見せつけられても嬉しくない。ついでに首は一昨日。

 何回かさあ、端からちょっとずつ齧られたときは参ったね、一発で気をやれないから……。痛いんだよ、ちゃんと。起きたらね、普通にぶつけて痣できたくらいの痛みなんだけど。それにしたってその時はやられた方の腕全部ゾンビみたいな色になってたんだけどね。夢の中だとちゃんと捥がれて嚙み千切られる痛み。だからちゃんと睡眠時間は確保してるのに寝た気がしないんだよ。それでも夜だけだからね、最近は夜作業してちょっと寝て、昼寝してカバーしてる。それ以上夜の睡眠時間削ろうとしても起こしてくれないから仕方ない。おかげさまで死んでないよ。自力で補填する猶予はくれるんだ。

 家業の手伝いってんで一応置いてもらえてるしね、時間の融通はサラリーマンより全然効く。仕事だってね、できてるから。基本裏方だけど、表の仕事もできる。だから今のところそれなりの生活はできてるよ、見ての通り。今後は知らないけど。

 あとはあっちの気まぐれなんじゃないか。いつ飽きるか、飽きたらどうするかとかさ。やらかしてすぐ死んだりすれば怪異のせいだけど、何十年もあとだと判別つかないじゃん。飽きたら解放してくれるんなら良いけどね、あっちは何年生きてるのか――死んでそうだけど、まあ普通に数十年しか寿命ないやつらよりは気が長そうじゃない?あんな誰も寄り付かないところに居るんだし。だったら最初から齧るなって話なんだけどね。そこは趣味とか実益とかいろいろ、あるんだろ。

 困ることったらやっぱ痣だね、いろいろ推測するだろ?こんなんじゃ。長袖とか、できる限りはやるし、肩関節から綺麗に捥がれただけとかで調子が良ければ半そでも着られるんだけどね。そんなのはほとんどない。だからどうしても外出るのが億劫になる。学生のときはコケたとかファッションとか、そんなんで誤魔化せてたんだけど。今はどうもね。

 外出られない……痣だけのせいじゃないってまあ、その通りだよ。子どものころはともかくインドア派だからね、こうして古い本に囲まれてるほうが性に合ってる。ただそこそこ必要な用事ってなるとね、気分と痣の具合が合わない。だからさらに億劫。困るね。

 髪もさ、さすがに切りにいかないとなとは思うんだよ。もう結べるくらいになってるから邪魔だ。前髪もね、一応見えてるよ。うざったいけど。うちの家系みんな手先不器用なんだよね、俺も含めて。こうなってから最初の方は母さんに切ってもらおうとしたらさ、すごい髪型になっちゃって。渋々床屋行ったよ。あんときが俺の人生で一番短くしたときなんじゃないか。イメチェンかって笑われた。自分でやろうとしてもどうにも長さが合わなくってさ。だからおとなしく出かけることにしてるんだ。一応それなりにしようって気はあるからね。

 ……行きたくないなあ。しばらくは良いよな、多分。痣、この具合だし。

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