花春酒造(福島県・会津若松市)「純米大吟醸」

ショートストーリーとともに、日本酒のご紹介をします。日本酒に興味が無い方に読んでいただいて、日本酒に興味を持っていただき、実際に日本酒を召し上がっていただけたらと思います。福島住まいなので、ご紹介する日本酒は、どうしても福島のものが多くなります。

 元日の夜は、大みそかの夜と同様に騒がしい。

 夕方から始まったどんちゃんが一向に収まる様子が無い。

「こうなると、酔っぱらったもん勝ちだよね」

 真帆は、リビングから、空になったビール瓶を持ってここキッチンへと来ると、空瓶をビールケースに収納した。

「まあ、一年に一度のことだから仕方ないわ」

 そう言って、母は笑いながら、おつまみを用意している。

 親戚一同が会すると、老いと若きをひっくるめて総勢で二十名。年老いていればそれほど動く必要はなく、年若ければ遊んでいればよいのだが、不運なことに、真帆は御年二十四。老いと若きのはざまにあって、会社の中間管理職よろしく、上と下の面倒を見て、パタパタと立ち働いていたのだった。

「来年は帰ってくるのやめようかなあ」

 真帆が冗談交じりに言うと、

「一緒に大みそかと元日を過ごしてくれる男の人がいるなら、喜んでそうしてもらいたいけど」

 母がそんなことを言ってきたので、

「これ、持っていくね」

 大皿に盛られた乾き物と漬物を抱えて、リビングへと避難しようとしたところで、父が顔を出した。

「おお、真帆。お前も一緒に来て飲め飲め」

 赤ら顔で言う父に、真帆は、顔を横に振って、

「いいよ、わたしは。片づける人がお母さんだけになっちゃうでしょ」

 言うと、父は、意外にしっかりとした足取りで傍らをすり抜けて、食器棚に取りつくと、

「片づけなんて、明日でもいいだろう。ほら、母さんも来なさい」

 そう言って、ワイングラスをお盆に用意して、リビングへと帰る。

 真帆は母と顔を見合わせて、肩をすくめるようにすると、仕方なく父の仰せに従った。

 リビングでは、叔父や叔母や年上のいとこ達が陽気に歓談していた。

 そこに父が登場すると、やんや、と喝采が湧いた。

 父の席の傍らには大きな瓶が置いてあり、日本酒の一升瓶のようだ。

 とすると、これから飲むのは、日本酒なのだろうか。日本酒なのにまたどうしてワイングラスを? 訳が分からないながらも、まあ、酔っ払いのやることだからと、我が父の意味不明を鷹揚に許してやると、その父の手によって、ワイングラスの中に、日本酒が注がれた。

「今年一年の皆さまのご多幸を祈って!」

 父がグラスを上げて、今日何度目かのことほぎを行うと、みんないっぺんにグラスに唇をつけた。

 真帆も唇をつけたけれど、それほど期待はしていなかった。そもそも日本酒は好きではないし、こんなワイングラスなんかでグビグビ飲むなんて大したものではないに決まっている。そう思って、いざ飲んでみたわけだけれど、飲んでみて驚いた。

――美味しい……。

 華やかな香りに、すっきりとした味わい。こんなに飲み心地がいい日本酒、というより、お酒自体を飲んだことがなかった。真帆は、一口飲んだあとに、続けざまにくいっとグラスを傾けてしまった。そうして、ホッと息をつく。

 周囲から、「うまい!」の大合唱が上がっている。

「どうだ、真帆?」

 父が得意気である。しかし、これは得意気にされてもしようがない。

「なんていうお酒?」

花春酒造の純米大吟醸だ」

 話によると、このお酒は、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」というコンテストで、2015年度に最高金賞を取ったらしい。そのコンテストは、その名の通り、ワイングラスに合う日本酒を競うものである。ワイングラスは香りを立たせるのに向いた形状であるということで、日本酒の香りを引き立たせるため従来の酒器に代わってワイングラスを使うことが、この頃流行っているのだそうだ。道理で、ワイングラスで飲んだわけだ。

「なんだか日本酒じゃないみたい」

 真帆が、素直な気持ちを口にすると、父は、

「まあ、日本酒にも色々な日本酒があるからな。お前がこれまで飲んできたものとは違うかもしれない。しかし、これは間違いなく本物の、そして最高級の日本酒だよ」

 そう言って、皆のグラスにお代わりを注いで回ったあと、また真帆のグラスにも注いでくれた。

「ワイングラスに注ぐと、どうしても注ぐ量が多くなって、減るのが早くなるから、それが悲しいな」

 そんなことを言って悲しそうな振りをする父に、真帆が、

「花春酒造の純米大吟醸、だっけ? これなら毎日でも飲めるなあ」

 言うと、父がドキッとした顔をして、

「いや、これは特別な酒だからな。一年を始めるという特別な時に飲むべき酒なんだ」

 訳の分からないことを言い出したので、真帆は首をひねったが、

「ほら、ほら、お前ももっと飲みなさい」

 急かされたので、素直に、グラスの端に唇をつけた。
 
 一口飲むと、その甘美な液体は、舌にかすかな風味を残して、するりと喉を通りすぎて落ち、お腹をふわりと温めてくれるようである。

「美味しい!」
 
 周囲の合唱に、真帆は加わった。
 
 そうして、確かに、こんな美味しいお酒でもって一年が始められるなんて、何かいいことありそうだと、今年一年に対して明るい予感を抱いたのだった。

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