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女の子とウサとの哲学的会話「正直って損なの?」

〈登場人物〉
サヤカ……小学5年生の女の子。
ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。

サヤカ「ねえ、ウサ。今日学校の掃除の時間にね、わたしの班は教室の担当だったんだけど、班の男子が一人、ずうっとサボっていたの。それで、残りの5人で掃除をしたんだけど、掃除が終わったあとに、先生が来て、『綺麗になってるね』って、わたしたちみんなを褒めたんだよ。そのサボっていた男子も含めて」
ウサ「その男子がサボっていたせいで、サヤカちゃんたちはその男子の分まで掃除をしたのに、その男子まで褒められたんだ。それは公平じゃないねぇ」
サヤカ「そうでしょ! これじゃ、ズルした人は得して、正直な人は損しちゃうよ。正直って損なの?」
ウサ「これには、いくつか考えた方がいい点があるんだけど、基本的には、正直であると損をして、ズルした人は得ができるって言って、構わないと思うよ」
サヤカ「やっぱり!」
ウサ「全然勉強していないんだけど、カンニングしてテストでいい点数を取ったり、給食の時に自分のお椀にだけ多めによそったり、そういう風にズルをすることでズルした人は得をするし、その分、ズルをしなくて正直にした人は、しなくても済んだ勉強をしたり、よそってもらえる給食の量が減ったりして、損をすることになるよね」
サヤカ「なんか嫌だなあ、そういうの」
ウサ「どうしてズルをすると得するのかっていうとね、この世の中には、正直な人が多いからなの」
サヤカ「正直な人が多い?」
ウサ「うん。もちろん、一生涯ずうっと正直である人っていうのは、そうはいないと思うけど、大体の場合は正直に振る舞う人が多いから、ズルする人はズルができて、そうして、ズルした分だけ得をすることになるのよ」
サヤカ「正直な人が多いと、ズルができる……?」
ウサ「もしもね、ズルする人ばっかりの世の中だったら、どうなるか、考えてみて。たとえば、さっきのサヤカちゃんの話だったらね、掃除の班の6人が6人とも掃除をサボったら、掃除をサボることはズルになるのかな?」
サヤカ「うーん……みんながみんなズルしても、それでも、ズルはズルだと思う」
ウサ「確かに教室を掃除しなければいけないっていうルールを守っていないんだから、その点ではズルって言えそうだよね。でも、本当にそうかな。教室掃除の場合だと、その人はサボッていたのに、教室はきちんと掃除されているっていう状況が無いと、ズルって言えないんじゃないかな」
サヤカ「6人ともサボッた場合は、教室がきちんと掃除されないわけだからただサボッただけで、ズルじゃないってこと?」
ウサ「そうよ。サボる人をちょっと減らして、4人くらいにしてみても、教室を時間内に2人で掃除するっていうのはちょっと難しそうだよね。そうすると、教室はきちんと掃除されないわけだから、サボッた4人はズルしたとは言えないわ」
サヤカ「うーん……でも、6人全員がサボッた場合と違って、4人サボッた場合は、残った2人だけで掃除をしたわけだから、きちんと掃除されていなくても、残りのサボッた4人はズルしていると思うけど」
ウサ「それが一回きりのことだったらね。もしも、毎回4人がサボッていたとしたら、教室の掃除って成り立たないんじゃない?」
サヤカ「あー……そうかも。毎回2人だけで教室を掃除するのは、無理だね。一回くらいなら頑張れても」
ウサ「教室の掃除を毎回きちんと無理なく行うためには、6人のうち何人くらい必要?」
サヤカ「4人……だと、ちょっとキツいかも。5人欲しいかなあ」
ウサ「だとすると、1人はズルできることになるよね」
サヤカ「でも、それは、他にズルしない人がいる場合でしょ?」
ウサ「うん。だからね、サヤカちゃんの班は現にそうなっているんじゃない?」
サヤカ「あっ……確かに、他の5人はちゃんと掃除する子たちだぁ。そうすると、今日サボッた男子がズルできたのは、わたしの班の残りの人が正直だったからってことになるんだね。それが、この世の中には正直な人が多いからズルができるってことなんだ……でも、それって、どうしてなんだろう。どうして、正直な人の方が多いの、ウサ?」
ウサ「どうして正直な人が多いのかっていうことについては、理由は無いのよ。なぜだか多いっていうのが始まりで、だからズルができるようになっているの」
サヤカ「じゃあ、ズルする人って、必ずいるってこと? ズルってなくならないの?」
ウサ「うん、なくならないと思うわ。そうして、ズルする人がそうやって得をする限り、正直な人はその分だけ損をするの。そういうことになっているのよ」

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