お嬢様とヒツジとの哲学的口論「わたしには、わたしだけの使命があるはず!」

〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

マイ「はあっ……」
ヒツジ「どうした? 恋の悩みか?」
マイ「違うわよ……わたしって、どうして生まれてきたんだろうって思ってさ」
ヒツジ「まあ、そう思いたくもなるよな。才色兼備とはほど遠い、頭脳も容姿も十人並みで、特技があるわけでもなく、性格も口も悪い。絶望して死にたくなるのも分かる話だ」
マイ「ちょっと! そこまで言ってないでしょ! 人間、生まれてきたってことはさ、何かしらするべきことがあって生まれてきたってことでしょ? 使命みたいなヤツを持ってさ。それを考えてたのよ!」
ヒツジ「恐るべき勘違いだな。そんなもんあるわけないだろ」
マイ「なんでそう言い切れるのよ!」
ヒツジ「お前が言う使命っていうのは、この社会で果たすべき役割っていうことだろ?」
マイ「そうよ」
ヒツジ「社会が存在するのと、そこに生きる人間が存在するのは、どっちが先だ?」
マイ「え、なに?」
ヒツジ「社会が人間を作るのか、それとも、人間が社会を作るのか」
マイ「……人間が社会を作る」
ヒツジ「ということは、人間の方が、社会よりも、より重要なものだっていうことだよな?」
マイ「……まあ、そうなるかな」
ヒツジ「だとしたら、どうして、そのより重要な方が、より重要ではない方のために、何かしなければならないってことになるんだ?」
マイ「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ、人間って、社会のために何もしなくてもいいってことになるじゃん!」
ヒツジ「そうなるな」
マイ「そしたら、社会がうまく回らなくて、結局、そこに住む人間だって困ることになるでしょ!」
ヒツジ「ということは、つまりだ、人間が社会の中でしていることっていうのは、その社会に生きている人間が困らなくて済むようにする程度のものだということだ。使命、なんていうご大層なものじゃないんだ。なぜ、人は、使命なんてもんを考えるか。それは、自分が生まれてきたことに、何かしらの意味を求めたいからだ。それは、裏返し、ただ生きているということに耐えられないからでもある」
マイ「ただ生きていることに耐えられない?」
ヒツジ「そうだ。何の理由も無く生まれてきて、死ぬまでは生きている。それに耐えられないから、なにか意味が欲しいと思って、使命なんてものを求めるわけだ。しかし、そんなものがどこにも無いのは、今言った通りだ」
マイ「使命が無いとしたら、何のために生きればいいわけ?」
ヒツジ「オレが今言ったことを聞いていなかったのか? 何のため、なんてものはないんだ。お前の好きに生きればいいだろ」
マイ「好きに生きて、好きに死ねばいいわけ?」
ヒツジ「いいというか、正確には、そうするしかないってことだ」
マイ「……でも、そういうのさ、なんかこう張り合いが無いっていうか……こう、人生を賭けてやるべきことっていうのがあった方が、人生充実するじゃん」
ヒツジ「そんなことは知らんよ。お前の充実感のために、人生が存在するわけじゃないんだ。なぜだか存在してしまった人生の中で、お前は生きているわけだからな」
マイ「好きに生きろって言われても……うーん……」
ヒツジ「なに悩んでんだよ。これこそ、お前ら若者が好きな『自由』ってヤツだろ」
マイ「自由に、好きに選択したその選択の正しさっていうのは、誰が保証してくれんのよ?」
ヒツジ「バカか、お前は。お前の人生の保証なんて、お前以外の誰がしてくれると思ってるんだ。お前、前に自分の人生は自分で決めるから、親や教師に指図されたくないって言ってたろ(→「わたしはわたしの人生を生きる! 誰にも指図されたくない!」)」
マイ「そうだけど……でも、いざ、自由にしていいって言われるとさ……やっぱり、なんかこう不安って言うかさ」
ヒツジ「それが当たり前なんだ。不安でいることがな。それがこの世で生きるというそのことなんだ。不安でいることをやめたいとか、忘れたいとか思うんじゃなくて、当たり前だと思えば、不安でいることがそのまま安心を得ることにつながる。不安を携えることで安心して、好きに生きることだな」

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