お嬢様とヒツジとの哲学的口論「キャラをやめたい!」

〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

マイ「あーあ……」
ヒツジ「どうした?」
マイ「友だちの相手して、疲れたのよ。席替えがあって、ある子の隣になったんだけど、その子、なんでもかんでもグチる子でさ、この頃学校に行くと、ずっとその子のグチを聞いているんだ……」
ヒツジ「そんなもん黙って聞いていることないだろ。『いいかげん、うっとうしいから、やめてよ!』とか、いつものノリで言ってやれよ」
マイ「言えるわけないでしょ。わたし、学校ではお姉さんキャラで通ってるんだから」
ヒツジ「お姉さんキャラ?」
マイ「そうだよ。じっと話を聞いてあげて、相談に乗ってあげる、頼れるお姉さん的なさ」
ヒツジ「お前のどこに、お姉さん要素なんてあるんだよ。そんなキャラ今すぐ返上して、全国のお姉さんに謝れ」
マイ「なんで謝らなきゃいけないのよ。……ただ、まあ、こんなキャラやめられるもんなら、やめたいわ」
ヒツジ「やめればいいだろ」
マイ「そういうわけにもいかないでしょ。いきなりやめたら、変な目で見られるじゃん」
ヒツジ「どうして、そんな疲れるキャラ選んだんだよ」
マイ「自分で選んだわけじゃないよ。周りが何となくそういう目でわたしを見ていることが分かったから、それじゃあっていうことで、そういう風になったのよ。キャラってそういうもんでしょ?」
ヒツジ「まあ、そうだな。でも、キャラがそういうもんなら、続けるしかないことになるな」
マイ「そうなんだけど……疲れる。本当の自分でいられたら楽なんだけどさ」
ヒツジ「本当の自分っていうのは、今こうしてここにいる自分ってことか?」
マイ「まあ、そうだね。あんたには、地を出してるからさ。隠す意味ないし」
ヒツジ「じゃあ、クラスで、各人が地を出せばいいってことか?」
マイ「いいんじゃない?」
ヒツジ「その『地』っていうものが、美しい豊穣の大地であればいいがな。お前らの『地』なんて、お前がいい例だが、岩だらけの荒れ地みたいなもんだろ」
マイ「誰が荒れ地よ!」
ヒツジ「地を出すなんて言って、そんなもんを互いに見せつけ合う光景っていうのは、地獄絵図以外の何物でもないな」
マイ「じゃあ、なに? みんなキャラをかぶっていた方がいいって言うわけ?」
ヒツジ「キャラがどうこう言う前に、その『地』の方を美しくするべきだって言ってるんだ。本当の自分なんてものに価値を置くんだったら、価値を認められるような自分でなければいけないはずだろ」
マイ「納得できない! 本当の自分っていうのは、それだけで価値があるはずでしょ!」
ヒツジ「それはもう、一つの信仰だな。『人間はただ人間であるだけで価値があり、その価値は等しい』というのと同じレベルの根深い思い込みだ」
マイ「え? だって、人間の価値は同じはずでしょ!?」
ヒツジ「おいおい、しっかりしろよ。じゃあ、お前は、自分と、そのグチばっかり言っているクラスメートが同じ価値を持っていると思っているのか?」
マイ「それは……」
ヒツジ「人間が人間であるだけで同じ価値を持っているっていうのは、『国家は個人を、原則として、その個人が持っている条件によって不利に取り扱ってはならない』という国家と個人間の取り決めにすぎない。それを越えて、人間それ自体の価値が人間であるだけでみんな同じだなんてことが、あってたまるか」
マイ「本当の自分の話はどうなるのよ? どうして、本当の自分っていうだけで、価値があることにならないの?」
ヒツジ「そのクラスメートの話で考えてみろ。その子が、本当の自分を出して、さらにグチり出したらどうする?」
マイ「え? さらに?」
ヒツジ「そうだ。『これまで控えめにグチってたんだけど、本当の自分を出して、めいっぱいグチるね』って言って、そうし出したら、お前は、それでも、それは本当の自分だから価値があるって言えるのか?」
マイ「……わ、わたしにとっては価値がないかもしれないけど、その子自身にとっては価値があるでしょ?」
ヒツジ「本当か? 本当にそれは価値があることか? 仮にその子がめいっぱいグチッているときに充実感を得ているとして、そんなことに費やされる人生は、その子にとってさえ価値があることなのか?」
マイ「…………」
ヒツジ「本当の自分でいることでただそれだけで価値があるなんていうのは、自分の価値を高めることをめんどうくさがる輩の言い訳に過ぎない。そんなもんを声高に主張するのは恥ずべきことだということを知るんだな」
マイ「……自分の価値を高めるとして、結局、キャラはどうすればいいのよ?」
ヒツジ「やめられないなら続けるしかないだろ。続けるのが耐えられないほどストレスならやめるしかない」
マイ「……まあ、そうだよね」
ヒツジ「お前がキャラをかぶっているように、その子もキャラをかぶっていると考えてみろ。そうすれば、少しは気が楽になるんじゃないか」

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