少女とクマとの哲学的対話「哲学をお勉強することの意味」
〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。
春日東風……noteを利用している物書き。
春日東風「ふう……ようやく、ウィトゲンシュタインが終わった……次は、西田幾多郎か……」
クマ「随分がんばっているね」
春日東風「ええ、史上の哲学者について調べて書いているわけですが、これが本当に難しいんです」
クマ「考えられていること自体が難しいって言えばそれまでではあるんだけど、哲学の場合は、そういうこととはまたちょっと違うものね」
春日東風「そうなんです。そもそも彼らが何にこだわっているのか、それが分からないと、言っていることが全然実感できないので」
クマ「哲学者は世界に向かい合ったときに、あることに驚いたわけだけれど、その驚きを共有することができないと、彼らの哲学は、どうしても難解な思想に見えてしまう。本当は、その驚きの方が大切で、その驚きによって作られたものなんて、全く重要じゃないのにね」
春日東風「世の中では、そちらの方が重視されているようですね」
クマ「バカげたことだと思うよ。哲学者が何を言ったって、それで世界や人生の不思議が解消されるわけじゃないっていうのにさ」
春日東風「この前書いたウィトゲンシュタインもこんなことを言っていますね。『可能な全ての科学的な問いが答えられた場合でさえ、我々の生の問題は依然として全く手を付けられないままになっている、と我々は感じる。』と」
アイチ「それにしてもさあ、どうしてみんな、哲学、哲学ってうるさいんだろう」
クマ「うん、普通、人が哲学の名で呼んでいるのは人生論なんだ。人生いかに生きるべきかということをね、哲学に教えてもらえると思っているから、気にするんだろうね」
春日東風「おそるべき勘違いですね」
クマ「うん、哲学は決して人生論なんかじゃない。ニーチェやウィトゲンシュタインは、人生いかに生きるべきか、なんてことを教えてくれはしないんだ」
アイチ「うーん……でもさ、そういう風に読む人もいるわけでしょ。そう読む人にとってはそう読めるわけだから、それはそれでいいんじゃないの?」
クマ「確かにそれでいいとも言えるな。そういう風に読んで、他人の考えたことでもって、自分の人生を生きていってそれで満足だっていう人なら、それはその人の人生だからね」
春日東風「しかし、それは、なんというか、あまりにも寂しいことじゃないでしょうか?」
クマ「でもね、驚かない人に向かって驚け、とは言えないじゃないか……そもそもさ、キミはどうして、哲学者のことを調べて書いているの? 哲学者のことをみんなに紹介したいのかな?」
春日東風「……いえ、実は、そういうわけでもないのです。哲学について興味を持ってもらいたくて書いているわけではなくて、なぜだか書き始まってしまったので、書いているだけなんです」
クマ「本を読んだり講義の動画を見たりして、わざわざお勉強して?」
春日東風「はい」
アイチ「哲学って勉強するものなの?」
クマ「哲学というのが、分からないことを知りたいと思って考える営みを指すのであれば、今ここから始められることで、特にお勉強する必要は無いな。ただ、哲学者のことを調べることで、彼らが一体、世界の謎にどう切り込んで行ったのかが分かって、その切り込みに共感を得られれば、そこから自分でさらに世界の謎の奥深くへと入り込んで行くことができるんだよ。そういう意味ではお勉強にも意味があるのさ」
春日東風「わたしもその意味でしか、哲学の勉強には意味は無いと思います。プラトンのイデアとか、デカルトのコギトとか、ウィトゲンシュタインの言語ゲームとか、そこで話を終えてしまったら何にもならない」
アイチ「わたしは別にそういう人たちが考えたことなんか興味無いけどなあ。自分が不思議に思っていることだけで十分かな」
クマ「うん。本当はそれでいいんだよ。自分が不思議に思っていることを考えるだけで、そのために他人の考えを経由する必要は無いんだ。ただ、必要は無いんだけど……」
春日東風「面白いんですよね」
クマ「そう。ボクたちの前に、世界とか現実とか私とか言語とか、まあ、どう呼んでもいいんだけどね、巨大なものがあるわけだよ。それに対して、哲学者たちは、おのおのがおのおのの武器を持って立ち向かっていくわけさ。でも、これはね、初めから負けが決まっている戦いなんだよ。勝てるわけがないんだ。なぜって、ともかくもそのものの中に存在してしまった彼らが、そのもの自体を相手にしているわけだからね。それでも、彼らは戦うんだよ。こう言うと悲壮な感じがするけど、現に戦っている人間は必死でそれをしているだけで、そこに悲壮感なんてものはありはしないんだよ。そういう様をじいっと見ているとね、彼らはいつかのボクらなんじゃないかって思えてくるのさ」
春日東風「それが興味深いんです」
クマ「うん。ボクはヌイグルミだから分からなくても当然かもしれないけど、人間がどうしてこういうことにあんまり興味を持たないのか、理解に苦しむね。金を稼ぐためにはどうすればいいかとか、意中の異性と付き合うにはどうすればいいかとか、楽して生きるためのアレコレを追い求めることばかりに興味を持つだけでいいのかなってね」
アイチ「興味無いことに興味を持てって言っても無理でしょ。わたし、サッカーに興味無いから、サッカーに興味を持てって言われたら、困っちゃうけど」
クマ「それはその通りだ。でも、サッカーといわゆる『哲学』は、同じものとして扱っていいのかどうか。キミはどう思う、東風くん?」
春日東風「さっきも言ったことですが、わたしは、自分が面白いから書いているだけなので、なんとも……。人に興味を持ってもらいたいと思って書いているわけではありませんので。それに……実は、あんまり哲学に興味を持ってもらうと、わたしとしては困ったことになるわけでして」
アイチ「困ったこと? なんで困るの?」
クマ「なるほど……確かに、みんながあんまり哲学に興味を持つと、キミにとってはよくないことになるかもしれないね」
アイチ「分かった! みんなが興味を持って哲学のことを分かるようになると、こういう文章が読まれなくなるからだ!」
クマ「いやいや、問題はもっと深いところにあるんだよ。でも、そういうことは言わぬが花だ。ねえ、東風くん?」
春日東風「ええっと、わたしは、次の哲学者のことを調べたいと思います。では」
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