お嬢様とヒツジとの哲学的口論「人間は、『花』なんかじゃない!」

〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

マイ「学校の合唱コンクールで、『世界に一つだけの花』を歌うってことになったんだけどさ、わたし、この歌の歌詞おかしいんじゃないかなと思う」
ヒツジ「なにが?」
マイ「だってさ、『ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン』なんて言って、花屋に並んだ花を例にしているけどさ、花っていうのは綺麗なものだから、その綺麗さによってすでに価値があるじゃん。オンリーワンじゃなくたって、価値があるわけだよ。『もともと特別なオンリーワン』で、ただ一つだけであることで価値があるって言いたいなら、綺麗なものを例に使ったらいけないと思う。道ばたの雑草とかを例にしないとさ」
ヒツジ「雑草じゃ歌にならないからだろ」
マイ「人間がみんな花じゃないから差があるわけだからさ、実は花なんだって言われても、全然納得いかない。そんなのウソじゃん」
ヒツジ「まあ、確かに、人間をみんな花に例えられても、っていうところはあるな。花だったら美しさを競わないかもしれないが、人間は花じゃないわけだから、花がそうしているからって言われても、困ると言えば困る」
マイ「そうでしょ! わたし、こういう、人を勇気づけたり慰めたりするような応援ソングって嫌いなんだよね」
ヒツジ「そうかと言って、『ナンバーワンになれなくてもいい~、特別でも何でもないワンオブゼム~♪』なんて歌っても、そんな現実聞く意味ないだろ」
マイ「……そりゃそうかもしれないけどさ」
ヒツジ「まあ、確かに、この歌を聴いて、みんな、『自分は特別なんだ、自分であるだけで価値があるんだ』なんて開き直られた日には、あんまり気持ちいいことにはならないだろうけどな」
マイ「そもそもさ、あれを歌っているのが、国民的アイドルグループで、アイドルのナンバーワン的な人たちだったわけでしょ。そんなこと誰も考えもしないと思うけど」
ヒツジ「お前にしては面白い着眼点だな。そうなんだ、ナンバーワンじゃなくていいと歌っているのは、ナンバーワンなんだ。ということは、つまり、『おれたちは現にナンバーワンだけれど、おれたちじゃないお前たちは、ナンバーワンにならなくていいんだ』と歌っているわけだ。なかなかの皮肉だよな。かと言って、ナンバーワンじゃない人間が歌えば、それはただのナンバーワンになれなかったやつのやっかみとも受け取られるだろうな」
マイ「ナンバーワンとかオンリーワンについて歌うなら、BUMP OF CHICKENの『オンリー・ロンリー・グローリー』がいいな」
ヒツジ「『ロンリーグローリー 最果てから声がする 選ばれなかった名前を呼び続けてる光がある オンリーグローリー 君だけが貰うトロフィー 特別じゃないその手が触ることを許された光』ってヤツだな」
マイ「それそれ、よく分かってるじゃん。これって、応援ソングじゃないよね?」
ヒツジ「確かに、これは応援ソングじゃないな。ただ現実を歌っているだけだ。同じ彼らの、『花の名』には、こうある。『あなたが花なら沢山のそれらと変わりないのかも知れない。そこからひとつを選んだ僕だけに歌える唄がある。あなただけに聴こえる唄がある』。『世界に一つだけの花』と同じように、人間を花に例えていても、こっちはやはり現実について語っているな」
マイ「そういう方が好きだな」
ヒツジ「まあ、どっちが優れているというわけでもないがな。歌に何を求めるのかという話だ。現実ではない理想を求めるのか、それとも現実そのものを求めるのか。そうして、お前が嫌いな理想を求める歌にしても、現実を見据えているから理想を語るという面もあって、『世界に一つだけの花』にしても、人間はみな花じゃないからこそ、実は花なんだと歌っているのかもしれない」
マイ「だから、そういうのはウソだって言ってんの」
ヒツジ「ウソかもしれないが、この種のウソっていうのは、ある意味では必要なものかもしれないんだ。みんなが、自分を含めた人間のことを花だって思っている世界と、雑草だって思っている世界だったら、前者の方がいい世界だとも言えるからな」

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