少女とクマとの哲学的対話「『どう生きるか?』を考える前に」

〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。

クマ「何を読んでいるの?」
アイチ「学校の現代文の先生に借りた漫画だよ。『君たちはどう生きるか(マガジンハウス)』」
クマ「ああ、話題になった本だね。読んでみて、どうだった?」
アイチ「うん…………なかなか難しいかな」
クマ「難しい? それって、確か、人生における物の見方とか、決断の仕方とかそういうことが書かれてあるんでしょ。漫画なんだし、よっぽど難しいことなんかないんじゃないの?」
アイチ「そうなんだけどね……その、そもそもどうして、『どう生きるか』なんていうことが問題になるのかなって。それを考えるためのあれこれが書かれてあるわけだけど……人間ってどうかして生きていかなくちゃいけないのかな。わたしはそこからして疑問なんだ。ただ生きているだけじゃだめなのかなって」
クマ「ああ、なるほどね。ただ生きているだけじゃだめなのか、か。だめなことなんて全然無いさ」
アイチ「でも、こういう本が流行るってことは、みんな、どう生きればいいのかってことを知りたいと思っているってことだよね。だとすると、それは、ただ生きているだけじゃだめだって思っているってことじゃないの?」
クマ「その通りだね。生き方に迷っている人が多いから、こういう本が売れるわけだね。生き方に迷うっていうことは、生き方っていうものが存在すると思っているってことだけど、さあ、どうなのかな。そんなものが本当に存在するのかな」
アイチ「わたしはどう生きるべきかなんてこれまで一度も考えたことないなあ。生きているってどういうことなんだろうって考えることはよくあるけど」
クマ「順序としてはそれが先のはずだよね。『どう生きるべきか?』なんてことを考える前に、まず『生きているということがどういうことなのか?』ということを考える必要がある。そこをすっとばして、生き方に迷うなんていうことをしているんだから、なかなかアクロバティックなことをしているよね、みんな」
アイチ「生きているって全然普通のことなんかじゃないと思うけど、どうして、みんなそこをクリアしちゃっているの?」
クマ「現に生きているというそのことで、どういうことか分かった気になっている……と言うよりは、分かっているなんて意識しないほど当たり前にしてしまっているというところじゃないかな」
アイチ「生きているって、全然当たり前のことじゃないよ。だって、そもそも死んだことがないんだもん。生きていなかったことがないんだから、生きているってどういうことなのか、全然分からない」
クマ「その分からなさに耐えられず、それに目をつぶっているのかもしれないな。でも、それ以外に見るべきものなんて、この世界にあるのかな」
アイチ「だから、こういう本って全然ピンと来ないんだ」
クマ「こういう種類の本を読んで、生き方について悩んだり、納得できたりする人は、もうそれだけで、ある意味では幸せなのかもしれないね。『どう生きるべきか』じゃない、『生きているとはどういうことか』を問う道というのは、もう全くゴールが無い道なんだ。どこに続いているか分からない道。限りなく自由だけど、それはある人々にとっては限りない恐怖だろうな。でも、ある人々にとっては限りない愉悦でもある」

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