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少女とクマとの哲学的対話「『時間=命』と作品の有料化」

〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。
春日東風……noteを利用している物書き。

春日東風「『時間=命』だとよく言われますね。限りある時間はそのまま限りある命なのだから大切にしないといけないと。どうも、わたしは、こういう言い方に違和感があるんです」
アイチ「別にどこも変だとは思わないけどなあ。人間いつか死ぬんだから、時間は大切に使いなさいってことでしょ?」
春日東風「ええ、確かにそれはその通りなんですが……わたしが違和感を覚えるのは、たとえばこういう文脈で使われているときなんです。『クリエイターは作品にしっかりと価格をつけるべきだ。というのは、その作品を作るためには時間を使ったわけであって、時間=命である限りは、作品はクリエイターの命を削ってできたものと言えるからだ』というような」
アイチ「……? どういうこと?」
クマ「つまりね、今は作品を発表する場というのが数多くあって、クリエイターはいくらでも自分の作品を見てもらえるわけだけど、無料で出している人が多くて、有料で出す人が少ないんだ。せっかく時間を使って作ったんだから、有料で出しなよってことだよ」
アイチ「ああ、なるほどー」
春日東風「いやはや、命を削って作ったのだから、有料にしろとはなんとも……」
クマ「問題を整理しよう。まずは、『時間=命』という考え方それ自体と、仮にそれが成立するとしたときに、だからクリエイターは作品に値段を付けるべきだと言えるかどうか。キミは、『時間=命』という考え方そのものには反対してないの?」
春日東風「いえ、実は、わたしはそんな考え方はしていませんし、事実そうなってもいない、と思っています」
クマ「というと?」
春日東風「『時間=命』という考え方をなぜ取るかと言えば、それは、そう取ることで、だから単位時間あたりでできる限り効率よく生きましょうということを言いたいからでしょう。ところで、この単位時間や効率なんていう考え方は、人間がいつまで生きるか測ることができるという考え方に基づいています。たとえば、人生80年と言われているわけですが、そうすると、1年というのは、全体の80分の1であるという計算が可能になります。同様に、1日、1時間という時間の人生全体に対する割合も計算可能になる。その単位時間あたりでできるだけ効率よく生きようというのが、この『時間=命』という考え方です。しかしですね――」
アイチ「明日死ぬかもしれないのに、そんな計算よくできるね」
春日東風「……そういうことです。『時間=命』だなんて考えられるのは、これから相当程度生きるということを前提にしているからですが、そんな暇は無いかもしれないというのが、命の玄妙さなのです」
クマ「確かにね。『時間=命』だなんて言っている人の悠長さったらないよね。いったい、いつまで生きるつもりなんだろうか。7年前の震災や、この前の西日本豪雨を見ても、まだそんなこと言っていられるとしたら、鈍感もここに極まれりといった感じだね」
春日東風「兼好法師は、『死は、前よりしも来《きた》らず、かねて後《うしろ》に迫れり』と言いました」
クマ「正確だね。みんな、死を前にあるものとして見ているけれど、実はそうじゃない。すぐ後ろにあったわけだよ」
アイチ「『時間=命』っていう考え方が間違っているとすると、『だからクリエイターは作品を有料化しよう』っていう考え方も間違っていることになるの?」
春日東風「そうなりますね。しかし、そもそも、もしも『時間=命』という考え方が合っていたとしても、『だから有料化しよう』などということにはならないんです?」
アイチ「どうして?」
春日東風「というのは、作品の価値というのは、その作品の完成にどのくらいの時間をかけたかということとは、無関係だからです。時間をかけた分だけ、その作品が良いものになるというわけではありません」
クマ「作り手がいくら時間をかけて命を削ろうと、そんなことは、それを受け取る方には何の関係もないことだよね。受け取る方としては、その作品がいいか悪いかということが大事なことであって、作り手がどれほど時間をかけたなんてことは大した話じゃない。意識さえしないことがほとんどじゃないかな」
アイチ「あのさあ、どうして、『時間をかけたから有料にするべきだ』なんていう考え方をしなくちゃいけないの。有料にしたかったら、ただ有料にすればいいじゃん」
クマ「うん、まあ、それはその通りなんだけど、『時間をかけたから有料にするべきだ』っていう言葉は、無料で作品を提供しているクリエイターに対して、人生の時間を使って命を削って作ったわけだから有料にしていいんだよ、っていう一種励ましのような意味合いもあるからね」
春日東風「それで励まされる方もどうかしてませんか? そんなこと言われて、『あ、確かに人生の時間を使ったんだから有料にしていいんだ』って、そういう考え方をするような人の作品を、わたしなら買いたいとは思いませんね」
クマ「みんな、作品そのものの価値と、作品がお金によって評価された価値が、別物だっていうことをよく分かっていないようだね」
春日東風「ある小説が500円で売っていたとして、その小説そのものの価値がどうして500円になるんでしょうか。その小説を読んで何も感じなければその小説の価値はゼロだし、その小説を読んで人生が変わればその小説の価値は無限大でしょう」
クマ「うん、作品そのものの価値と、その作品につけられた値段なんていうのは、関係ないんだ。たまたまそうだっただけなんだから。自分の作品はいくらくらいなんだろうって、そんなこと考えて物を作るなんてつまらないことじゃないか。だからこそ、みんな自分の作品にどんどん値段をつければいいんだ。作品そのものの価値と作品の値段が関係ないってことは、いくらに設定したってかまやしないってことさ。好きな値段をつければいい。まあ、売れるかどうかは分からないけれど、ただそれは現に売ってみないとわからないことだからね」

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