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夏の和歌

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記事一覧

第1首 時鳥の季節

第1首 時鳥の季節

わが宿の池の藤波咲きにけり山時鳥いつか来鳴かむ(古今和歌集)

【読み方】
わがやどの いけのふじなみ さきにけり やまほととぎす いつかきなかん(詠み人知らず)

【イメージ】
わたしの家の藤が咲いた。
池の水面に映ったその藤が、風を受け、波のように揺れている。
季節はそろそろ夏のはず。
その頃合いを告げる山時鳥は、いつ来て鳴くのだろうか。

【ちょこっと古語解説】
○藤波……藤の花房が風に揺れ

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第2首 五月の香り

第2首 五月の香り

五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(古今和歌集)

【読み方】
さつきまつ はなたちばなの かをかげば むかしのひとの そでのかぞする
(詠み人知らず)

【イメージ】
 五月を待つようにして咲くたちばなの花。
 その爽やかな香りに、ふと心に浮かぶ立ち姿。
 あの人の姿。
 その袖から、たちばなの香が、よくかおっていたものだ。

【ちょこっと古語解説】
○五月《さつき》待つ……五月を待っ

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第3首 紅のこころ

第3首 紅のこころ

思ひ出づるときはの山のほととぎす唐紅のふり出でてぞなく(古今和歌集)

【読み方】
おもいいづる ときわのやまの ほととぎす からくれないの ふりいでてぞなく
(詠み人知らず)

【イメージ】
 あなたのことを思い出すとき。
 常盤の山で、ほととぎすが鳴く。
 まるで血を吐くかのように声を振りしぼるその姿。
 それは、そのままわたしの心なのだ。

【ちょこっと古語解説】
○とき……「思ひ出づる『と

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第4首 涙を与えて

第4首 涙を与えて

声はして涙は見えぬ時鳥わが衣手のひつをからなむ(古今和歌集)

【読み方】
こえはして なみだはみえぬ ほととぎす わがころもでの ひつをからなむ
(詠み人知らず)

【イメージ】
 時鳥の声が聞こえる。
 その姿を見てみると、鳴いてはいるが、涙は見せていない。
 ならば、時鳥よ、わたしの袖の涙を借りて欲しい。
 おまえの声のおかげで、涙があふれて止まらないのだ。

【ちょこっと古語解説】
○衣手

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第5首 再びの美声

第5首 再びの美声

去年の夏なきふるしてし時鳥それかあらぬか声のかはらぬ(古今和歌集)

【読み方】
こぞのなつ なきふるしてし ほととぎす それかあらぬか こえのかわらぬ
(詠み人知らず)

【イメージ】
 去年の夏、耳慣れるほど聞いた時鳥。
 その声が、今年もまた聞こえてきた。
 本当に同じ時鳥なのだろうか。
 あれほど聞いたのに、また耳新しく聞こえることよ。

【ちょこっと古語解説】
○去年《こぞ》……昨年。

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第6首 思い隠せず

第6首 思い隠せず

つつめども隠れぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり(後撰和歌集)

【読み方】
つつめども かくれぬものは なつむしの みよりあまれる おもいなりけり
(詠み人知らず)

【本文】
 闇夜をうがち飛ぶ蛍。
 その光を袖で包み隠した。
 隠してもなお隠しきれない小さなともしび。
 蛍の身からあふれるその火は、あなたに寄せるわたしの思いのよう。

【ちょこっと古語解説】
○つつめども……「つつめ」

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第7首 月はどこへ

第7首 月はどこへ

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらむ(古今和歌集)

【読み方】
なつのよは まだよいながら あけぬるを くものいづこに つきやどるらん
(清原深養父《きよはらのふかやぶ》)

【イメージ】
 夏の夜、まだ宵の口だろうと思っていたら、すぐにも明けてしまった。
 いつの間にか月が見えなくなっている。
 これほどすぐに夜が明けたら、西に沈む余裕はなかったろう。
 そうだとすると、月は

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第8首 寝床に咲く

第8首 寝床に咲く

塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹と我が寝るとこ夏の花(古今和歌集)

【読み方】
ちりをだに すえじとぞおもふ さきしより いもとわがねる とこなつのはな(凡河内躬恒《おおしこうちのみつね》)

【イメージ】
 そこにほんの少しの塵さえも置かせまいと思う。
 愛しいあの人と寝る「床」という名を持っているのだから。
 あの人との関係を大事にするのと同じ。
 咲いた時からずっと大切にしてきた常夏の花

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第9首 琴の音の風

第9首 琴の音の風

みじか夜のふけゆくままに高砂の峰の松風吹くかとぞ聞く(後撰和歌集)

【読み方】
みじかよの ふけゆくままに たかさごの みねのまつかぜ ふくかとぞきく
(藤原兼輔《ふじわらのかねすけ》)

【イメージ】
 短い夏の夜が更けてゆく。
 友の鳴らす琴の音が聞こえる。
 夜が更けるにつれて、ますます趣深く。
 まるで高砂の峰の松に吹く風の音のように聞こえる。

【ちょこっと古語解説】
○ままに……「~

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第10首 卯の花の柵

見わたせば波のしがらみかけてけり卯の花さける玉川の里(後拾遺和歌集)

【読み方】
みわたせば なみのしがらみ かけてけり うのはなさける たまがわのさと
(相模《さがみ》)

【イメージ】
 辺りを見渡すと、まるで川の中にいるかのよう。
 波が立つしがらみがいたるところにかけ渡されている。
 いいえ、それは真っ白な花の群れ。
 一面に卯の花が咲く、ここ玉川の里。
 
【ちょこっと古語解説】
○ば

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第11首 飛べない鳥

夏刈の玉江の蘆をふみしだき群れゐる鳥のたつ空ぞなき(後拾遺和歌集)

【読み方】
なつかりの たまえのあしを ふみしだき むれいるとりの たつそらぞなき
(源重之《みなもとのしげゆき》)

【本文】
 夏刈が行われて、美しい入江の蘆《あし》はすっかりと刈り取られてしまった。
 その蘆の切り株を踏みしだいて鳥が群れている。
 せっかくの住みかが荒らされて、途方に暮れているのだ。
 飛び立っていく空も

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第12首 雨に浮く橋

五月雨に水まさるらし沢田川まきの継橋うきぬばかりに(金葉和歌集)

【読み方】
さみだれに みずまさるらし さわだがわ まきのつぎはし うきぬばかりに
(藤原顕仲《ふじわらのあきなか》)

【イメージ】
 ここ数日来の雨で、川の水かさが増したらしい。
 時は六月、梅雨の時季。
 沢田川に来てみると、満々の水流。
 かけ渡されたまきの継橋が、浮いてしまうほどだ。
 
【ちょこっと古語解説】
○五月雨

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第13首 月待ち遊び

夏の夜の月待つほどの手すさみに岩もる清水いくむすびしつ(金葉和歌集)

【読み方】
なつのよの つきまつほどの てすさみに いわもるしみず いくむすびしつ
(藤原基俊《ふじわらのもととし》)

【イメージ】
 夏の夜、月が現れるのを待つ。
 じっと待っていると、何もすることもなく、手持ちぶさた。
 どこからか水の音がして近づいて見ると、岩から清水が漏れている。
 月が出るまで、何度もそれをすくって

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第14首 昔の夢の香

をりしもあれ花橘の香るかな昔を見つる夢の枕に(千載和歌集)

【読み方】
おりしもあれ はなたちばなの かおるかな むかしをみつる ゆめのまくらに
(藤原公衡《ふじわらのきんひら》)

【イメージ】
 初夏の夜にふと目が覚めた。
 折も折、花橘の香が高い。
 あの人のことを思い出させる香。
 目覚める前、昔の夢を見ていた。

【ちょこっと古語解説】
○を《お》りしもあれ……「をりしも」を強めた言い

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