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富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.6(氷見その2)

 前回までの連載(noteの過去記事をご参照ください)で私は、富山県が「『寿司』と言えば富山になるぞ!」と宣言したことに私がいろいろ考えを巡らせ、まずは2泊3日で富山市内の6軒の寿司屋を回ったこと、フーディー(食いしん坊)たちが寿司の標準だと思っている「世界標準寿司」が富山でも成長しつつあること、富山県成長戦略カンファレンスのセッション『「寿司と言えば、富山」地方ブランドは本当に作れるのか?』に登壇して「世界標準寿司を増やしてまずは富山にフーディーを呼び、そこでキトキトの魚を富山産のコメの酢飯に乗っける呑み寿司の魅力も知ってもらう流れを作ること」を提案したこと、さらにはます寿司の魅力も発信することの必要性などについて記した。

 この連載も6回目。5回目から氷見市に来ている。氷見と言えばブリ。氷見漁港は富山で一番の水揚げを誇り、定置網の港として知られているが、それだけに魚種が豊富で、港近辺には魚店が多くならび、市民はそれぞれ、いきつけの店を持っているという。それほど魚に親しみがある街だけに寿司屋もたくさんある。今回、私はミシュランンのビブグルマンにも選ばれている「城光」と、一年ほど前に新しくできた「成希」の2軒を先行予約し、あとは評判を聞きながら探してみることにした。
 最近はネットにたくさん情報があるから、店探しは困らないといえば困らないが、誰が書いているかで内容は玉石混交。そのあたりを注意深く、読み込みながら、「鮨よし」「城光」「松葉寿司」を訪れて、大いに満足したことは前回記した通りだ。
 ところが、氷見の食のインフルエンサーである「釣屋魚問屋」「セイズファーム」の社長である釣吉範さんから「氷見は亀寿司だよ。俺なんか50年以上週に3回は行っているから。でも握りは食べなくていいよ」という謎のリコメンドをいただいたから、これは行かないわけにはいかない。事前に店の前を訪れても、いい感じにひなびた呑み寿司の雰囲気だ。
 そこで最終日の夜に予約をしていた「成希」の前、17時に突撃して亀寿司の空気を味わうことにした。亀寿司から成希は歩いて10分もかからないことはわかっていた。
 亀寿司は15時からずっと営業していると聞くが、平日の夕方の早い時間だから、予約は不要だろうと思い、ホテルから腹ごなしもかねて20分ほど歩き、ガラガラと扉を開けた。誰もカウンターにいないので「ひとりなんですが」と聞いたら、大将からはぶっきらぼうな声で「今日は満席なんだよ」といわれてしまった。

いかにも町寿司の外観

 とはいえ、私もだてに年を取っているわけではないから、「30分で帰るんでなんとか」と粘って、「うーん」といっているあいだに店に入ったら、「いいよ、ここで」とカウンターを指さしてくれた。
 まずは地元の酒を頼み、釣さんの話をしたら、大将の口も緩み、とても気さくな方だということがわかった。それだけでなく、頼みもしないのに説明をしてくれながら、たくさん出してくれた。30分経ったので「そろそろ」と言ったら「もっといていいよ」とまで言ってくれた。逆にこちらが次があるので失礼した形になってしまったが、会計も驚くほどリーズナブルで申し訳ないほど。なかでも、かぶら寿司美味しかったなあ。握りは結果的に断念したが、次回は必ず行くよ。

話し好きな大将
まずはこの日のおすすめから

 ただ、この日満席なのは本当で、これから来るそう。地元の常連中心かと思いきや、ネットなどで情報を仕入れた県外の客も多く、「さっきも若い女性ふたりがサカナとサウナでご飯食べる前に寿司が食べたいと言って30分で帰っていったよ。泊まるのはハウスホールドって言っていたなあ」と。え、サカナとサウナ??? こっそりスマホで調べてみると、なんとサウナ付きのオーベルジュがあるらしい。

 しかも経営しているのは、氷見に遊びに来てすっかり惚れ込んで移住してしまった若者だというから面白い。
 ハウスホールドもおしゃれな民泊。海辺の古いビルをリノベーションした、1日2組限定の小さな宿で、4Fの部屋からは海、そして晴れた日は立山連峰が見える。晩ごはんは外に食べに行き、朝ごはんはオーナーが作ってくれるスタイルらしい。

 私は長年情報を取ってなんぼの仕事にいながら、こういう場所を見つけられないのは年寄りになったということだなあ。いや、大将はたぶん私よりベテランなのに当たり前のようにしゃべっている。さすが、情報が早い!

このかぶら寿司が絶品!

 亀寿司はいろんな意味で有意義な0次会だった。ただ、食べすぎると次を冷静に判断できなくなるので、後ろ髪をひかれる思いであとにする。
 成希は出来て1年ちょっと。通りに面した店で、ファサードは大きく、斬新で目立つ。青山にあってもおかしくないような雰囲気だ。だからか、地元の評判はさまざまだ。

格子が人目を惹くファサード

 玄関も広々としており、寿司屋らしくないところが不思議な感覚だが、さらに扉を開けると目の前には7席ほどのカウンター。ところがセットはひとり分。「まさか貸し切り?」と聞いたら「そうです」とのこと。とにかくカウンターの裏も席側もめちゃくちゃ広くて贅沢な作り。聞いたら元家業のコンビニをすべて寿司屋にしたので50坪近くあるとか。家賃の高い東京じゃ考えられないけど、自分の家だからできることだろうね。ちゃんと個室も完備している。
 結論からいうと私の寿司の感覚にとてもマッチした寿司だった。富山の呑み寿司とは一線を画し、価格も氷見にしてはかなり高いほうだから、なかなか大変だと思うけど、小ぶりの酢飯の酢の塩梅と温度が私には好みだった。
東京で寿司を食べなれている人には違和感なく馴染むんじゃないかと思った。マグロ(氷見にも揚がるが、この時期にはないはず)やウニも使うのでなんでかと聞いたら、地元の人に来てもらいたいから敢えて県外の魚も良いものは使うという。「ウニはみなさん、喜んでいただいているようです」と店主は謙虚に話す。なるほど、私たちは地物を食べたいけれど、地元の人々は地の魚には飽きているからねえ。そういう心配りも大切ってことだね。

まずは酒肴が出されてにぎりに移るスタイル
時期なのでブリしゃぶも

 店主はなにも言わないから私も聞かなかったけれど、彼の修業店とそこでの立ち位置を知ると東京の寿司フーディーは一気に訪れると思う。書かないけどね。なかなかのイケメンで若そうに思えたけれど、聞くと43歳。最初は音楽業界で働き、イギリスの音楽に魅せられて25歳で渡英。生活費を稼ぐために日本料理店でアルバイトしたことから寿司の魅力に取りつかれた。今回独立する10年前に帰国、それから本格的に日本で寿司修業を始めたという。こんなこともネットのインタビューから集めてきたことだが、現地での修業をいれれば、すでに20年近くになる。経験は十分だし、生家が氷見だから魚も知っている。

姿もなかなか端正
小肌も出てきた
最後は干瓢巻と玉子焼

 実は、氷見で寿司を毎日食べすぎて自分の感覚が狂っているのかなと思って翌日東京に戻ってからすぐに、銀座「み富」にいった。み富は銀座にあった伝統的な江戸前寿司「新富寿司」で修業した大将が独立した店で、アイドルタイムなしでお好みで握ってくれる。ある意味、江戸前の典型のような寿司で、私にとっては馴染みのスタイル。そこで成希で食べたネタと同じものをいくつか食べてみたが、感想は変わらなかった。それくらい、私の感覚にマッチしたということだし、世界標準寿司でもあるということだ。

み富の小肌
最後はかんぴょう巻。6つに切るのが面白い。

 氷見なのに、といったら失礼だが、県庁所在地以外にも世界に対抗し得る寿司がいくつもあるということは、寿司県としての富山県の未来を明るくする大きな要素だと思う。
 それにしても、亀寿司から城光、成希までさまざまな寿司が揃い、セイズファームも魚市場もサカナトサウナ、ハウスホールドもある。氷見、とてもいいじゃない。気に入りました!


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