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富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.14(富山市内の新しい風)

 富山県内で美味しい寿司屋を探していると周囲に話していると、複数の食いしん坊から共通する名前を聞くようになった。私もネット上での美味しい飲食店の探し方はそれなりに心得ているつもりだったが、これまでその名前が抜けていた。
 いつか行こうと思っていたのだが、夜だけしか営業していないと聞いていたことと、ネットの予約を見るとふたりからとなっていて、敷居が高そうな気がして機会を失っていた。
 だが、今回思い切って電話したらひとりでも大丈夫とのこと。訪問する日を楽しみにしたのが「藤虎」という店である。これまでの富山の寿司店ともちょっと違う店なので、まずはこれまでのレポートを参照していただくと嬉しいなあ。

 これまで20軒近く、富山の寿司屋を回った。私が「呑み寿司」と名付けてる、美味しい日本酒と酒肴を楽しんで最後に握りを数貫いただき、会計をしたら驚くほどリーズナブルな寿司屋が富山の寿司文化の中枢にあることは間違いない。だが、県外や海外の寿司フリークもすぐに同化できる「世界標準」の寿司屋がもっとあるといいなあと思っていることもまた、変わりない。
 私は先月、2冊目の著作『東京いい店はやる店 バブル前夜からコロナ明けまで』(新潮新書)を上梓したが、そのなかで、今後「食」の分野は、時代の変化を捉えてその動きを料理で表現する「ガストロノミー」を追求する分野と、自然と「旨い」といえる料理に二分されるだろうと書いた。同時期に発売された世界一のフーディー、浜田岳文さんの『美食の教養』でも同趣旨のことが書かれている。
 富山で自然と「旨い」といえる料理は「呑み寿司」で、行ったことがある人なら誰もが頷いてくれると思うが、それだけでは人を呼び寄せるには力強さがないと思っている。やはり今の時代に即した寿司屋がもっと富山にはあったほうがいインバウンドや首都圏から人を呼び寄せる力になると感じる。
 私のなかで後者に属するのは、これまで訪れた店の中では魚津「太助」「大門」、富山「難波」、高岡「和香奈」、氷見「成希」などだが、そこに今回、新たにノミネートされたのが、今から記す「藤虎」である。名前からしてスタイリッシュだが、場所も住宅街のリノベーションした古いビルに隠れ家のように存在する。
 だが、藤虎は夜のみの営業。なので、東京から飛行機で富山に到着し、まずは昼に呑み寿司の老舗「寿司正」を訪ねた。
 こちらは先日、「Sushi Collection」でご挨拶をした富山県鮨商生活衛生同業組合理事長を務める山下さんの店。開業して60年近い老舗だ。山下さんは東京の寿司屋で修業後、富山で開店。いまも江戸前を看板にしている。

町に溶け込んだ外観。
親方の山下さん。

 富山に来たら、昼でもやはり地酒を味わいたいから「苗加屋」からスタートした。本日のネタからゴンド、メジマグロ、バイ貝などを切ってもらって、握りへ。

この日の美味しいものを少しずつ。

 酢飯はたしかに甘味を押さえた江戸前だ。握りは富山湾鮨で頼んだが、ふぐの昆布締め、こしょうだい、クロムツが旨かった。さらに甘海老の卵、味噌を追加し、気分は上々。ホテルで一休みして藤虎へ向かう。

県外者にとって地物だけを握る富山湾寿司はありがたい。
追加で甘海老の卵の握りを。

 藤虎は古いビルをリノベーションしたところで、一階は美容院だが、ファサードの看板は統一されているし、店名しか書かれていないから、料理屋、しかも寿司屋だとは思えない。中に入るとなかなかスタイリッシュだ。

ここに寿司屋があるとは思えない。

 最初はひとりで行くはずだったが、友人が同行することになってふたりで訪問。親方の石黒幸太郎さんは30代後半だろうか。来る前の印象はいい意味で裏切られ、話しかけるとにこやかに応じてくれる。聞けば富山市内の老舗寿司店の息子として誕生。そこで10年ほど修業したのち、ロンドンに旅立ち、日本料理店の寿司部門で長く働いていたという。

ひょうひょうとした感じの石黒さん。

 ロンドンの日本料理店の寿司部門というと、氷見「成希」の滝本成希さんもまったく同じ経歴なのだが、「いままでもその話は聞かれたことがあり、もちろんお名前は存じていますが、一緒に働いたことは一度もないのです」とのこと。
 開店したのは昨年夏だが、これまで一切メディアにも登場せず、宣伝もしていない。口コミの客だけで営業してきたというが、この日は奥の個室で宴席も入っていた。情報に敏感な人に刺さる店ということだろう。
 子供のころから富山の魚には慣れ親しんでいるから、できるだけ富山の魚は使うものの、極端な地産地消にはこだわるつもりはないというあたりは、肩の力が抜けていて気持ちいい。

今年は不漁と聞く岩瀬浜の白エビ。

 酒肴は、ビールのアテでソラマメをいただいたあと、今年は不漁といわれる白エビから始まった。岩瀬で採れたものを辛子醤油で味わう。そして魚津のもずく、サクラマスの燻製、四方漁港の岩ガキと続く。どれもひと手間がかかった料理で、東京の寿司と時間差のないものに仕上がっている。私は別に、富山で東京の料理を食べたいとおもっているわけではないが、富山の上質な魚でいまの寿司を体感できるのは、うれしいことは事実だ。

サクラマスを燻製に。

 握りは白酢と赤酢のブレンド。富山の寿司屋は白酢のみを使っている店がほとんどで、赤酢を使っているところは少ない。別に使えばいいわけではないが、酢の具合もきつすぎず、ちょうどいい塩梅だ。

シーズン終盤のトリガイ。

 握りはシーズンのトリガイから始まり、マグロ、真鯛へ。マグロはやはり、豊洲がいいと親方。その他も蒸しアワビなど通年使う食材はあえて地元にこだわらないという。

旨みの乗った真鯛。
煮アワビは通年で提供する。

 魚津ののどぐろは火を入れてから握り、アジの棒寿司、いくらと雲丹などは新しいスタイルで提供する。そのかわり、最後の巻物はかんぴょうとオーソドックスなのが面白い。

アジをこのスタイルで食べさせるのは珍しい。
のどぐろは軽く火をいれて。
ウニとイクラは丼で。
仕上げはオーソドックスにかんぴょう巻。

 店を開ける前は気難しいかもと思っていた親方は、ひょうひょうとしたしゃべり方で、好感が持てるスタイルだった。しかもお勘定は、富山に共通する「東京の半分」だからうれしい。またしても、いい寿司屋を発見してしまった。これからも楽しいなあ。
 まだまだ続く、富山寿司の旅。

★鮨正

★藤虎


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