最悪無敵の女、陸中地生の恐ろしい救いと彼女が産み出す地獄の女女女三角形:『私の初恋相手がキスしてた』2巻感想

みなさま〜。どうもお久しぶりです、輿水畏子です。
季節の変わり目を迎えて激しく乱高下していた気温もようやく一応の落ち着きを見せてきた頃合いかと思えば、梅雨の気配がひたひたと迫ってくる嫌な空気を感じますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私はつい先日のGWを使って死ぬほど百合作品を読み漁りました。いつものことです。そして今回はGW明けに出版された入間人間先生の最新百合ライトノベル、『私の初恋相手がキスしてた』2巻の感想記事になります。ネタバレありになってしまいますが構わない方は続きをどうぞ!

この作品、1巻ももちろん発売後すぐに読んでいて、非常に面白く感想記事を書こうと思っていたのですが忙しさに押されて書きそびれていたのですよね。「女子高生を金で買っている最低最悪な女」と「そんな最悪女に絆されて好きになっちゃった女子高生」、そして「その女子高生を好きになっちゃった女」の地獄3角関係があまりにも強烈な作品でした。

さてそんな作品の2巻はどうなったかと言うと、まさかの1巻を悠々と超える地獄に次ぐ地獄の連鎖、読んでいて「これより状況が悪くなることある?」→「悪くなりました……」のオンパレードという激重作品で最高でしたした。前記事にした『雨でも晴れでも』の藤白ましろ先生といい、私はどうも最悪女百合と親和性が高いのかもしれない。今回はそんな『私の初恋相手がキスしてた』2巻の感想記事となります。それでは皆様よろしくお願いします。

『私の初恋相手がキスしてた』1巻あらすじ

さて、2巻の内容を話す前に、まず軽く1巻の内容を紹介しておきたいと思います。
この作品の主人公の一人が星高空ちゃん、母親と暮らす至って普通の女子高生でした。ですが、その生活は「母親が家に連れ込んできた謎の母娘」により一変します。高空の家で居候することになった母娘、その娘であり本作のもう一人の主人公水池海との共同生活は、はじめのうちは高空にとってかなり迷惑な生活でしたが、高空は少しずつ海へ興味を持つようになっていきます。
一方、海には一つ秘密がありました。それは海が夜な夜な家を抜け出し、大人の女から金で買われてやましいことをしている……、つまりは売春関係にあると言うことです。海を買っているのは自称女子高生フェチ、謎の金持ち美女である陸中地生。最初は自棄で地生との関係性を持っていた海は、少しずつ地生に信頼と依存を持ち始め、最終的には地生へ恋してしまうに至りました。
海からの恋心を笑って受け止めて海と恋人になる地生、海がよからぬ関係性を持っていることを察し、いてもたってもいられなくなり海をつけて行った先で、地生と海のデートを見せつけられてしまった高空。高空が海への初恋を自覚する目の前で、地生と海はキスをするのでした。

以上が一巻のざっくりとしたあらすじになります。もう一巻から売春、三角関係、悪い大人と不穏な要素が散りばめられていますね。一方で陸と海と空の三角関係、そう書くと何だかとてもロマンチックですね。実際はロマンなんてかけらもない地獄の関係性なんですけど。そしてラスト、高空が海と地生のラブラブを見せつけられることでタイトル回収が入るという構成は唸るものがあり、ここから先どうなってしまうのか、高空は報われるのかと2巻の展開が楽しみで仕方なかったです。さて実際2巻はどうなったのか、以下から2巻の感想になります。

読者も登場人物も全てを振り回す女、陸中地生

さて、1巻のラストシーンで堂々とキスを見せつけてきた地生さんですが、実はつけてきた高空の存在に気づいていました。つまりマジで見せつけてたんですよね。えげつな。

そんな高空を「今から一緒に3人でホテル泊まって女子会しよう」と屈託なく誘う地生さんに海も高空も読者も度肝を抜かれます。地生さん、もともと1巻から底知れない人ではあったんですが、2巻は彼女の計り知れない規格外の恐ろしさがかなり前面に出されていたと思います。高空に対し、「このままだと嫌な気持ちになって帰るだけだろうし、一つくらいいい気持ちになって帰ってほしいから」と一緒に泊まるように誘う言葉には、きっと嘘はありません。陸中地生という女の言葉は常に「自分が言葉を向け、行動を施す相手の幸せを願っており」「みんなが幸せであるようにできるだけ努力している」ように見えます。その純粋な「相手想い」から弾き出される行動が全て規格外。そしてその「相手想い」で相手の心を溶かす。明らかにおかしなことを言っているはずなのに、本人は純粋に相手がより良くなるように動いてるように見える。更には言葉選びがや論運びがうまく、とんでもないことを言っているはずの「地生が正しい」ように見えてしまう。この禍々しさが2巻でたびたび垣間見える陸中地生の恐ろしさです。

地生さんはこの時点で「高空が海を好きである」ことまで見抜き、「このまま帰っても辛いだけでしょう」と反発しやすい挑発を投げかけている訳でもあるのです。結局高空はこの誘いに乗り、これ以降何度も地生の毒牙にかかっていくことになります。

地獄女子会開幕

結局知生さんにクソ高いホテルに連れ込まれる海と高空。そこで海は高空に知生さんとちゃんとした関係を築けるのか問われ、「地生さんの前で赤ちゃんになったことがある。そう言うことができる関係」と答えます。レベル高いですね。高空には理解できない領域でした。

そのまま流されるように3人でお風呂に入ることになり(?)、風呂の中で見事海に告白する高空(?)。シチュエーションがあまりにも謎すぎる。これも地生さんの仕業です。何なんだこの女。その夜、二人でソファに寝ながらいちゃついた会話を繰り広げる地生と海。それに対し、高空は「一人でいるよりも辛い孤独」を感じることになります。これが今巻のキーなんですよね。海への恋心を自覚し、それが届かないことを知り、愛し合う海と地生のありようを見せつけられた高空はどうしようもない孤独を、自分がどこへも進めない閉塞感を知ります。その鬱屈とした心に穴を開けるのが、誰になるのかも知らずに……。

三つの質問の、一つと二つ

ホテルに泊まった翌日、海が寝ている間、地生さんと高空は秘密の会話をします。その中ではじまったゲームが「必ずお互いの質問に3つ答えること」。高空は「地生の本当の名前」と、「地生が海と近いうちに別れると確信している理由」について尋ねますが、三つ目の質問を聞きそびれてしまいます。

保留にされた高空三つ目の質問は、地生さんと高空をつなぐ糸になりました。そしてもう一つ、地生さんが質問の一つとして高空に聞いた「電話番号」も二人を繋ぐ大きな糸になりました。この要素が後々響いてくる展開はすごかったですね。一方で他の質問で地生さんがおっぱいソムリエになり、おっぱいについて語りまくり、高空が本気の殺意で返すところは見てて笑えました。高空がこんなにキレてるシーン今までなかったから……。地生さんが高空の初めてをたくさん引き出す女なのかと思うとだんだん気持ちが暗くなってきますが。

海に自信を与える地生さんと永藤ぃサプライズ登場

ここからお話は海視点になり、地生さんとのデートのお話になります。地生さんに愛されてる自分に自信がもてず、結果地生さんの愛を正面から受け入れられない海に対し、地生さんは「5百万の指輪」をポンと買って与えます。「私にとってあなたにはこれだけの価値がある人間なんだ」という形ある証明のために。実際は地生さんが一芸打っただけで、指輪はそれほど高価なものではなかったのですが、その価値を信じさせてもらった海は「形ある信頼」を手にすることができました。本当に地生さんって相手が求めているものを与えるのがうまい。

一方、地生さんのことをもっと知りたいと願った海は、地生さんが口走った「日野の家」に寄っていたというヒントから、日野家へ突撃して地生さんの情報を得ようとします。日野といえば入間人間先生の百合ノベル「安達としまむら」のサブキャラクターであり、もちろん私にとっても馴染み深いキャラクターなのでここで出てくるか!と嬉しくなったのですが、まさかまさかの永藤サプライズ登場(しかも挿絵付き)。これにはかなり驚かされました。あだしまファンはこんだけ永藤が活躍して嬉しかったんじゃないかな。それにしても挿絵付きとは、永藤はなぜかいろんな媒体でイラスト化がめっちゃ多いみたいです。謎だな。

永藤の協力もあり、おなじみあだしまに出てくる日野とコンタクトをとり、地生さんの本名が「地平」であることを突き止めます。一歩前進したね海ちゃん、と思うのも束の間、海はあることに気づきます。

高空の携帯に、地平という名前が登録されていたのを見た。

これはつまり、海の彼女と同居人が、知らないところでつながっていることを意味していました。もちろん序盤、海が寝ている間に行われた「三つの質問」で生まれたつながりです。そこに不安を覚えた海は、出かける高空をつけていくことにしました。その先で見たのは、高空と地平さんが二人で会っている光景でした。

うーん、修羅場。これ、1巻と綺麗に反転した構図になっているんですよね。1巻では地平さんに会いにいく海を高空が尾行していたんですが、2巻は逆に地平さんに会いにいく高空を海が尾行して現場に出会う形になります。これは追う側だけじゃなく追われる側の関係性の反転も意味していて……。つまりは地獄の幕開けです。

秘密の逢瀬 踏み込まれる領域

実はホテル女子会の後、地平さんと高空は何度も二人であっていました。地平さんから高空を遊びに誘い、高空は「自分が地平さんとあってる間は海と地平さんが一緒にいられないから」という嫌がらせ目的で地平さんの話に乗って会うことを決めます。これが二人の秘密の逢瀬の始まりでした。もちろん完全に秘密にしているかと言うとそうではありません。地平さんにとっては高空は「大事な友達」であり、友達と遊んでいるに過ぎない。それでも、高空はそれが「まるでやましいこと」であるかのように、海には話せないままでいました。

遊びに行くたびに、地平さんに高い料理を奢られ、「せっかく会えたんだし楽しくやろうよ」と気を緩まそうとし、海についての話をして、秘密を共有する。そうして少しずつ、地平さんは高空の領域を犯していきます。これ、人を落とすためのテクニックとして本当に手慣れていると思うんですよね。地平さんがどれだけ相手を溶かすことがうまいのかが窺い知れ、背筋が寒くなります。

そんな甘い領域侵犯を高空は拒むことができませんでした。どれほど自分は絆されないと思っていたとしても。たとえ自分が地平さんを拒絶して、会うことをやめたとして?そこに残っているのは地平さんと海が楽しくやって、自分はそこから取り残されて何もできず、何も前に進まず一生停滞するという恐怖だけです。序盤のホテルの夜に高空が感じた孤立は、高空に「行動し続けなければ孤独のままである」という楔を打ち込んでいました。

そうして踏み込み続ける地平さんの歩みは、ついに高空の心に届いてしまいます。高空を「大事な友達」だといい、辛くなったらいつでも相談してね、と膝枕で寝かしつけながら言葉をかける地平さん。初恋に敗れた高空の心に、「優しさ」は何より欲しかったものであり、そして毒でした。閉塞感に塗れた自分の人生を変えてくれる女が、非日常の塊のような女が、希望に見える光を携えてやってくる時、それに抗うのはどれだけ困難なことでしょう。高空は「まったく別の自分が羽化する」ことを恐れます。それは「今の自分の死」に他ならないから……。

あれほど嫌がっていたはずの高空の心をこれほど的確に溶かし、もはや蝕むといっていいほどの地平さんのやり方に心底恐ろしくなりました。そしてやはり、冒頭でも述べたように、地平さんは「純粋に高空を想っている」ようにしか見えないのが何より怖い。彼女の振る舞いは高空をたぶらかそうとしているようには見えません。ただ、友人である高空のために、高空を心配して、寄り添って、彼女を非日常へと連れ出して、違う世界を見せてあげている。これが本気で高空を弄ぼうとしてるだけだとしたらある意味すごい。読者視点ですら「本当に優しさをみせてるのかもしれない」と騙してくる振る舞いに対し、どんな隙を付けるというのでしょうか。これこそが陸中地生こと地平さんの、最悪で無敵な救いの現れです。

残されていた最後の質問

前述の通り、地平さんに心を乱されまくっていた高空。そんな高空に対し、地平さんは「一度手を繋いだ後、恋人と間違えたと言って手を離す」という動作をさりげなく、本当に何気なく行います。
これが、高空の心を決壊させる最後の一手でした。
友達の距離感なら、手は繋がない。友達であれば当然の距離感。高空の周りには、初恋なのに友達のままの同居人と、ただ友達としてしか仲良くしてくれない相手しかいませんでした。「友達から動かない。友達って、便利すぎて、遠すぎて、孤独だった。」そう気付いた高空は、友達で終わりたくないという心の衝動に突き動かされて、保留していた三つの質問の最後の一つを切り出します。

「赤ちゃんになるって、なんですか」

その一言で、地平さんは全てを察し、笑顔で全てを終わらせる悪魔の囁きを返しました。

「タカソラも、なりたい?」

この瞬間のショックたるや本当にとんでもないものでした。私は読んだ瞬間に、少女革命ウテナ33話「夜を走る王子」を思い出していました。ウテナが何気ない、取り留めない会話を何度か紡いだ果てに、一線を越えるために囁いたセリフ。「あの……永遠って、なん、ですか……?」。メタファーに近い表現で、溢れ出すように、先を知りたい、先に行ってしまいたいという欲望が溢れだしてしまう台詞回しは両者に通じるのではないでしょうか。まあウテナに比べて本作の内容はガチで最悪ですけど。いやウテナのあのシーンも最悪さで言えばピカイチだわ。

あとこのシーン、地平さんの微笑みが挿絵として挿入されているのがマジで怖すぎる。本当に気合いの入ったワンシーンだと思います。地平さんの笑顔が綺麗すぎてめちゃくちゃ印象に残るし、何よりこんな顔で全てを越える悪魔の囁きを返していたのかと思うと……マジでこの女許せねえだろ!!!!

地獄はまだ終わらない

さて、そんな二人の超えてしまった会話を遮ったのは、高空を尾行してきていた海でした。完全なる修羅場の開幕……かと思いきや、地平さんは全く動じることもなく海を宥めます。

高空とは友達だから遊んでるだけだよ。友達と遊ぶのにいちいち報告が必要?こんどからはちゃんというね。浮気するんだったらもっとバレないところで遊ぶよ。二人で会うのがダメだったら、高空と海が同居してるのだっておかしいことにならない?二人は友達でしょ?それと一緒だよ。

こんなふうにつらつらと海を落ち着かせようとする地平さんの言葉にただただ怯えるしかない。何より地平さんは一面本当のことしか言ってません。感情だけで言えば絶対におかしいといいたくなるはずなのに。「結局わたしのことを信じてくれないね」と地平さんに言われ、「信じられるようなことをしてくれ!」と叫ぶ海ちゃんの台詞に、読んでいて深く頷いたはずなのに、それでも地平さんを責める口実は海視点ではないに等しい。いやまあ「タカソラも、なりたい?」は明らかにアウトやったと思うけど。

そんな混迷を極める修羅場に、偶然海の母親が訪れ、とんでもない事実をカミングアウトしていきました。

地平さん、本名地平潮は、海の姉である。

……はっ??????????????????
初めて読んだ時は?が永遠に頭を埋め尽くし処理がうまく進みませんでした。海を金で買って性行為を行い、海と彼女になり、海と同居している高空の心も絆していた女の正体は、海の実姉である。しかも本人ははやくからそれに気付いていた。

いやここまで最悪なことあるか!?!?いままでの展開が更なる地獄へと突き落とされた瞬間です。もう本当に地平潮のなにもかもが信じられない。たとえ今までの言動に嘘がなかったとしてもとにかく最低最悪の地獄女であることにもはや揺るぎがないと言っていいでしょう。ここまで地獄のような展開が塗り重ねられることあるのかよ。

一方、この情報が開示されてちょっと唸ったことがあります。それは私が「地平さんと海ちゃんの挿絵イラストなんか似てて見分けづらいな〜」って感じてたことでした。全く失礼ながら、最初はこれ二人のキャラデザが被ってる純粋なデザイン上のミスみたいなもんじゃないかと想ってたんですよね。ただ全然そんなレベルじゃなかった。似てて当然だった。だって姉妹なんだもん。こうして、最悪に最悪を塗り重ねた二巻は衝撃の事実と共に幕を閉じました。

まとめ

1巻のおわりから、この先どうなっちゃうの〜〜〜と無邪気に続刊を待ち続けていた『私の初恋相手がキスしてた』ですが、蓋を開けてみればそこに待っていたのは予想を遥かに上回る地獄展開でした。高空の海への恋成就するのかな〜〜とか、無邪気に考えていた自分が遥か遠い昔のように思えます。もはやこれから先どの矢印がどう向かうのか一切読めなくなった複雑な三角関係が織りなす結末がどうなるのか。今年中に完結編の3巻が刊行予定らしいので本当に楽しみです。

余談ですが、本作のキャッチコピーが淡い三角関係とか表現されてたのを見た気がするんですけど、これのどこが淡いのか教えてくれよ。

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