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鈴はデウス・エクス・マキナなの?:『竜とそばかすの姫』に暴力が描かれなかった理由

流石にこんなに竜そばについて話すとは思わなかった

どうも、輿水畏子(こしみず かしこ)です。

今回も前回、前々回の記事に引き続き、竜とそばかすの姫の感想についてお話ししていきます。再三にはなりますが、私が竜そばを見てから少し時間が経っているので、認識違いがあったら申し訳ないです。

今回の題材は、「『竜とそばかすの姫』のクライマックス、鈴と恵の父親の対峙のシーンにはどの様な根拠があったのか」について、自分なりに思ったことを書き残しておこう、という内容です。そのなかで、タイトルの通り、恵の父親の暴力描写がなぜ描かれなかったのか、実際はあえて描かなかったのではないかということについて触れていきます。

竜そばの神話的解決

この様な話をしようと思ったのには理由があります。
友人と竜そばの感想について話し合っていた時、竜そばのクライマックスとなる、鈴と恵の父親の対峙シーンについて話題が出ました。その際、友人が「神話的解決をしたことが納得できない」と話していたのです。
神話的解決とは、根拠のない、納得できない謎のパワーだけで、お話が強引に幕を閉じてしまったということ。
古代の演劇では、最後に神様がでてきて全部よしなにしてくれる展開があり、それがデウスエクスマキナと呼ばれる様になったそうですが、竜そばの鈴もその様な神様になってしまった、という主張でした。

しかし、私はあのシーンを神話的解決だとは思いません。

確かに最後の対峙のシーンについて、お話の説得力や納得感は薄かったし、これで話がいい方に進んだ!とは思わなかったのですが、一方であのシーンにはきちんとそこに至るまでのレールが敷かれていたとも思うのです。
なので、私なりにその根拠を拾っていこうと思います。

そもそも何が変だったのか

まずは問題のクライマックスシーンについて振り返ってみましょう。
みんなのおかげで超展開の推理パートから恵のいる場所を割り当てた鈴は、恵を救うために単身彼の元へ向かいます。
推理を見事的中させ、知と恵に現実で辿り着いた鈴ですが、当然の様にそこに恵の父親が立ちはだかります。
どこの誰かもわからない、突然割り込んできた他人である鈴に対し、恵の父親は当然強気の態度で、暴力をチラつかせながら首を突っ込むな!と脅しかけます。
そんな父親に対し、恵と知を守らんとする鈴は……毅然として立ち向かいます。そう、ただ毅然として立ち向かうだけです。

そうして、凛とした態度で自分の前に立ちはだかった鈴に対し、恵の父親の態度はだんだんと萎れていきます。振り上げた拳も少しずつ下がっていき、最後には鈴に気圧されて逃げ出してしまいます。

つまりこのシーン、乱暴にまとめてしまえば、「虐待されてる子供を守るために駆けつけた女子高生が、虐待を行っていた父親をひと睨みで追い返した」ということになっています。

もちろん鈴はただの女子高生。彼女の内面的な成長のおかげで毅然とした態度も様になっていて圧力を感じましたが、一方で女子高生のひと睨みで虐待してくる親の暴力を跳ね返すことができたのはおかしいのではないでしょうか。これが、最後のシーンが神話的解決になった、つまり謎のパワーによって全てが跳ね返されたと感じてしまう理由だと思います。

ではこのシーンに根拠を与える描写は何か?
私はそれを、恵の父親の人間性に見ています。

恵の父親の人となり

私は、恵の父親をそれほど心の強い人間ではないと見ています。
心の強さというのも色々と指標があるかと思いますが、ここでいう心の強さは悪い意味の言い方です。恵の父親は、人に手をあげるほどの度胸がない人間なのではないでしょうか

竜とそばかすの姫という作品において、恵が父親から虐待を受けている、というのは明確に描写されています。恵と知が父親から心ない言葉をかけられているシーンは作中にもきちんと出てきます。

一方で、恵の父親が二人に「直接暴力を振るっている」シーンは出てきません。このことについて竜そばを批判している方も散見されましたが、私はこれをあえて描いていなかったと思っています。
というより、恵の父親は、恵と知に直接暴力を振るっていなかったのではないでしょうか。

作中に出てくるシーンも、知に対し父親は近くの花瓶を薙ぎ倒し、恫喝することで従わせようとします。そんな知を庇う恵に対しても、拳を振り上げつつも、ひどい言葉を投げつけるだけで立ち去っていきます。このシーン、たまたま父親が恵に直接手を出さなかったのではなく、普段からあの家族の中での暴力はこういった間接的な暴力、恫喝や物を壊して脅かすといった形で行われていたのではないでしょうか。

こう考える根拠がひとつあります。
それは恵が「公的機関の保護を受けられなかった」という点です。
いくら父親が外面をうまく取り繕うと、継続的に身体的な暴力を受けていれば、公的機関の目を誤魔化すのも限界があるのではないでしょうか。
もちろんそう言った機関の目が誤魔化されてきたという事件は現実にたくさんあったかとは思います。
ですが恵が作中で吐き出していた怨嗟の内容的には、何度も何度も外部へ助けを求め、その度にうまくいかなかったように読み取れます。
そういった機関へ助けを求めた際、身体的な傷が毎回全て見逃されてきたとは流石に考えづらいのではないでしょうか。
それよりは、恵の父親は精神的な虐待を行う一方で子に直接手出しはせず、外面を作るのもうまかった(笑顔でインタビューに答えてる記事からも体裁を整えるのがうまかったのが伺えます)故に、恵と知が救い出されるのが遅くなったのだと考える方が自然かと思います。

つまり、恵の父親は人に手出しはせず、脅しをかけ、言葉で攻撃することで、自分の子を従わせてきた人間であると私は考えています。

じゃあ竜の背中の傷なんなのよ

ここは余談で、そして私も割とあやふやな部分です。

恵の<U>のアバターであるところの竜の背中には、アザが大量に浮かんでいます。
鈴が現実世界で転んで鼻を擦りむいた際、アバターであるBelleの鼻にも傷が浮かんできていました。このことから、現実の身体とアバターはリンクしていて、竜の中身の背中にも同じ様な傷があることになります。

でもこれ、確かミスリードっぽかったんですよね……。
「竜は背中にあざがある現実の人間だ!」という方向性に意識を向けるために「現実と身体のリンク」の様な話が出ていました。そのせいで竜の中身探し推理大会は迷いまくるのですが、結局竜の傷って本物ではなかったと思うんですよね。
鈴もたしか中盤らへんで「背中のあざは精神的な傷の現れであり、そんな傷ができてしまう人ってどんな人だろう」みたいな感じで竜の中身を推理してたと思います。すみません、ここに関しては私かなりあやふやなので反証があれば受け入れます。

一方で、竜の背中の傷は精神的なものであるということの根拠になるシーンもいくつかあります。

一つは現実世界で恵が知を庇うシーン。恵は知に覆い被さって知を守り、背中に父親の投げかける心ない言葉を受けるんですよね。
あの様な形で、精神的虐待を受けるのが日常になっていたとしたら、背中に精神的な傷としてのアザができるということもうなずけるかと思います。

もう一つ、竜の城の中で、竜の背中に新しい傷が刻まれるシーン。
あのシーン、もしもあのアザが現実とリンクしていたとしたら、恵は<U>にリンクしてるのと同時進行で父親に背中を物理的に傷つけられてることになるんですよね。それはもう<U>なんてやってる場合じゃないし、<U>にリンク中で無防備な子の背中を殴りつける父親なんていたら、この映画には手に負えないと思います。
それよりかはあのシーンは、虐待の記憶の蘇りによって新しい傷を浮かべてしまったと解釈した方がまだすんなりと見ることができるのではないでしょうか。

思い通りにならない鈴という異物

ここまで、恵の父親の人間性について振り返り、彼は人に暴力はふらず、脅しをかけて従わせてきた人間だと捉えました。

この前提の元、記事の冒頭で述べたクライマックスのシーンを見返すと、ある程度流れがすっきりするのではないでしょうか。

恵の父親は今まで恵と知を脅しつけ、暴力をふるぞ!と見せつけて従わせてきました。なので突然現れた鈴に対しても腕を振りかぶり、言葉を投げつけて従わせ、立ち去らせようとします。
しかし、鈴は毅然とした態度で父親に臨みます。彼女は何も言わず、手も出さず、ただ彼には従わない、と態度で示すのです。
今まで脅しでどうにかしてきた恵の父にとって、その様な鈴の態度は完全に想定外でした。脅しが効かなければ、もはや手を出してしまうしか引っ込みがつかない。でも、そこまでするほどの強さはない。にっちもさっちも行かなくなった恵の父親は完全に混乱し、鈴の態度に恐れをなして逃げ出してしまう。
これが、クライマックスシーンで起きたことを私なりに読み下した内容です。こう考えれば、突然鈴が睨みを効かせて終わったシーンに見えても、ある程度の説得力が出るのではないでしょうか。

最後に

今回は、竜とそばかすの姫のクライマックスシーン、鈴と恵の父親の対峙の違和感について、そしてその違和感を解く鍵である鈴の父親の人間性と、人間性の根拠となる「なぜ竜そばには直接的な暴力のシーンがないのか」について、私の考えを述べました。

自分の考えに則ってみれば、あのシーンはある程度無理矢理な展開ではないように見えます。ですが私は結局そんなにあのシーン納得いってないんですよね……。
いくら恵の父親が暴力を振らない人間だったとして、鈴がそれをどこまで理解してるかもわからない。あの瞬間に人としてのスイッチが切れて大暴れしてたかもしれない。鈴は普通に命の危機だったと思うのですが、そこに単身突っ込んで解決策が「凛とする」なのは、やっぱり見ててすっきりしないですよね。

以上、3回の記事に渡って竜とそばかすの姫についてお話ししてきました。私のこの映画に対する感想は以上です。最初の記事でつまらなかったといいながら、3回も記事を書くことになるとは思いませんでした。私の感想が誰かの理解の一助となれれば幸いです。

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