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『はみだしっ子』の戦い方|はらだ有彩×瀬戸夏子×ひらりさ×倉本さおり 座談③

 2019年9月、都内某所に今を時めくヤバい書き手4人が集結しました。
 昔話に登場する女の子とガールズトークを繰り広げる話題作『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』(柏書房)の著者・はらだ有彩さん、劇団雌猫メンバーとして全国のオタク女性の背中を押すひらりささん、初の散文集『現実のクリストファー・ロビン』が注目を集める女性歌人・瀬戸夏子さん、多数のメディアに書評や時評を寄稿する書評家・倉本さおりさん。
 最終回の第三回は、毛の話と『はみだしっ子』の話です。|構成:いつか床子(第一回第二回

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はらだ有彩
関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを手掛けるテキストレーター。ファッションブランド《mon.you.moyo》代表。2018年に刊行した『日本のヤバイ女の子』(柏書房)が話題に。2019年8月に続編にあたる『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』を刊行。「リノスタ」に「帰りに牛乳買ってきて」、「Wezzy」にて「百女百様」、大和書房WEBに「女ともだち」を連載。Twitter:@hurry1116 HP:https://arisaharada.com/
瀬戸夏子
歌人。2005年春より作歌を始め、同年夏に早稲田短歌会に入会。著作に第一歌集『そのなかに心臓をつくって住みなさい』(私家版)、第二歌集『かわいい海とかわいくない海end.』(書肆侃侃房)。2019年3月、初の散文集となる『現実のクリストファー・ロビン』(書肆子午線)を刊行。
ひらりさ
1989年東京生まれ。ライター・編集者。平成元年生まれの女性4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。劇団雌猫の編著に、『浪費図鑑 悪友たちのないしょ話』(小学館)、『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』(柏書房)など。最新著『誰に何と言われようと、これが私の恋愛です』(双葉社)。ひらりさ名義として「FRaU」で「平成女子の「お金の話」」、「マイナビウーマン」にて「#コスメ垢の履歴書」を連載。
Twitter:@sarirahira
倉本さおり
東京出身。書評家・ライター。毎日新聞文芸時評「私のおすすめ」、小説トリッパー「クロスレビュー」担当のほか、文藝「はばたけ!くらもと偏愛編集室」、週刊新潮「ベストセラー街道を行く!」連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)。TBS「文化系トークラジオLife」サブパーソナリティ。Twiter:@kuramotosaori

みんな、「毛」に悩んでいる

ひらりさ イベント(9月15日にB&Bで開催された、はらだ有彩さん、ひらりささんが登壇のトークイベント「抵抗する私たちの毎日」)来場者のみなさんが書いてくださった感想のなかで、とくに取り上げたい話題はありますか?

はらだ やっぱり脱毛の話でしょうか。「フェミニストになりたい自分と、脱毛をしたいと思う自分が矛盾しているような気がして苦しい」という旨のコメントをくださった方が複数いました。

ひらりさ 何人かから質問シートが寄せられていましたよね。

倉本 松田青子さんも『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)所収の「みがきをかける」という一篇の中で書いていましたけど、体毛の話ってけっこう盲点ですから。

はらだ 瀬戸さんは脱毛してますか?

瀬戸 私はふつうに剃ってるだけなんですよ。除毛クリームとかも使ったりしますけど。はらださんは?

はらだ (脱毛)してます。私は身体について服を中心に考えたいので、毛がノイズなんです。花瓶を飾るときに、花瓶がメインで映えるようにテーブルの上を片付けるみたいな。もし、毛も込みで身体を飾りたくなったら後から付ければいいかと思ってます。

倉本 みなさん、吉田修一の『悪人』(朝日新聞出版)って読んだことありますか?


ひらりさ 私はないです。毛の話が出てくるんですか?

倉本 じつは、わき毛問題が主人公が殺人を犯す遠因のひとつにもなっていて。主人公は幼い頃、祖父母の家に預けられるまでは母子家庭で育っていて、当時はかなりのお母さんっ子。ある日お母さんと一緒に電車に乗っていたら、お母さんの毛の処理が甘かったらしくて、服からわき毛が見えちゃっていたみたいなんです。

はらだ わき毛が。

倉本 前に座っていた男たちがそれを見て笑ったせいで、お母さんが恥ずかしくなっちゃって懸命に隠していて。それを見た主人公は、お母さんが感じている恥ずかしいという気持ちと、彼女のことをいたたまれなく思う気持ちがごった煮になって、奇妙な罪悪感と愛憎がどろどろの状態で育っちゃうの。

ひらりさ 主人公の子供時代の印象的なエピソードとして毛の話が挿入されていると。

倉本 そう。主人公はこの後も情緒がどんどんねじれていっちゃうんですが……。読みながら「わき毛が殺人の遠因になるってすげえ」と思ったんです。裏を返せば、女のわきから毛が出てることって、男にとって当たり前に笑っていい要素だっていうことでしょ。

はらだ わき毛といえば。私のルームメイトの大学時代のアルバイト先に、意図的にわき毛を伸ばしているバイト仲間がいたそうです。中国からの留学生だったかな。すごく長くて、ふさふさと美しい毛だったとか。
彼女は上にある商品を取るときにこうやって(もう片方の手で脇を押さえて)とるんですけど、その仕草がすごくセクシーだったらしい。わき毛を伸ばす文化に触れるのはこれが初めてですが、その文化圏に行ったら、逆に毛がない人はどういう扱いを受けるんだろうということを考えさせられました。私が直接会ったわけではないので、わき毛を伸ばしているのはその人の個人的な好みかもしれないのですが……。

倉本 でもそう言われてみたら外国では、脱色するけれど脱毛はしない女性も多いですよね。江國香織さんの「ジェーン」という短篇(集英社『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』所収)の中に、栗色のつやつやのわき毛を見て留学中の日本人の女の子がカルチャーショックを受けるというくだりがありました。

ひらりさ 毛が黒いのが問題なのかな。

倉本 それもあるかもしれません。黒い毛って日本人に働きかけるものがあるのかも。

ひらりさ 私は全身脱毛に通っています。感想シートを読んで、みんな毛を剃るか剃らないかについて悩んでいるのをすごく偉いなと思いました。毛に限らず、何気なく受け入れている慣習って私はけっこう多いので……。でもイベントでも話したのですが、「何か正しい価値観にそぐわない慣習を、今すぐすべて捨てるべき」とまで思いつめなくていいとは考えています。

はらだ 脱毛したらフェミニズム的な話をしちゃダメということもないですしね。

倉本 イベントでもはらださんがおっしゃっていましたが、きれいになりたいって欲望とフェミニストでありたいって欲望は両立しますから!

はらだ 「きれい」が何を指すかも一概には言えないですよね。私の通っているサロンのいたるところに「チクチクだと彼氏に嫌われる!」というポップが張り出されているのですが、脱毛の理由をその一点に搾られて提示されることで、知らず知らずのうちに世界を狭くされているのかも。

『はみだしっ子』のような戦い方をしたい

ひらりさ 『日本のヤバい女の子』に関して批判を受けることはありますか? 的外れなものも含めて。

はらだ 「昔の価値観を今の価値観で叩くのはどうなの?」とは書かれていましたね。以前、出演したラジオの感想をツイッターで辿っているときに見かけました。

ひらりさ うーん、昔の価値観を今の価値観で叩いているのかなあ?

瀬戸 その人が言いたいのは「時代によってルールが違うのは当たり前なのに、わざわざ他所から持ち込んでくるな」ということだと思うんですよね。その批判がまったくの的外れだとは思わないけれど、はらださんは昔話の時代背景を完全に無視しているわけでもないし、「昔の人はこんなに辛かった」と現代の感覚で全部の話を一様に輪切りにして処理いるわけでもありません。私ははらださんのいろんな素材の取り合わせ方をとても新鮮に感じますね。

はらだ 取り合わせを。

瀬戸 例えば、はらださんは『日本のヤバい女の子』のなかでよく外国文学からもエピソードを引用してきますよね。乱暴に言ってしまうと、日本の昔話と外国の昔話って、それこそ価値観だってまったくの別物なわけですよね。でも、はらださんの引用のセンスは独特で、「ふたつの昔話にはこういう共通項があるから、つまりこの人たちは同じように辛かった」みたいに無理やりまとめあげたりはしない。完全に断罪とかエンパワメントに持っていくわけではなくて、そこにある種の感覚の靄みたいな、悪く言うと人の心につけこむような(笑)、スイートさと余裕をつくるんですよ。それぞれのエピソードとエピソードの隙間にそういうはらださんにしかできないおもてなしがある。ずるいなあ(笑)。そういう取り合わせが素敵だなと。

はらだ それに関しては、三原順先生の『はみだしっ子』(白泉社)にすごく影響を受けています。長くなるんですけど、あらすじいいですか?

ひらりさ どうぞ!

はらだ
 親がいない4人の男の子が旅をする話なんですけど、物語中盤からは全員養子として引き取られて、義理の両親と、家族としての距離感を測っていくことになります。男の子の名前は上からグレアム、アンジー、サーニン、マックス。で、一番下のマックスが学校でトラブルになるんです。相手はリッチーっていう超嫌なヤツで、めちゃくちゃイキっててナイフとか持ってるんですよ。

瀬戸 イキってるなあリッチー!

はらだ それで、いじめられているマックスを助けようとした一番上のグレアムが、リッチーに刺されてしまうんです。グレアムは助かりますが、リッチーと裁判になります。

ひらりさ けっこうハードですね。

はらだ ハードです。裁判は揉めに揉めるんですけど、無罪を主張するリッチーと、リッチーの弁護士のフランクファーターがすごくやり手で、グレアム側は大ピンチに陥るんです。ここからが影響を受けた話です。

ひらりさ お願いします。

はらだ グレアムはお腹を刺されているので、陪審員に傷口を見せることができない。リッチーを有罪にするためには、なんとか陪審員にリッチーに対して悪い印象を与えないとダメだということで、あるプランを実行するんです。
グレアムには自分の傷口の開き具合で天気予報ができるっていう特殊能力があるんですが、まずはそれを使って雪が降ることを知ります。男の子たち4人は、「昔お世話になった人のところに遊びに行く予定が、雪で列車が動かなくなったから仕方がなく」というていでリッチーのいる映画館に向かいます。
4人は映画館でリッチーの後ろの席に座って、「リッチーあいつマジウケるよね」みたいなことを言ってリッチーをめちゃくちゃイラつかせるんです。そのあとリッチーはバーみたいなところに行くんですけど、偶然を装ってグレアムもバーに行く。

倉本 そこもあくまで偶然を装って。

はらだ グレアムはここでもさんざんリッチーをムカつかせ、あえてリッチーに襲われて、わざと転んで頭に怪我を負います。そして次の日、頭に包帯を巻いた状態で裁判に行って、「この怪我はどうしたんですか」と訊いてきた自分の弁護士に「これはリッチーにやられました」と言う。フランクファーターはすごく焦って、「今はその話は関係ない」って言うんですけど、そこでグレアムが「もう遅いフランクファーター、陪審員は聞いてしまったよ」と。あらすじは以上です。

ひらりさ ありがとうございます。たしかにこれは省略できない話だった!

はらだ これを読んで「ああ、私もこれでいこう」と思いました。いろんな出来事を並べて、そこから立ちのぼってきたものが雲のように全体を形作るみたいな。

瀬戸 
はらださんがそういう感覚をお持ちなのはすごくわかります。ストレートな因果関係で問題解決を図ろうとしない。いろんな出来事が集まって雲になって…。たとえば雪云々は事件解決に直接はかかわりないように他の人には見える。けど、ほんとうはそうでもない。うーん、はらださんぽい。

ひらりさ はらださんはいつも、具体的な何かを批判してる話ではないですよね。私ははらださんの「そういえば」の使い方も好きです。

はらだ 「話変わるんですけど」みたいな。

瀬戸 そうそう、はらださんって話変わるんですよ!

はらだ さらに挿絵でもわっとさせて。

倉本 絵が加わることで別の文脈が入ってくるんですよね。

ひらりさ もわっとさせたい。はっきり言いたくない。はっきり言いたいことがあるわけではない。

倉本 高山羽根子さんの小説と通じるものがあります。評する側のあいだでよく迂回芸って言われているんですが。

ひらりさ 迂回芸?

倉本:核となるテーマについてあえて触れず、迂回しながら語ることによって全体像をふわっと見せるという技術です。はらださんはさっき「雲のように」と言いましたが、雲って近づくと水蒸気になって見えなくなっちゃうじゃないですか。雲を見るには、外側から全体を見るしかありません。

はらだ 確かに似ています。古典的な西洋絵画って、「この位置にお皿が置いてあったら、こういうことを意味します」みたいな約束事があるじゃないですか。そういう感じにしたいなと思っています。どう言えばいいだろう……。例えば死について書くからと言って「これが死です」とはっきり言うのではなく、締められた鳥を置いておきたいというか。「まあ、これは死と言えなくもないかな」ぐらいにしたいんです。

(編集部注:2019年10月、男優劇団スタジオライフによる三度目の『はみだしっ子』の舞台化が発表されました。上演は2020年1月です)

俺たちの闘いはこれからだ

ひらりさ はらださん、言い足りていないことはありますか?

はらだ トークイベントに来てくれた人の話をじっくり聞けるタイミングがあればよかったなと。(編集部注:イベントでは来場者から「みなさんの「抵抗」について教えてください」というアンケートへの回答用紙をいただいていました。)

ひらりさ そうですね。自分の体験を交えた熱い感想をたくさんいただいていました。

倉本 『82年生まれ、キム・ジヨン』のサイトでは、読んだ人がみんな投稿できるようになっているのですが、多くの人が自分の体験を書いてます。

『日本のヤバい女の子』も自己語りを誘導しやすい「余白」が多い本で。なんというか、発信側がプロパガンダみたいに論理をぶつけてくるタイプの本ではない。さっき話題に出たような明確なオチがあるわけじゃないけど、読者から「自分にはこういう体験や意見がありました」っていう言語化するための糸をひっぱりだすような役割があるんじゃないかと。

ひらりさ 女の子の話を聞いた本を書くことで、人が語りたくなってるのはすごく面白いです。

はらだ もう一回なんかしたいですね。今度は別の形にして読者に返したいなと思っています。

ひらりさ これからのはらださんの活躍にご期待ください的な。

瀬戸 イベントでもジャンプの話題が出てましたね(笑)。俺たちの闘いはこれからも続く。

<終わり>


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▼はらだ有彩さんの著書『日本のヤバい女の子』

▼『日本のヤバい女の子』の続編『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』

▼瀬戸夏子さんの歌集『かわいい海とかわいくない海 end.』

▼瀬戸夏子さん初の散文集『現実のクリストファー・ロビン』

▼ひらりささんが所属する劇団雌猫の『だから私はメイクする』

▼劇団雌猫の最新著『誰になんと言われようと、これが私の恋愛です』

▼倉本さおりさん共著『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』