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出られない私たちの「自分ひとりの部屋」|はらだ有彩×ひらりさ対談⑥

 『日本のヤバい女の子』の著者、はらだ有彩さんと、ライター業のかたわら劇団雌猫メンバーとしても活動するひらりささん。取材や街での人との出会いを通して執筆するお二人が、部屋から出られない状況でどのように考えているのか。「外に出ること」と「部屋で書くこと」の往復で形成してきた「自分の輪郭」をどう保っているのか。第6回から第8回はオンラインで対談していただきました。今回は、お二人の最近の生活、〈出られない私たちの「自分ひとりの部屋」〉について。

(2020年4月22日収録)

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3ヶ月ぶりの対談はオンラインで

――「かしわもち」でこれまでも対談を掲載してきたお二人。実は1月にも対談の機会があったものの、日々状況が変わりゆくなかで、改めて今の状況についてお話ししたいということになり、今回のオンライン対談に至ったとお聞きしました。まず、最近、お二人はどういった生活をされているのか聞かせていただけますか?

ひらりさ 本当ははりーさんが1月にイベント登壇で東京に来たときに対談したデータがあったのですが、時勢が変わるなかで「あのとき話したことを今出しても意味ないかも」となり、私から今回のオンライン対談を提案させてもらいました。はりーさん、あのあと東京にいらっしゃいましたか? イベントや取材がなくなったりしましたか?

はらだ イベントはもともと1月で一区切りつく予定だったので影響はありませんでしたが、場所を取材するロケハンのスケジュールをいくつか入れていて、それは自主判断で中止しました。

ひらりさ そうだったんですね。

はらだ 私は関西在住なので、東京に行くタイミングでいくつかのロケハン先をまわって、帰ってから書くということが多いのですが、「行けと言われてはないんだけど行ったほうが実りが多い」みたいなことはできなくなっちゃいましたね。

ひらりさ はりーさんは「百女百様」とか、まさに街でインスピレーションを得る連載をやっているから大変そうですね。

はらだ そうなんです。ふらっと歩いていて「これいいな、書こう」みたいな出会いもめっちゃ減っています!

ひらりさ 私も、一般女性を取材する企画が多いのですが、オタク友達どうしで「この人おもしろいよ」みたいな紹介があって出会ったりしていたので、今のところは大丈夫だけど、今後人脈や取材の芽が枯渇しそうという不安があります。はりーさんは本業のほうは、在宅勤務ですか?

はらだ 私は会社勤めもしているのですが、弊社は2月半ばから大事をとって全面リモートワークが始まったので、それ以来、買い出し以外一歩も外に出ていません。
ひらりささんもご自宅ワークですか?

ひらりさ うちの会社はIT企業なのでもともとリモートワークに寛容な社風なのですが、2月半ばくらいから在宅勤務OKになって、3月23日に都知事会見でより強い外出自粛要請がされたころには「自宅にいろ」になりましたね。家族と暮らしている人などは学校がお休みになったのもあり、早めに在宅勤務に移行していましたが、私は3月末までは、時差出勤して人がほとんどいないオフィスで仕事をする暮らしをしていました。人がいなくて、集中できたので(笑)。しかしそうも言っていられなくなり、今は家にずっといて、昼間散歩に出るみたいな感じです。

はらだ ミルクティーを求めて長距離散歩されているという。

ひらりさ 今日もさっき行ってきました……。

はらだ 毎日1杯ずつ買い求めているということですか?

ひらりさ 毎日1杯ずつ買い求めてます。スタンプカードが10個たまったので今日は無料でもらえました。

はらだ スタンプカードの回転はやっ!

ひらりさ ミルクティーとこの運動があるおかげで精神を保てています。

はらだ 仮に何杯もまとめて買えて長期保存できたとしても、それでは精神を保てない。ミルクティーに外界がくっついて価値をもたらしているのですね。

ひらりさ このミルクティー屋いつまで頑張るつもりなんだ、という見守りたい思いもあるかもしれないです。

はらだ 傲慢な言い方かもしれないですが、「お金を落としている」「経済をまわしている」はず、と思えるという要素も心の平穏に貢献しているかもしれません。

ひらりさ いや〜、あると思いますね。テイクアウトも宅配も意外とお店のバリエーションがあるのですが、わたしは飲食店に「推し」性を求めて暮らしていたので、ミルクティー屋は今対面でお金を落とせる徒歩圏内最大の推しなんです。このような状況でふるまうべき姿勢と「推したい」欲をマッチングした結果、ミルクティー屋にだけ行っています。


予想の範囲内でしかインプットできない

ひらりさ はりーさんは在宅勤務自体のストレスはないですか?

はらだ 私は会社の仕事をもともと週2回くらい在宅勤務にしていたことと、ルームシェアしていることもあり、ビフォアCOVID-19とアフターCOVID-19では案外、生活サイクルそのものは大きくは変わらないんです。けれど生活の表層が変わらなかったとしても、当たり前かもしれないけど狭まること、追い詰められること、意味がなくなってしまうことがあるのは明白で、それは何だろう?と考えています。

ひらりさ そうか、もともと家にいることに慣れていたんですね。同じことをしていても、「出られるけど出ない」のと「出られないから出ない」のはストレスが違いませんか?

はらだ そうですね。「私は元から引きこもるのが大好きだから全然余裕!」ということとは違いますよね。「何かを書く」という観点だけで言うと、予測の範囲内のインプットしかできないこと、アウトプットの展望が見えないことが「家にいたくて家にいる」とは違う点だと思います。たぶんしばらくは、さっきひらりささんがおっしゃっていた人脈や取材の芽のお話のように、平気なんですよ。「こうできないから、こうするか〜」という代替のイマジネーションもまだあるし、それはそれで工夫魂を刺激されたりもするし。

ひらりさ 刺激になっている部分もありますよね。

はらだ でも、「こうできないから」→「こうするか」の、その先の展望がないことがはっきり見えつづけると、「こうして」→「こうしつづけて……」→「で、それって何になるの?」となっていくことは簡単に想像できます。「生きるための糧が補給される」ことと「糧を食べて発熱するエネルギーが外に出てまわる」ことの回路が封鎖されていくと、「確かに生きているけど、何のために生きているんだろう?」となってくるフェーズがあるだろうなと思って。
たとえば、絵を描くことを生業にしている人がいて
①普通に出かけられるし、普通にインスピレーションを得られるし、普通に制作できる。
②出かけられないけど、普通にインスピレーションを得られて、描ける。インターネットで発表もできる。
③出かけられないけど、インスピレーションを得られて描ける。ただし見てもらう手段は限られてくる。
④出かけられないけど、インスピレーションは得られて描ける。見てもらう機会はない。
⑤出かけられないけど、インスピレーションは得られる。画材がないなどの理由(に限らず、環境や体調にまつわる何らかの理由)で絵が描けない。
⑥出かけられない。インスピレーションも限られている。絵が描けない。しかし外の風景は見える。
……というふうに、日常のなかに普通にあった「糧を得て熱を発するサイクル」の回路が封鎖される事態が加速していって、インプットしてアウトプットできる状態が狭まっていったら、何をよろこびとして生きることができるのかなと思っていました。

ひらりさ 分析が密……。はりーさんにとって、創作のよろこびの核がどの辺にあるなということを今回の件で実感していますか? インプットなのかアウトプットなのか。

はらだ 私は女性について書くことが多いのですが、「街で女性を見かけて、こんな感じだった」という「生きている人の様子」が見られる場所がかなり限られているので、それがつらいですね。⑥の「外の景色が見える」がないと、よろこびが生まれない。

ひらりさ 人の話を聞くことや、人の人生にふれるのが好きだと以前の対談でも話していましたもんね。よそであれこれ手がかりを得てきたうえで戻ってくる自分の部屋で考えることと、ただひたすら自分の部屋で考えることって、全然意味合いが違いますもんね。インターネットは窓に見えるが窓ではない……。

はらだ ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』(※)のことを考えていたんですが、全員が家のなかにいなければならない状況で、そもそも家族が出かけている時間に家で何かを生み出していた人にとっては「自分ひとりの部屋」が消滅したり狭まったりしている状況ですよね。部屋がない。で、ちょっとウルフからは話がずれるかもですが、今は外に行けないから、部屋の外もない。自分ひとりの部屋は何かをつくるための必要最低限の装置であり仕組みであるから、外の世界に干渉されない部屋がないとものを作れない。そして、ぶじに部屋に留まることができても、装置をまわすエネルギー(良くも悪くも)の発生源である外の世界がなければやっぱり作れない。部屋が確保されていて、自由に出入りできることが必要です。


※ イギリスの作家、ヴァージニア・ウルフの1929年の作品。イギリスで男女平等の参政権が認められたばかりの1928年、ケンブリッジ大学の女子学生へ向けた〈女性とフィクション〉という講演をもとに執筆されている。「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」という有名な一節があり、性別によって押し付けられない自由な思索のためには経済的基盤が重要であることを強調し、今もなおアクチュアルな問いを提示している。


(構成・楠田ひかり)

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第7回につづく▼

第8回はこちら▼

はらだ有彩
関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを手掛けるテキストレーター。2014年、デモニッシュな女の子のためのファッションブランド《mon.you.moyo》を開始。代表を務める。
2018年に刊行した『日本のヤバイ女の子』(柏書房)が話題に。2019年8月に続編にあたる『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』を刊行。「リノスタ」に「帰りに牛乳買ってきて」、「Wezzy」にて「百女百様」、大和書房WEBに「女ともだち」を連載。
Twitter:@hurry1116 
HP:https://arisaharada.com/
ひらりさ
1989年東京生まれ。ライター・編集者。平成元年生まれの女性4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。劇団雌猫の編著に、『浪費図鑑 悪友たちのないしょ話』(小学館)、『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』(柏書房)、『本業はオタクです。 シュミも楽しむあの人の仕事術』(中央公論新社)など。イガリシノブさんとのコラボ本『化粧劇場』が5月11日に発売予定。
ひらりさ名義として「FRaU」にて「平成女子の「お金の話」」、「マイナビウーマン」にて「#コスメ垢の履歴書」を連載。
Twitter:@sarirahira